はじまりは俺の特殊能力のせいにある
「ねぇ、
ストローを長い爪でいじりながら、目の前の女性が唐突に俺の名前を呼んだ。
「えっ? 何?」
「ほら……、もういいっ! いつも違う子ばっかり見てるし。さっきから見てるのって、後ろの男の子だよね。もぉ、何考えてるかわかんない! キモいのよね。顔が良いからって、女がみんな
えっ? 嘘だろ? 何だかよくわからないけど、誘われた映画を観た後、お礼にって入ったカフェで、俺はフラれた。
このやり取り……何度めだろう? 付き合った記憶もないのになぜか俺はフラれる。
今度こそって俺の入れた気合いはいったい何だったんだ……。
そもそも映画を観るって恋人同士がするものなのか? 観たかった映画なら行くでしょ。それに、君に「付き合おう」とか言った覚えがないんですけど。
喉まででかかった言葉を飲み込んだ。
しかも! 俺に興味を持つような女には大抵変なモノが憑いてる。「キモいのはそっちだっ」と声を大にして言ってやりたい。
それが気になって、気になって……恋愛になんて発展するわけがない。ちゅーするどころか、手すら握れない。おえっ。
「女ったらしのクズ! 男が好きって噂は本当なのね」
えっ? 何々? 何でそうなるわけ? 俺の頭は混乱する。でもあんなキモいものを飼ってる女を引き留めたくもない。
店内は一時静寂に包まれ、俺は注目を浴びることになってしまった。俺は彼女を追いかけるでもなく残りのアイスコーヒーを飲みながら、外を眺める。
「……ふっ、うまいな」
あ……俺の名誉のために言っておくけど。
俺は男が好きなわけではない。断じてない!
女性フォルムが好きだ! 大好きだ! この年の多くの同士と同様に街を歩く素敵な女性に興味もあるし、アイドルだって好きだ!
だけど……。あれはないわ……。
俺は少し暗くなった公園を駅までのショートカットのために歩きながら考える。
ライトアップされた噴水。それを囲むように、少し薄暗くなった場所にあるおしゃれベンチが続く。
カップルがさりげなく手を繋いで歩き、ベンチでは目を覆いたくなるようなハレンチな行為が繰り広げられ、夜の公園は恋人たちの聖地とかす。
俺はそんな場所を独りで、もくもくと歩いているわけだ。
かなり広い公園を斜めに突っ切ることで駅に向かうのだが、最近、花壇整備とやらで工事現場のようにフェンスが立てられ、ここを利用する人も少ない。
フェンスのせいでちょっと薄暗くなった公園は「女性が独りで歩くには怖いだろうな」なんて思う。別にナンパ目的で歩いている訳じゃないから、どうでも良いんだけどさ。
俺は少しふてくされながら、家路を急いだ。家に帰って熱い風呂に入って、お気に入りのレモネードを飲むんだ!
そう思うことでさっきまでのモヤモヤが和らいだ。
それにしてもあの子にまとわりついていたアレ、何だったんだろうな。
それは灰色の煙のような、所々スライムのように溶け出してゆっくりと彼女を飲み込んでは吐き出していた。肩の辺りから俺を覗き込む鋭い目。またその目が周りを意識するようにギョロっと動いていた。
「はぁ……。気持ち悪い」
今日の子は特別に酷かった。何かソレは俺に語りたかったように見えた。だからじっと見てただけなんだけどな。
ま、解ったところで俺には関係ないしどうにもできない。
そんなことを考えながら歩いていたら、公園の中央までたどり着いていた。フェンスのせいか辺りがやけに薄暗く、街灯がパカパカ……かろうじて点いたり消えたりを繰り返していた。
「おぉ~怖っ。あの草影に何かいてもわからないよな」
強盗犯が飛び出してくる映像が頭に浮かんできた。俺はブルッと頭をふり、気を取り直して両手でリュックを握り締め、足早に通り抜けようと決める。
その時、街灯の下に髪の長い女の子が立っているのが見えた。
パッと見同じくらいの年齢で、だぼっとしたパーカーにショートパンツ。それと厚底ロングブーツを履いている。
彼女はスマホをいじっているようだ。
誰かを待ってるんだろう。こんなとこで危ないなと思いつつ、さっきフラれたばかりの俺としては女性全般にかかわり合いたくはない、というアラート音が鳴り響く。ちょっとタイプだったけど、しれっと前を通過することにした。
通りすぎてから、やっぱり気になった俺。女好きは爺ちゃん譲りだ。こればかりは仕方ない。そんな時、変な空気が俺に纏わり付いた。
ぐにゃ……。
スライムが溶け落ちるような音が聞こえ、何だか変な臭いが周りに漂う。
「なんだ?」
見るな! 見ちゃダメだ。そんな俺の意思に反して、俺の体はゆっくりと振り返る。
「えっ?」
そこには誰の姿もなく、ただ暗闇が続いているだけだった。
「あの子……どこ行ったんだ?」
俺は周りを見回してみる。でも誰もいない。
「まさか幽霊? うんなわけないか……」
そんなことを呟いて、俺は駅に向かってトボトボ歩く。気のせいだと自分に言い聞かせながら。
そう……、俺には子どもの頃から見えてはいけないモノが見える。
あの子もそういう類いのモノだったのかもしれない。あの匂い、消えた女。そう考えれば納得もいく。
彼女が溶けていきながら叫んでいる。そんな気がして、俺は身震いした。
「まさかね。あんなに能天気にスマホをさわってる幽霊なんて見たことがないよ。ないない」
俺は見間違いだともう一度、自分に言い聞かせる。
まさかこの後、彼女が俺の人生を変えるほどの面倒事をもたらすなんて、この時の俺は、知る由もなかった。
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