危ない姉貴とできた義兄
「ちょっと
うっ、酒臭ぇ…。目の前に座った姉貴が缶ビール片手に絡んできた。
「
「何言っちゃってるの? 弥勒も嬉しいでしょ?
勘弁してくれ…。
今度は斗真の方へ向き直り、泣く勢いで語り始めた。
「斗真くん! 本当にありがとうぉ~。こんなキモい弟と一緒にいてくれるなんて感謝しかないんだけど。一生側にいてあげてね」
おいおい、結婚相手とかじゃないんだから。俺はガリをつつきながら苦笑いするしかなかった。こうなった姉貴を止められるのは誰もいない。
「ご安心ください、お姉さん! 俺、一生寄り添うことを誓います!」
「おい、斗真!」
「うぅぅっ。いい姉さんじゃないかー」
斗真はうるうるしながら俺に訴えかける。どうしろと?
ヤバい。斗真と姉貴が完全に意気投合している。俺は早く弥勒義兄と真面目な話がしたい! と弥勒義兄に助けを求めるも、「仕方ないね」というジェスチャーで誤魔化されてしまった。
「この子ったら、何かある度に弥勒に泣きついてね、ピーピー泣いてたのよ」
「
「そうなのよ!」
はいはい、そりゃー普通、大の大人に着せ替え人形のように扱われりゃ泣くでしょ? 今なら一発アウトですよ。
「私の友達とね、この子に可愛いドレス着せて化粧したりしてあげてたのよ。私が言うのもなんだけど、超可愛かったなぁ~。ねー
「マジっすか?」
「そんなこともあったねー。俺は全然楽しくなかったけどな」
俺はやきもきしながら、早くこの話が終わらないかとため息をつく。だがしかし、姉貴の話はどんどんエスカレートして止められなくなっていた。
「なに言ってるの。JKに遊んでもらえるなんて光栄に思いなさい!」
「おぉ~」
「うんそうだね」
俺は半ば諦め、残ったかっぱ巻きを頬張る。姉貴に口で勝てる自信が俺にはこれっぽっちもない。
「でね、斗真くん。小学生だったかしら? この子ったら私たちの前ですっぽんぽんにさせられて、ピーピー泣いちゃってねぇ。それが友達に大ウケで。ふふ」
「なんですと? そ、それは屈辱的な…い、いや羨ましい」
「おいっ」
「赤ちゃんの頃は、オムツだって替えてあげたんだから。もうさービックリよ、オムツ緩めたとたんにぴゅーーーっておしっこかけられたのよ」
「うん。もういい、その話はよそう」
だんだん話が怪しくなってきた。弥勒義兄、助けてくれ。俺は目で訴えかける。
「はい、
「そうだそうだ! 誰もオムツ替えてくれとは頼んでない!」
注意されて不貞腐れた姉貴は「いいじゃない、本当の事なんだから」と残りのビールをグビッと飲み干し、電池の切れた人形のようにバタッと机に倒れ込み、そのまま眠ってしまった。
「やれやれ。よっぽど
「どうですかねぇ~? 嫌がらせとしか思えないけど」
「素敵な姉さんじゃないか。ま、屈辱的な幼児期ではあるな。ぷぷぷ」
「おい!」
まぁ、姉貴には感謝している。俺は父さんの事も母さんの事も覚えてないから、姉貴が母さんで、爺ちゃんが父さん代わりだった。
弥勒義兄と結婚して、俺も多少手がかからなくなっったはずだから、今度こそ自分の幸せのために生きて欲しい、なんて思う。俺も大人になったもんだ。
「じゃ、俺…」
一通り片付けが完了した後、俺はペットボトルを片手に席をたった。
「あぁそうだったね。用意はできてるから」
「弥勒義兄、ありがとう」
酔っぱらいの斗真が、キョトンとしている。
「斗真は俺のベッドを使ってくれ」
「えっ? 何々?」
斗真が急に不安な顔をするから、障子の前で足が止まる。
「明日話そう。弥勒義兄、よろしくお願いいたします」
「ちょ、ちょっと待って」
俺を追いかけて立ち上がろうとした斗真は、バタンっと大きな音を立ててこけた。酔っぱらいだから仕方ないとはいえ、情けない。
「斗真くん、大丈夫ですか?」
脛をさする斗真に弥勒義兄が優しく話しかける。
「ここはお寺なんです。
「あ……」
後ろで弥勒義兄の声が聞こえたけど、俺は斗真を弥勒義兄に任せ部屋をでた。
※ ※ ※
俺は冷たい廊下を通り、御堂に向かっていた。途中白い着物を着た老婆が外の石灯籠の脇に立ち、こちらを暗い目で見つめていた。
「婆さん、まだ成仏してないんだな」
ここには成仏できないモノたちが多く集まってくる。彼らはこの世に何かしらの強い想いを抱えているため成仏出来ずにいるのだ。でも中には叶えられない想いを抱き続け、生きている人間を呪うやからもいる。そこまで落ちると、成仏する事は難しく、祓うしか道はない。
婆さんは何も言わず、まるで誰かを待っているかのようにずっとここにいた。いつか想いを遂げることができ、婆さんが光の方向へ進むことを、俺は心から願っていた。
『
『あ……、あのね、そこにいるお婆ちゃんが』
『ダメだよ。自分で死んだことを受け入れて自分でどう進むのか選択させないとね。
『どうしてそんなことがわかるの? お婆ちゃん、すごく悲しい顔をしてるんだ』
『わかるからだよ…、だから』
弥勒義兄が悲しい顔を見せたのは、この時と爺ちゃんが死んだあの日だけだった。
俺は婆さんに気付かないふりをして、御堂の扉を開けた。
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