事件です! 公園の男の子の願いとは

公園デートは誰とする?

 俺たちは今、例の公園にいた。もちろんあの未来ミクと名乗った彼女も一緒だ。


『待ち合わせ~公園デート♪デート♪』

「デートじゃない」

『デートです! 本当はずーっと側にいたいのに、ボクちゃんが嫌がるから〜。バイトが終わるまで大人しく待っててあげたのよ。ありがたく思ってよね』


 拗ねた顔も何とも可愛い。いかんいかん、騙されてはいけない。相手は幽霊だってこと忘れるな、俺!


「はぁ…、わかったわかった…デートです」

『分かればよろしい』


 満足げな顔で俺の横を歩く。


 あの日、彼女の名前が未来ミクということが分かり、俺たちより少しお姉さんだってことも分かった。

 見せてくれたアプリは、ちょっと前に流行った出会い系マッチングアプリ「Hana」だったから、見せられた個人情報が正しいかどうかは不明。


 それでも俺の永遠のアイドル、ミクちゃんと同じ名前で見た目もそっくりな彼女に、ドキドキしている俺がいる。


「なぁ、碧海あくあ。さっきから怪しいぞ。ぶつぶつと。それって…その…例の娘が、ここにいるってことか?」

「あぁ、さっき合流した」

 

 斗真はぶんぶん手を振り回し、見えない未来ミクちゃんに触れようと試みている。当の未来ミクちゃんはというと、我関せずだ。


 真夜中に男二人、怪しいことこの上ない。


『ボクちゃん、この子何で一緒にいるの?』

「そりゃぁ~、あの日斗真と円香ちゃんに何があったのか確認するためだよ。な、斗真」

「えっと…」


 斗真は爺ちゃんの数珠を握りしめる。「これを持っていれば君は大丈夫」って、弥勒義兄に言われたから律儀に教えを守っている。単純だよな。


「あの日、円香ちゃんが居なくなった日だけど、斗真たちは何処に向かって歩いてたんだ?」

「それは、えっと…この先を右に…」

『この先って、真っ暗で恋人たちの聖地だよね。少しの街灯と噴水のライトアップが終電の時間まではあるんだよ。この子ったら、エッチなことしようとしてたんだよ、きっと』

「まぁまぁ…、で? どこで男の子の声を?」


 俺たちはあの日斗真たちが座ったというベンチに腰をおろす。そして男の子の声がするのを待った。


「で、どうして斗真はそんなに俺にくっつくんだ?」

『そうよ、離れなさい!』

「いや…暗いし…」


「どうして君も俺にくっつく?」

『彼女だからに決まってるでしょ? ほら、あそこのカップルみたいに、良いことしましょ』

「できるわけ無いだろ?」

『ケチっ』


 俺たちのやり取りを、と言っても俺一人がもがいている姿を斗真は眉間にシワを寄せながら眺めていた。多分キモいって思ってるに違いない。


碧海あくあ…、やっぱり帰ろうよ」

「今更何を。お前がぶっ倒れてから後、円香ちゃんの姿を見てるかも知れないんだぞ。確認してみる価値はあるだろ?」

「うん…、そうだけど…。相手は幽霊のガキなんだろ?」


 その時だった。遠くから微かに子どもの泣く声が聞こえてきた。


 スマホで確認した時刻は、1時を少し回っていた。


「あ、碧海あくあ…」

「あぁ、俺にも聞こえた。行ってみよう」



 俺たちは声のする方へ急いだ。子どもの声にだんだん近づいている気がする。


「…ママ~? ねぇ~ママ~?」


「いた」

「えっ? どこ?」

『薫くん、また探してる…』

「またって?」


 斗真には見えていないけど、前方にうっすらと白く小さな男の子が浮かび上がっているのだ。その男の子はこの寒空に半袖短パン姿でクリクリっとした天然パーマのような髪型だった。輪郭が白っぽく輝いているので想いの塊、つまり幽霊だと分かる。


『あーもう、この前一緒にお家を探してあげたのに。どうしてリセットされちゃうかなー』


 そう言うと、未来ミクちゃんは草木も揺らさずスーッと男の子のところに近づいていった。


「お、おい!」

『大丈夫、噛み付いたりしないわ。あの日のことを聞き出せばいいのよね? っていつだったっけ?』


 やっぱり、彼女は今まで出会った想いの塊とはタイプが違う。普通に俺と会話できるし、他の幽霊にも干渉ができる。しかも陽キャだし…。


 彼女は男の子の側まで歩み寄りしゃがみ込んだ。どうやら何か話しかけているみたいだ。

 その姿を遠目で見る俺たち。何ともシュールだ。


碧海あくあ…、何だか寒くないか? あそこに何かいる…よな」

「斗真、お前も見えるのか?」

「まさか、俺にお前みたいな霊感はないよ。ただ…あそこ、とっても嫌〜な感じがするんだ」


 斗真が指差す方向は、まさしく今男の子が立っている場所だ。斗真にも感じるってことは、男の子の想いの念が強いってことだ。だから円香ちゃんのスカートの裾に触れることができたんだな。

 

 俺は一人で納得する。あの男の子の想いを受け止めることが出来るのか、今の俺には自信がなかった。


『ボクちゃん、こっちに来て!』

「斗真、行くぞ」


 未来ミクちゃんが男の子の手をとり、手招きしていた。


 俺が男の子と目線を会わすためしゃがみ込むから、斗真も仕方なく俺の隣に正座する。端から見たら本当に俺たちは変人に見えるだろうな…。


 男の子は不安そうに俺と斗真を見ていた。


「こんにちは」

「こんにちはって、お前…夜中だぞ」

「良いんだって」


『……』


 男の子は未来ミクちゃんの後ろに隠れるように、彼女の足を掴みじーっとこちらを見ている。その目は俺と斗真を怖がっている目にも見えた。大人の男が怖いのか? そう思わずにはいられなかった。


「君は…つっ……」


 キーーンという甲高い音が聞こえ、頭を締め付けられるような感覚が俺を支配する。しまったっ…油断した。

 斗真や周りの風景が白黒の世界に入り込み、俺だけが特別な場所に切り離されたような感覚。そう、いつも以上に鋭い感覚が俺を襲う。


碧海あくあ!?」

「と…斗真…。大丈夫、大丈夫だ」


 俺はそう言うのが精一杯だった。


 白黒の世界で、男の子と未来ミクちゃんだけが色をなす。大丈夫だ俺、しっかりしろ。

 男の子の顔が恐怖でひきつっているいるのが分かる。これほど強い想いを抱いている幽霊に出会ったのは初めてかもしれない。

 

 俺はたまらず膝を地面につけてしまった。


碧海あくあ!?」


 今度は斗真の声が遠くに聞こえる。それだけ死者である彼らの声が鮮明に聞こえてくると言うことだ。俺は自分を奮い立たせ、男の子の顔を見つめる。


「君の名前…教えてくれ」

『…』

「俺は碧海あくあ。君に聞きたいことが…」


 キーーーーンという音が大きくなる。


「大丈夫か!? おい、碧海あくあ!」

「大丈夫だ、頼む静かにしてくれ…」


 そう言うのが精一杯だった。

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