童貞同盟からの脱北

「おい、大丈夫か?」


 俺が言いたい台詞だ。斗真は何事もなかったようにお粥を注ぎながら、俺を心配そうに見ている。

 斗真……お前本当に、あの得たいの知れないドロドロとしたのか?


 お粥の準備が終わると、斗真はコンビニ飯を取り出した。そっちの方がうまそうだ、なんて口が裂けても言えない。


 風邪をひいたらお粥って誰が決めたんだ?


「食えるか?」

「あ、あぁ」


 俺は茶碗とスプーンを受け取り、まじまじと斗真を眺めた。円香って娘は俺と昨日映画を観に行った娘だ。俺のことが好きだったんじゃないのかよ? って思う気持ちと、あんなモノ抱えてる奴とよくエッチなんてできたな? という気持ちが同居する。

 想像しただけでも吐きそうだ。


「おい、寝てた方がいいんじゃないか? 水持ってこようか?」

「だ、大丈夫。レモネード持ってきてくれ」


 俺はこみ上げてきた胃酸をレモネードで押し殺す。


「悪いな。体調悪いのに俺だけいい思いしちゃって」


 えへへへ、と斗真はモグモグとサンドウィッチを頬張りながら嬉しそうに話す。話を聞いて欲しくてたまらないって言う感じだ。


「いや……おめでとう。お前も晴れて男になったんだな」

「羨ましいか?」

「別に」


 ちょっとはいいなぁ~って思うけど、本気で羨ましいなんて思わない。あんなのが側にいたら、そんな気持ちになるわけがない。胸はデカくて柔らかそうだったけどな。

 触ろうものなら、あのドロドロに噛みつかれてただろう。おえっ。


 そんな俺の思いに気付きもせず、斗真は嬉しそうに話を続ける。


「校内で一番とも言われるイケメンのお前を差し置いて、我ら童貞同盟から脱北した俺を恨まないでくれよ」

「恨むかっ」


 そう俺たちは高校一年の夏、"童貞同盟"を結束した。大抵のクラスメートは、夏に素晴らしい体験をして新学期を迎えていたけど、残念なことに俺たちにそんな出来事は起きなかった。

 中にはすでに男としての経験豊かな奴もいたけど。


 その波に乗り遅れた俺たちは、先駆けすることなく同盟を脱会する時は宣言する! という取り決めをした。今思えば……アホとしか言いようがない。


 斗真としては、その時の約束を果たしているだけだと思っているのだろう(単純バカだから)。


 それにしても嬉しそうに話し続けている。よっぽど嬉しかったと見える。

 仕方がない、体調悪いけど付き合ってやるのが友情だ。それにお粥まで作ってくれる友人は大切にするべきだ。そう腹をくくり斗真の話を気持ち半分で聞くことにする。


「お前さ、円香ちゃんと昨日映画観に行ったろ?」

「えっ? あぁ、誘われたからな」


 お粥をふぅふぅしながら俺は事実だけを述べる。


「お前……その後何をしたんだ? 円香ちゃん泣きながら俺に連絡してきたんだぞ」

「何って、なにもしてない。コーヒーを飲んだだけだ」

「それだけか?」


「あぁ、それだけ」


 あの子に見えたキモいドロドロのことは話さなかった。斗真の夢を壊す必要もないだろう。


「円香ちゃん……本当はお前が好きだったんだぞ」


―― だろうな。


「映画だってお前の好みをめちゃくちゃ聞かれたんだぜ」


 俺は呆れた顔で斗真を見ていた。「あの女はやめた方がいい」って言葉をお粥と一緒に飲み込んだ。


「ま、お前がふってくれたお陰で、悲しむ円香ちゃんを俺が癒したわけだけどね」

「俺はふってないし、付き合った覚えもない。ってか、お前……初めてで上手く慰められたのかよ?」

「……」


 さっきまで饒舌だった斗真が無言になる。おいおい……。


「それ以上、何も言うな。碧海あくあ……」


「うん。わかった」



 俺たちはそのまま無言で飯を食った。初めてはそんなに甘いものじゃないだろう。わからんけど。


 そんな重い空気を破ったのはやっぱり斗真だった。


「そういやさ、お前はどんな娘がタイプなんだ? 大学に入ってから何人と付き合ったんだよ」

「付き合ってないよ」

「お前が言うと、ムカつくな」


 斗真はニヤニヤしながら悪態をついてくる。俺だって、彼女が欲しいさ! ドロドロや、モヤモヤを飼っていない女の子がいるならな。


「で? どんなタイプが好みなんだ? あ、ミクちゃんって答えは許されないからな」

「なんだよ」


 俺の永遠のアイドル、ミクちゃん。ミクちゃんは今売り出し中のバーチャルモデルで、歌も歌ってる。バーチャルだから、ドロドロなんて飼ってない。俺の理想の彼女だ。


「教えろよ。バイト先でいい子がいたら紹介するからさ」


 お前も脱童貞だ! 斗真が一人で盛り上がっている。余計なお世話だ。


 だけどふと……昨日見かけた女の子が頭に浮かんで消えた。長い髪にショートパンツとスラッとした足。顔はよく覚えてないけど、タイプだと思った。


「おい、もしやお前、好きな子がいるんじゃないのか? 教えろよ!」

「違うよ。いないって。あぁ~もう、近いっ。俺に近づくな!」


 こうして斗真とのいつものじゃれ合う時間は過ぎ、俺はまた熱が上がってきた感覚にボーっとする。


 時間ですよ、と言わんばかりにスマホが鳴った。


「あ、悪いな。円香ちゃんから会いたいってさ」

「よかったな。今度は上手くやれよ」


「やめろよ。そんなんじゃないから。いやぁ~でも、仕方ないよな。会ってやるか」


 俺の話……、聞いてないな。

 めちゃくちゃ鼻の下を伸ばし、だらしない顔を見せびらかし斗真は席をたつ。


「斗真!」

「なんだ? 買い物ならあとで欲しいもの教えてくれ。明日になるかも知れないけど届けるから」

「いや、それはいい」


「どうした? 俺にいて欲しいのか?」

「いや、それもいい」

「じゃ、なんだよ」


 斗真が急いでいるのが分かる。一秒でも早く彼女に会いたいのだろう。


「斗真、気を付けろ。あの子」

「あははは、またいつものアレか?」

「まぁ……」

「心配するな。円香ちゃんは俺のタイプじゃない」


 そ、そういう意味じゃないんだけどな。浮かれポンチの斗真に今は何を言っても無駄だろう。


 ドアを開けると外も大分暗くなっていた。ドアから吹き抜ける風が冷たく感じる。


「そうだな。気を付けて。今日はありがと」

「気にするな」


 パタンと扉がしまると嘘のように部屋の中が静かになった。


 斗真のことが心配だけれど、体調が悪すぎて俺の感が鈍っている。

 今日はバイトのシフトもいれてない。寝るとしよう。


* * ※


 俺は熱にうなされ、昨日見かけた女の子の夢を見ていた。彼女は俺が来るのを待っていて、かなりぷりぷりしている、そんな不思議な夢だった。


 君は誰だ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る