事件です! 俺と斗真と俺んちの事情
実家はお寺という話
俺の実家、清瀧寺に向かう道は民家もなく街灯がポツポツある程度で、前方の寺の灯りだけが頼りだった。
「俺、何だか緊張してきたよ」
「何でだよ」
「だって…この門、立派すぎないか?」
斗真がビビるのも無理はない。ここ清瀧寺は、この辺りではちょっと有名な日蓮宗の寺で、山門もしっかりと存在している。
その山門をくぐると、先祖代々の墓や社務所、本堂があり、その先に住居がある。もちろん寺なので、住居の逆側にはお墓が広がっている。
「そうかな?」
俺は気後れしている斗真を横目に、目的地の住居に向かって真っ直ぐ進んだ。
「お帰り。
呼び鈴を押すと、黒地の作務衣を身にまとった坊主頭の男が、優しい笑顔で出迎えてくれた。
「すみません、お義兄さん。ご無沙汰しております」
「久しぶりだね。元気だったかい? ここは君の家なのだから遠慮はいらないよ」
「いや、そうはいかないでしょ」
俺はこの人に頭が上がらない。爺ちゃんと一緒に俺を救ってくれた命の恩人であり、この能力をコントロールする術を教えてくれた。言わば師匠と言っても過言ではない。
それに、今は姉貴と結婚をしてこの寺を継いでくれた義理の兄でもある。
俺は居心地の良さと悪さとを同居させ、靴を脱いだ。
「おや? これはまた変なモノを連れてきたね」
義兄は、俺の背後を目を細めて見つめながらそう言った。やはり斗真には憑いているのだ。それが円香ちゃん失踪と関係があるなら、きっと突破口を見い出してくれるはずだ。
俺にはお祓いはできない。でも義兄さんならきっと。
「はじめまして、都筑 斗真です。
「斗真くん、はじめまして。
菩薩の様な穏やかな笑顔で弥勒義兄は俺たちを出迎えてくれた。
「お前の兄さん、スゲーいい人だな。俺には兄弟がいないからさ、羨ましいぜ」
「弥勒さんは、俺の姉さんの旦那なんだ。だから義理の兄だな。お陰で俺は坊主になることもなく、自由でいられる」
「お前がスキンヘッドになるのは想像しがたいな」
そこか? と思いながらも俺は簡単に説明した。当の弥勒義兄は「先に風呂に入っておいで」とバスタオルを抱えニコニコしている。
相変わらず段取りがいい。ま、あのがさつな姉貴と一緒に暮らせるのだから、このくらいじゃないとやっていけないのかも知れない。
「姉さんは?」
「もうすぐ帰ってくると思うよ。さっき連絡があったからね。ほら、行っておいで。話しは後だ。あがった頃には
「ありがとうございます」
俺たちは言われるがまま、タオルを受け取り風呂場へ向かった。隣の斗真がめちゃくちゃ嬉しそうにしているのが気になる。
誰かと一緒に風呂なんてガキの頃以来だ。
爺ちゃんの趣味で、風呂にはかなり自信があった。檜の風呂に、小さいけど手作りの露天風呂もある。お墓と露天風呂を隔てるのは、竹林と竹で造った塀だけだったが、風情があり俺は気に入っていた。
「お風呂っ、お風呂っ!」
おい、誰のためにここまで…。俺は浮かれている斗真が羨ましくなった。この後のことを考えると、逃げ出さずここまでこれた自分を誉めてあげたいくらいだ。
「はぁ…」
「どうしたんだ、
「いいから、そういうの」
あぁ~もぉ、くっつくな! テンションがダダアガリの斗真に、この後苦戦したのは言うまでもない…。
* * *
「
俺たちが風呂からあがり先程の部屋に戻ると姉貴が待っていた。机の上には寿司と肉じゃが、缶ビールが並べられ、いい匂いが漂っていた。弥勒義兄の自慢の肉じゃが。これは冷めても旨い俺の好物の1つだ。義兄さん、ありがとう!
「君が斗真くんね。いつも
「姉さん…」
「まぁまぁ、突っ立ってないで二人ともあっちから座布団持ってきて座って」
姉貴は、箸やらなんやら準備をしながら、「ここの寿司屋、ネタが小さくなったんじゃない?」とか、「あんたたち、作務衣似合ってるじゃない」とか、目に入ったモノすべてに感想を言い始める。
相変わらず姉貴の弾丸トークは健在だった。
小さい頃から姉貴との口喧嘩に勝てたことがない。13歳も年の離れた姉貴は、俺の母さん代わりだったから今では感謝しかないんだけど。
俺がそんなことを考えていると、斗真が風呂のテンションのまま挨拶を始めた。おいおい…。
「斗真でーす! よろしくお願いいたします!
「うんうん。斗真くん元気でいいねぇ! 私は、
「
弥勒義兄が嬉しそうに姉貴を諭す。優しい穏やかな声だ。さすがの姉貴も少し大人しくなる。さすが義兄さん、いつも尊敬します…本当に。
それにしても、まさか弥勒義兄が姉貴と結婚をして婿養子に入るとは思っていなかったから、付き合っているって最初に聞いた時、俺は驚いて口の中の牛乳を全部吹き出してしまったくらいだ。
「ほら、
「はい」
「「「かんぱーいっ」」」
久しぶりの実家、久しぶりの寿司。饒舌な姉貴と穏やかな義兄。こういう日もたまにはいいものだ。
しかし、斗真が姉貴と同類だとは…。この二人妙に気が合っている。もう円香ちゃんのことはどうでもいいのだろうか。
俺はサーモンを頬張りながら二人を遠目で眺めていた。
「
「爺ちゃんの?」
弥勒義兄が、俺に酒を勧めながら話しかけてきた。
「あぁ、実は斗真に憑いてる奴が悪さをしそうだったんで、お守り代わりに着けさせてるんです」
「そうか、それでか」
「そうなんです。今回は弥勒義兄に、斗真のこと相談したくて」
「私には霊の姿や想いが形として見えない事は知っているよね?」
「はい。でも、悪いモノか良いモノかの判断つきますよね?」
弥勒義兄はガリを箸でほぐし口に運んだ。
「うん、そうだね。彼らが発する色は見えるからね。だからわかるよ。君は今夜、また無謀にも想いの塊つまり霊とコミュニケーションしたんだね」
「あ…」
「それは小さな子どもだった。違うかい?」
優しい目が俺を見つめている。全てを包み込む優しさが義兄にはある。今日あったことも、斗真のことも全て話そう。学くんの事故の事も、きっと弥勒義兄ならどうするべきか、答えを導きだしてくれる。
俺が意を決して話をしようとしたその時だった。
「ちょっと
姉貴が俺たちの会話に、強引に割って入ってきたのだ。
ヤバい。俺たちは、姉貴の目が完全に座っていることに気付いてしまった。
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