公園の幽霊は?

「さぶっ」


 ささっと掃除をすませ、定位置に鍵を返す。これがクロージングのルーティンだ。ちょっと手抜きなのは勘弁してくれ。緊急事態だ。


 俺はそう自分に言い訳をし、相棒のマウンテンバイクにまたがり例の公園に向かった。だって、これが家への近道だから。


 走りながら俺は風を感じる。気持ちがいいので、思わず声が漏れる。


「ふぅ~いいね!」


 頬にあたる風は冷たく、バイクを握る指先も冷たい。でも、この季節は嫌いじゃない。ピリッとした空気が気持ちを奮い起たせてくれるからだ。


 誰にも邪魔されずに走ることが出きるこの時間帯は、俺にとって過酷労働後のご褒美のようなも。「ウキウキさせてくれよ、相棒!」っていう気分になる。

 時刻は0時を回っているので、人通りはまばらだ。逆に人とすれ違うとビビる。


 しばらく走り俺は公園の入り口で止まった。公園の内部は、まだ工事のフェンスで囲まれている。だから、いつも以上に街灯の光が届かない。

 薄暗くてじめっとしている気がして、さすがの俺も恐怖を感じる。


「くそっ。あいつ…何が星を見にだよ。木がワサワサしていて、空なんか見えないだろ? いちゃつくなら人のいないとこでしろよ」


 俺は斗真のだらしなく伸びた鼻の下を思い出し、これも自業自得なんじゃないか? と思い始めていた。


 だけど斗真は無二の親友だ。親友のピンチには駆けつけるのが友というもの。俺はやり場のない怒りのようなものを心に抱え、相棒のグリップを強く握りペダルを踏み込んだ。


 前方をバイクのライトが照らしている。速攻で通り抜けたいところだけど、暗すぎて何が飛び出すかわからない。だから少し速度を落とし、ワイヤレスイヤホンも外す。


 少し進んだところで、どこからか子どものすすり泣く声が聞こえてきた。


「いるっ」


 グリップを握る手に力が入る。姿が見えるかもしれない。そう思い、俺はゆっくりとペダルを漕ぐ。


 すると、あの女の子が今日も同じ場所でスマホをいじりながら立っている姿が目に飛び込んできた。

 この前と同じパーカーにショートパンツ、ロングブーツと言う姿だった。


 体の線がポワンと滲むように光っている。


 あぁ~やっぱり彼女も想いの塊だ。いわゆる幽霊って奴だ。

 可愛いのにもったいない、なんて不謹慎な事を考えながら気付かれないようにペダルを漕いでいく。


 するとまた子どもの声が聞こえた。今度はさっきよりハッキリと。


「ママ~、ママどこ? ママぁ~…」


 すると、スマホをいじっていた彼女が、急に顔を上げ、声の聞こえた方を振り向いた。


「ウソだろ? あの子にも聞こえた?」


 彼女はそんな俺の事など気にすせず、声のする方向に動いて行く。そして草木を揺らすこともなく、スーっと暗闇に溶け込んで消えていった。


 俺は目をパチパチしてみる。そうすることで見えるモノが増えることがあるからだ。でも、今は街灯の光とその後ろに広がる暗闇しか見えなかった。


 俺には不思議だった。死んで想いの塊になった者は、何かしらこの地に未練を残している。だから消えることなくさまよっているわけだが…。

 彼らは個体であって、想いの塊同士お互いを認識しあうことはないと思っていた。


「あの子はどこに行ったんだ? なんで彼女に、子どもの声が聞こえたんだ…?」


 俺は彼女に興味が沸いてきていることに気付く。関わるのは危険だってことも知ってる。時として興味は死を招く。俺は何度も死ぬ思いを経験してきたじゃないか…。


 学べ! 俺。


 俺は少しスピードを上げ、斗真の部屋に向かった。


* * *


 斗真の部屋は俺の部屋にほど近い坂道を上がったところにある。


 俺の部屋とは違い、オートロックの分譲マンションだ。正真正銘のお坊っちゃまなんだけど、当の本人はそんな自覚もなく、お洒落やブランドに興味があるわけでもなく、至って普通に生活をしている。


 そんなわけで、悪い女に騙されることもなく今まで"童貞"を維持できていたわけだが…。


 そんなことを考えながら俺は相棒を走らせ、少し汗ばんできたところで、斗真のいるマンションに到着した。


「斗真? 俺、碧海あくあ。開けてくれ」

碧海あくあ…」


 エントランスの扉が開き、俺は相棒と共に斗真の部屋へ向かった。相棒を置き去りにするのは気がひけるからね。


 部屋につくと、斗真がボサボサの頭に厚い黒淵のメガネをかけ、少しドアを開けて待っていた。


碧海あくあ…すまない」

「いや。すまないと思ってるんだったら中にいれてくんない?」


 そう言うと、斗真は俺たちを部屋の中に通してくれた。


 俺は部屋に上がると、一通り中を見渡した。


 斗真の部屋には何度か来たことがあるけど、いつもはゲーム機やBlu-rayが床一面に放置されていて、歩く隙間もない。でも今は、ゲームも綺麗に片付けられていた。

 円香ちゃんのために掃除をしたのだろう。健気な奴だ。


 俺は振り返り、斗真のこともスキャンする。

 どうやら、変なモノを連れて帰って来たわけではなさそうだ。


「お前、一晩中公園で寝てたのか?」

「うん…。気づいたら朝だった」


 そりゃぁ~風邪くらいひくわな。俺は小さくため息をつく。

 そして勝手知ったる何とかで、寝巻きを斗真に放り投げた。


「まずは風呂にはいれ。話はそれからだ」

碧海あくあ、何かこの部屋にいたりしないのか?」


 斗真が怯えた顔で訴えかける。


「残念だけど何もいないよ」

「そっか…よかった」


 少し安心したのか、寝巻きを抱え斗真が風呂に向かった。

 さっきは気づかなかったその背中には、黒くてドロドロしたモノが憑いていた。それはぐねぐね動き、斗真の右肩辺りを行ったり来たりしている。


「あいつ…円香ちゃんからもらったのか。……くそっ」


 すぐに悪さをするようなモノじゃなさそうだけど…。何とかしないと。俺は部屋をウロウロしながら考える。


 このままもし円香ちゃんになにかがあったら、真っ先に斗真が疑われるだろう。

 最後に一緒にいたのは斗真であり、今彼女のスマホを持っている。


 いろんなことが俺の意思に関係なく、動き出そうとしていた。

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