円香ちゃん失踪と斗真の異変

「青山 円香さん…」

「はい。昨夜公園で姿を消したんです」


 トントン…。

 定期的に机を弾く音がする。ちょっとイラッとする音だ。


 しばらくその音がしたかと思うと、ふと音が止まり酒やけか? と思うような野太い声が聞こえてきた。


「急にいなくなり、連絡がつかなくなった…と」

「はい、これ…彼女の写真です」


 俺たちは朝一番で警察に出向いていた。受付で門前払いされそうになったところを、二人の私服の警察官に声をかけられたのだ。「女子大生」って言葉に反応したらしい。


 なので今俺たちは部屋の奥の応接室みたいな場所で話を聞いてもらっている。


 目の前にいるのは、二人。一人はおっさんっぽいくたびれたスーツを着て、テレビドラマで見るような警察のイメージそのままの、まさにサツのおっさんって感じだ。その横でグレーのパンツスーツを着た若い女性が、ノートパッドを使ってメモを取っていた。


「ふ~ん。で、喧嘩でもした?」


 斗真にスマホを返し、つまらなさそうに男性警察官は質問する。


「い、いえ」


 斗真は言葉につまり俺を見る。そんな目で見るな、と俺は目で訴える。俺たちが悪いことをしたみたいじゃないか。


「如月、やっぱり関係なさそうだ。所轄に任せて俺らは行くぞ」

「あ、守屋さん」


 守屋と呼ばれた男は、興味をなくしたように席をたってしまった。ま、普通そうだよな。大学生が夜中いなくなったからといって事件に巻き込まれたと考えるのは難しい。斗真と喧嘩をしてどこかに逃げたくらいにしか考えないだろう。

 似たような失踪が続いているならともかく、これは警察としては普通の待遇だ、と俺は少なからず納得していた。


「ご、ごめんなさい。今別の者がきますので、最後までお話を聞かせてください」

「すみません。お姉さん…」

「お、おい」


 俺は慌てて斗真に肘鉄をくらわす。警察官を前に「お姉さん」はないだろう?


「おい、如月! 何してるっ」


 少し遠くからさっきのおっさんが彼女を呼んでいる。


 如月と呼ばれた女性は俺たちに一礼すると、守屋と言う親父について行ってしまった。

 代わりに、制服を着たお巡りさんが俺たちの話を聞く役目を仰せつかったようで、円香ちゃんのスマホは紛失物として届けることになった。



「円香ちゃん…俺がいなくて寂しがってないかな?」

「うんなわけないだろ?」


 俺たちは警察署を出てから、斗真の部屋に向かう坂道をちんたら歩いていた。


「俺も…明日には消えちゃうのかな?」

「バカ言うなよ。昨日も言ったろ? 人を消すことなんて幽霊にはできないって」


 斗真は相変わらず暗い顔をしている。斗真が落ち込めば落ち込むほど、背中のグロテスクなドロドロが大きくなる気がする。


 ふぅ…。俺はため息をついて足を止めた。それに気付いた斗真が振り返える。


「斗真、お前に言っておく」

「何?」


「俺も聞いた」

「えっ?」


「子どもの声、聞いたんだ」



* * *


 斗真は部屋に戻ると「寒い」と言い出した。風邪が悪化したんだろう。背中のアレが悪さしてるとは思えないけど…、気になるっちゃぁ~気になる。

 仕方ない…何か悪さをされる前に、あの人にお願いするか。借りを作るみたいで、本当は嫌だけど。


 俺は斗真を寝かしつけ、部屋の空気の入れ換えと、掃除を始めた。悪い気を追い出すには掃除が一番だ。


「寒い…」

「窓開けてるからな。ちょっと我慢しろ」


 おいおい…変なモノは住み着いてないけど、変な物が落ちてるぞ。ちゃんと片付けろよ。


「お前な…」

「円香ちゃん…」


 うん? 斗真の様子が変だ。


「何してる?」

「円香ちゃんが呼んでる」


 斗真がムクッと起き上がる。ゾンビみたいで怖い。


「斗真、ここはお前の部屋で円香ちゃんはいない! しっかりしろ」

碧海あくあ?」


 ふらっと斗真がバランスを崩すから、俺はしっかりと斗真を受け止める。


 ひどい熱だ。


 すると抱き抱えた斗真の背中から、赤いジェルネイルを着けた白く細い腕が、にょきにょきっと俺の方へ伸びてきた。


「げっ!」


 その腕は斗真のくしゃくしゃな頭を抱き抱えるように、今度は後ろにひきつける。まるで俺から斗真を剥がすかのように。力強い艶かしい腕ががっしりと斗真をつかんで放さない。


「斗真、しっかりしろっ!」


 俺は白い腕を振り払おうと腕を伸ばす。もちろん、掴めるわけもなく、払い除けることもできない。でも、斗真から離れてほしくて俺は斗真の頭部を抱きしめ叫んでいた。


「斗真から離れろ! そんなに欲しいなら、俺に憑けば良い!」


 この時俺の腕にある爺ちゃんの形見の数珠が白い腕に触れた。その瞬間白い腕はビックリした様にスッと背後に消えた。


 それと同時に斗真が咳き込み始めた。


「げほっ。げほげほっ」

「大丈夫か?」

「唾が変なとこに…ごほっ」


 いや…変なモノに首を絞められてたんだから…そうなるわな。斗真は喉に手を当て苦しそうにしている。


 俺は見えたものについて話すのをやめた。これ以上びびらせても、事は解決しない。


 斗真に水を飲ませ落ち着くのを確認してから、俺はスマホを取り出した。


 3年ぶりだ。


 俺から連絡する事はないと思ってたのに…。

 俺は電話帳の名前をタップした。

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