小学校の幽霊

 あきのま小学校の校門前で、タクシーは停まった。電気が点ることもなく、大きな化物のようにさえ見える校舎は、恐怖心をあおるには十分だった。


 学校の裏手が山になっているので、暗闇はさらに深く月の光さえ遮断している。

 

 そこは子どもの頃に持久走でよく走らされた場所だった。アップダウンの道が、それなりにキツかったのを思い出す。

 その裏山の麓に旧校舎は存在していた。ここからは暗くてよく見えないが、あそこには近寄らない方がいい。


「おい、碧海あくあ! もう暗いし、明日改めて来ればいいんじゃん? もう行こうよ」


 斗真が、タクシーの中で叫んでいる。


 後少し、後少しで学くんが伝えたかった事がわかる気がする。知らなければならないことが、ここにある。


「運転手さん、ちょっと待っててください」

碧海あくあ!」


 俺は斗真の声を無視して校門の柵を乗り越えた。


「お客さん!」


 慌てて運転手さんが、俺を呼び止めた。それすらも俺は無視をする。呆れる斗真の顔が想像つくが…ここは進むしかない。


「運転手さん…。もう待つしかないですよ。スイッチの入ったあいつは俺にも止められないです」

「スイッチって」

「あいつ、見えるんですよ。……きっと何かが起きてるんだ」

「えっ?」


 そんな斗真と運転手さんのやり取りが聞こえたけれど、俺はかまわず校庭の中央まで進んだ。


 ここまで来ると、校舎、プール、周りの建物もしっかりと形がわかる。『ありがとう! あきのま小』の垂れ幕もハッキリと確認できた。


 懐かしい。もうここには来ることはないと思っていたけど。


 俺は少し後ろに退くように意識を集中させる。そうすることで、あの研ぎ澄まされた感覚を呼び起こすことができる気がするのだ。


 ゆっくりと深呼吸をし、俺はその時を待った。どのくらい時間がたったのだろう?


「きた…」



 小さな男の子が俺の目の前を走り抜けた。とても軽やかな足音が聞こえた。

 何度か行ったりきたりを来たりを繰り返しながら、男の子は徐々に人間の形を露にする。それは、さっきタクシーで出会った男の子だった。


 男の子はニコニコと屈託のない笑顔を俺に向ける。そして、ゆっくりと校庭の右側を指差した。


 その方向に目線を移すと、暗い壊れかけた用具入れの建物が見えた。近寄ってみると、外から鎖と南京錠で厳重に施錠されていた。


「これは?」


 男の子は少し寂しい顔をすると、すっとその用具入れの中に消えていった。


―― そうか、君はここで。


 おそらくこの子が用具入れに潜り込んだ後、誰かに鍵をかけられ閉じ込められたのか。

 夏場なら熱中症で大人だって半日ともたない。


 俺はスマホで『あきのま小学校 事故』と検索してみる。直ぐに気になる記事が表示された。


「やはり…」


 俺は一番上に表示された記事をタップする。


 暗闇にスマホの光が俺の顔を浮かび上がらせ、周りを不気味に照らしている。その中で俺は知った。俺の推測はある意味正しかったのだと。


 記事の内容はこうだ。


『神奈川県Z市で小学1年生の男子生徒(7)が、校内の倉庫で遺体となって発見された。極度の熱中症の症状で死亡したと思われ、倉庫には外から施錠がされており、男子生徒が倉庫内に無断で入り込んだことによる事故であることが、市教育委員会の取材で明かになった』


―― なんだ? この違和感。事故だって?


 その時、俺のジャケットの裾がツンツンっと引っ張られた。慌てて振り向くと、学くんが俺のジャケットを掴んでいた。下を向いているため表情はわからない。まだ何かある。


 俺の感覚はさらに深く鋭さを増していく。周りの空間に、学くんが見てきたであろう想いが、映像としてあちらこちらに流れ込んで収集がつかなくなってきた。


―― ヤバい。


 このまま暴走すれば、彼の想いに取り込まれ抜け出せなくなる。あの時のように。


 それだけじゃない。周りにある他の想いの欠片が、俺に気付くのも時間の問題だ。


 ズブズブと地面が音を立て始めた。足元が溶け出していくのがわかる。あの時と同じだ。


―― 爺ちゃんっ!


 俺は咄嗟に右手を掴む。が…そこにあるべきモノがなかった。そう、爺ちゃんの形見の数珠のアクセサリーがない。


 そうだった。斗真に着けさせたんだ。


 そんなことを考えているうちにも、あの男の子の想いはぐるぐると再生され、最期の時を映し出す。

 体はどんどん地面に吸い込まれていき、手からスマホがこぼれ落ちた。


―― あぁ、死ぬってこういうことなんだな。


碧海あくあ!」


―― 学くんも辛かったな。こんな暗い所で独りで。何もしてあげられなくてごめん…な。


 闇が俺の体に纏わりつき、そして俺は地面にぐんぐん飲み込まれていく。もう、耐えられそうにない。


―― 斗真、ごめん…。円香ちゃんを探せなくなっちまった。


 周りに流れる映像が暗闇に溶け込んで、終わりを告げていた。

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