超ドストライクは危険な香

『あれ? 君、もしかして…私の事…見えてる?』


 ヤバい。


 いくら可愛いとは言っても、相手は死人だ。見えてる、聞こえているって分かれば何をお願いされるかわからない。

 その希望に添えないことがわかった時、彼らを失望の世界へと堕とすことになる。

 もうそんな悲しみを誰にも味わってほしくない。死んでしまったことだけでも辛いことなのに…。


 俺は見えない、聞こえない。それを突き通すことに決めた。


 俺はスマホに出ることもなく相棒をつれ、歩く速度をあげる。

 可愛いのに…彼女に何があったんだろう。フラレたのかな? いかん…想像すると泣きそうだ。


『ねぇ、ねぇってば』

「…」


 彼女は俺の顔を覗き込んだ。まるで飛んでいるかの様に、彼女の足音は聞こえない。俺の足音と相棒のカラカラという音だけが夜の公園に響いていた。

 いつの間にかスマホのバイブ音も消えている。


『私の声、聞こえてるのバレバレだよ。ちょっと無視しないでよ』

「…」


 佐々木さんからのお土産が肩からずり落ちるのを直すことなく、俺は必死に公園の出口に向かう。


『もぉ、何で無視するわけ? そんなに私って魅力ないかな…』


 彼女の声が寂しさに包まれるのがわかる。

 

 あぁ、言ってあげたい。君は充分魅力的だよ。もちろん、幽霊じゃなかったらね。


 泣いたり、怒ったり、拗ねてみたり。彼女は俺の周りをウロウロする。

 正直だんだん鬱陶しくなってきた。しつこいと嫌われますよ。



『あ、チャック開いてる!』

「えっ? ウソ!?」


 俺は思わず足を止め、ズボンを確認してしまった。


「……」


『ふふ、やっぱり聞こえてるじゃん。ウソは良くないな』


 彼女は俺の前でどや顔をし、人差し指をちっちっとふっている。


 ヤバい…。なんなんだ? こんな陽キャな幽霊見たことないぞ。


 俺は急いでる。急いでるんだ。

 それを伝えたら、あきらめてさっきの位置に戻ってくれるかな? いやぁ…素直に聞いてくれるくらいなら、もうとっくに成仏してるか。


「……」


 俺の背中に汗がつーーっと流れた。


『どうしたのかな? ボクちゃん』

「…」

『まさか、女の子が苦手とか?』


 彼女はうつむいている俺の顔を覗き込み、キラキラした瞳で見つめてくる。あぁ~もうそんな顔でいわれたら、無視できないでしょ。


 あぁ~俺のバカ! 止めておけとアラート音がなってるじゃないか!


「あぁ~もぉ~、見えてるし、聞こえてるよ!」

『やっぱりね。そうだと思った』


 彼女はニコニコしている。


 俺は彼女のキラキラした目を見てしまった。まるで生きているかのように純粋な瞳。ショートパンツからのぞく足はカモシカのようにスラッとしている。生前はモデルかなにかだったのかもしれない。


「悪いけど俺は急いでる。君にかまってあげられないよ。わかったら、元の位置に戻ってくれる?」

『ボクちゃん、ひどい』

「えっ、えぇぇ?」


 ちょっ、ちょっと、泣かないでよ。


『格好いいかもって思って、超嬉しくなた私がバカだった~。ひどぉ~いっ』

「いやいやいやいや…。君は充分可愛いよ。生きている時に会いたかったね。それじゃ」


 俺は後ろ髪を引かれる思いで、その場を離れる決心をする。彼女には変なモノも憑いてないし、見た目は俺の超好みのタイプだ。こんな子に二度と出会えないかもしれない。お茶でもしたい気分だ。


 でも…君は死んでるんだよ。


『わかったわ。ボクちゃん。君は女の子に興味がないのね』


 そう言うと彼女は悲しい顔をして、俺の前からスーっと姿を消した。


「えっ? 何でそうなるんだよ…」



* * *


「ただいま」


 斗真から鍵を預かっていた俺は、ここの住人の様な顔をしてドアを開ける。


「斗真?」


 斗真からの返事もなく、部屋は静まり返っていた。

 玄関には斗真の靴が出掛けた時と同じ様に綺麗に並べられている。


 ちょっと待った。静かすぎるだろ?


「斗真? 寝てるのか?」


 もう夜中だから、寝ていたとしてもおかしくはない。だけど暗い廊下のドアの隙間から部屋の光が漏れていた。


『俺も消えちゃうのかな?』


 昨日の斗真の声が、脳内で再生される。

 まさか!? 俺が見た限り、この部屋には何もいなかった。それとも俺が見逃したのか? そんなバカな。


 佐々木さんのお土産がドスンと音をたてて床に落ちる。そんなことを気にする暇もなく、俺は駆け出していた。


「斗真! 斗真っ」


 俺は恥ずかしげもなく叫びながら、ドアを勢いよく開け放った。

 勢いよく開いたドアは壁にぶつかりバウンドする。


 ごーーーーんっ。


「いててててて…」


 ドアは俺めがけて勢いそのまま、戻ってきたのだ。当たり前っちゃ当たり前だけど、俺のおでこに相当なダメージを叩きつけた。


「何やってるんだ? 碧海あくあ…」

「えっ?」


 俺の心配など他所に、斗真はしれっと床に座り映画を観ていた。大きなヘッドフォンを片方外すと、そこからはシャカシャカ音が漏れている。


「おいおい…起きてて大丈夫なのかよ」


 俺はおでこに手を当てながら痛みと、このやり場のない怒りを飲み込んだ。

 何事もなくて良かった。大丈夫だと分かっていても、気になって仕方がない。


「あ、ごめん。気付かなかったよ。お帰り」

「お帰りじゃないだろ?」


 何か飲むだろ? といい席を立つ斗真は、いつもと変わらず、悪びれた様子もなく俺の失態をニヤニヤして見ていた。


「心臓に悪い! あぁ~いてぇ」


「悪い…そんなに焦らなくてもいいのに」

「お前のドアが俺に喧嘩を売ったんだ。別に焦ってない!」

「悪い悪い」

「ったく…俺の顔に傷が残ったらお前のせいだからな」

「傷は男の勲章だって誰かが言ってたぞ」


 知るかっ! 俺はふて腐れながらも、斗真が用意してくれたレモネードを飲み干す。あぁ~心配して損したぜ。



 ブッブー。スマホが鳴いた。


『明日の夕方家にいるよ』


 さっきの電話の主からだった。やべっ。あの女の子に気を取られて、折り返すの忘れてた。

 違う意味で焦る。


「斗真」

「うん?」



「明日、俺んちに行くぞ」


 猿の惑星が流れる大画面、キョトンとした顔のアホ面が目に入る。


 俺は異星人じゃない。そんな顔で見ないでくれ…。

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