事件です! タクシーの男の子

誰が秘密主義だって!?

 翌日、俺と斗真は電車の中にいた。


 俺の実家に行くためだとはいえ、電車に乗るなんて何年ぶりだろう。バイトだって、極力人と接することのない裏方を選んできた。だからクローズとかオープンとかのシフトになるのだが、変なものを見るよりははるかにいい。


 そんな俺の体質を知っている斗真は車を出すと言いはった。だけどまた例の変な奴がにょきにょきと出てきて悪さでもされたら、冗談抜きで俺まで幽霊になりかねない。だから丁重にお断りをいれ、今俺たちは電車の中にいる。


「お前んちに行けるなんて、初めてだな」

「なんだよ、嬉しそうだな」


 誰のために行くと思ってるんだ? 嬉しそうな斗真を見て、俺は不機嫌さをアピールする。


「あぁ。碧海あくあは秘密主義だからな」

「秘密主義って…」

「家族の事とか話してくれたことないじゃん」

「普通話すか?」


「夏休みとかお互いの家とかさ、行ったり来たりして宿題とかするだろ?」


「そんなものなのか?」


 斗真以外に友と呼べる者もいない俺にとって、人の家に行くことがこんなにも嬉しいと思えるのか、さっぱり分からない。

 俺なんて人ん家に行って、見えてはいけないモノなんか見ちゃった暁には、えらいことになる。



「円香ちゃん…大丈夫かな?」


 急に沈んだ声が聞こえてきた。そうだよな…。心配だよな。

 あんなドロドロを抱えていたとはいえ、俺にとっても一応クラスメイトで、映画を一緒に観た人物だ。


 こんな都会で人が消えるなんて、警察にとっては日常茶飯事の事なのだろう。対象が子どもなら大事件だけど、大人は自分の意思だと思われるのが落ちだ。ストーカーにあっていた事実でもない限り、警察もまともに動かないんだろうな。


「…! ストーカー!」

碧海あくあ?」


 あのモヤモヤしたものは、生きた誰かの異常なまでの想いのカケラだとしたら? 斗真にカスが付きまとっているのもうなずける。それはまさに歪んだ愛情と嫉妬だ。


碧海あくあ?」


 斗真の心配そうな顔が目に入ってきた。「何かいるのか?」なんてびくついている。


「あ、ごめん。考え事してた」

「脅かすなよ。ここも人が多いいからな」


「ごめん」


 なるべく人と交わらなくて良いように、指定席を選んだ俺たち。でもこの車両も、ほとんどの席が埋まっている。よく見たら、想いの塊が座っているかもしれないけど、気付かないフリをする。そうでもしないとやっていけない。この世の中は人や動物、いろいろな想いで溢れ返っているのだ。


「なぁ、斗真。円香ちゃん、ストーカーがいたりしなかったか?」

「えっ? うーん」


 斗真は腕を組み、しばらく考えた後こう呟いた。


「いなかったと思う」

「本当か?」


 こいつ…浮かれすぎて気付かなかっただけじゃないのか? いや待てよ、そもそも洞察力の欠如……か。


「うん。俺といる時の事しか分からないけど、怯えてもいなかったし、スマホの着信とかそんなものもなかったよ」

「誰かにつけられてたとか、幽霊でもいいや。こぉ、怯えてるとか。何か気になる事はなかったのか?」


「うーん。なかったと思う。あの日、子どもの声が聞こえても怖がってなんかいなかったよ」

「そうか」


 そうだった…。お前の方がビビって気を失った…んだったな。



* * *


 最寄り駅に着いた頃には、辺りはだいぶ暗くなっていた。駅前のバスターミナルで何人かがバスを待っている。


 ここへ来るのは3年ぶりだ。姉ちゃんが結婚してあの家を継いだタイミングで家を出た。それ以来だ。


碧海あくあ、バスに乗るのか?」

「あぁ、いや…タクろう」


 俺はバスロータリーを横目にタクシー乗り場に急いだ。


 この場所は鎌倉に近いこともあって、遠い昔は戦場だった所だ。多くの者が無念の死をとげた場所。だから未だに消せない想いを抱えた武者たちが現代人に紛れ、ゆっくりと歩き回っているのだ。

 バスにだって乗っていることもあるし、さっきはバスを待つ列に並んでいるのが見えた。あいつらは話すこともなく、暗い目をして血だらけでたたずんでいるから始末が悪い。

 時として自分が死んでいることを理解できない輩もいる。何が彼らをこの世に留めているのか、子どもの頃の俺は恐怖を通り越して哀れみさえ感じていたのを思い出した。


 俺は何もしてあげられない…。ここはそんな俺の無能っぷりが露になる場所。


 少し重い気分を抱え、俺たちはタクシーに乗り込んだ。


「どちらまで?」

「小坪釣り堀センターまで」

「釣り堀? 今はないけど、その辺りでいいのかい?」


 優しい初老の運転手は、俺の知らない土地情報を教えてくれた。そうか、3年っていう月日はランドマークさえ変えてしまうってことだ。


 子どもの頃、爺ちゃんに釣りを教えてもらった。もうあの釣り堀がないと思うと、少し寂しい気分になる。


「あ、そこでお願いします」


 パタンとドアがしまり、ゆっくりとタクシーは走り出した。




「この辺、静かだな」


 斗真が外を眺めポツリと言う。お坊ちゃんの斗真にとって、寂れた商店街が珍しいのだろう俺はそう解釈した。


「あぁ、俺の子どもの頃はもう少し賑やかだったと思うよ。この近くに海水浴場もあるから、夏はもうちょっと遅くまで店も開いてる」

「夏に来てみたいな」


 そうだな、なんて気のない言葉を返し俺は運転席の方に視線を送る。


 さっきから気になっていたんだ。バックミラーに掛けられた、薄汚れたマスコット。


 それは誰かの手作りなのだろう。形も不細工で、でもどこか愛嬌のあるクマのような見た目をしていた。


 さっきからそんなに揺れていない車のなかで、くるくるゆらゆら動いている。



 ヤバい。もう面倒はごめんだ。


 俺は前方から咄嗟に目をそらし、何事もなかったようにスマホを見た。待ち受けにはミクちゃんの笑顔がある。あぁ~ミクちゃん、君は俺の救いだ。


 暗い車内に俺のスマホが光を与える。でも、既に手遅れだった。


 俺の存在は、相手にも気付かれていたんだから。

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