第3話 夜更けの交渉

歓迎の宴が終わり、アインズビル一行は与えられた部屋にて休んでいた。

アインズビル領主であるライリルムント、そして義弟であるグレイザックが一緒に酒を飲んでいた。


初老に見える側近が1人、酒を注いだり、つまみを出したりしている。

何もなければ、部屋の隅で静かに腰をおろして読書をしている。



「サムエル、時間が時間だ。付き合わなくて良いぞ」

グレイザックはその初老のサムエルという側近に声をかける。


「まあ良いではないか。サムエルも話に入ってきてよいぞ」

領主ライリルムントがニカっと豪快に笑う。


「で、グレイ。話を聞こうじゃないか。あの思い上がりの小娘はどうだったのだ?」

ライリルムントはくっくっく、と笑う。


「義兄上。面倒ごとを何でも押し付けないでいただきたい」

グレイザックは前髪をかきあげ、睨みつける。

いつもそうだ。面倒ごとはグレイザックに押し付けてくる。


「あの娘の話は良いではありませんか。気持ち悪い」

グレイザックはさらりと吐き捨てた。


「まず礼儀がなっていない。腕を組もうとしてくる。ありえん。気持ち悪い。俺の女嫌いを知らないのか」

グレイザックは美形すぎて、学院で女共が言い寄ってくるのにうんざりして女嫌いに拍車がかかったのだ。


「知らないからそれが出来るんだろう」

ライリルムントは面白そうに答え、言葉を続ける。


「どうする?罰することはできるぞ」

「必要ない。最後にひとまとめにして葬り去る」

グレイザックはそう言って酒をあおった。


すると、机に置いていた杖を掴み、扉に向けた。


「……誰だ」

グレイザックは声をかける。

今は夜更けだ。部屋まで訪ねてくるとは命知らずだ。


彼が警戒態勢を取ったので、サムエルも杖を構える。


「……リディルレーネ・リンド・カルムクラインでございます。夜中に失礼なことをしているのは重々承知です。ですが、聞いてほしいことがございます」

扉の外の気配の主はそう口を開いた。


「……リディルレーネ……、あぁ、前領主夫妻の子どもか」

ライリルムントがそう口にする。


「失礼だと分かっているなら、出直せ。きちんと面会予約を入れろ」

グレイザックは吐き捨てる。


「……無理でございます。ですから、こうしてこんな時間に参りました。現領主家族の前で話せる内容ではありません」

グレイザックは彼女の言葉に眉を寄せる。


「そんな話を何故我らに話す?」

彼は問う。


「アインズビル領主様が信頼出来る方で、情報を精査できる術をもつ方だからでございます。私は跪いたまま話します。魔術学院に入学もしておりませんので、魔法は使えません。武器もありません。攻撃する術はございませんし、意思もございません」


「それを証明する術は?」

グレイザックは問い詰める。


「魔法紙の血判証明でどうでしょうか」

扉の下の隙間からカサリと1枚の紙が入ってきた。


受け取ったサムエルがグレイザックに手渡す。


「……入れ」

攻撃する意思がない証明を見て、グレイザックは命じた。


サムエルが扉を開けると、そこに平身低頭している少女がいた。


「このままの姿で失礼致します」

リディルレーネは低頭したまま入室した。


「兄がいただろう?兄はどうした?」

ライリルムントが尋ねる。


「もう先が長くありません」

絞るように彼女は答えた。

周りが少し驚いた気配がした。


「1年前は元気だったぞ?何があった?」


「……毒、です」

「まさか」

グレイザックが突っ込む。


その言葉に頭を横に振って答える。

「叔父家族がカルムクラインを継いでから、私たち兄妹は虐げられてきました」


そう言う彼女をよくよく見ると確かに貴族令嬢の服ではない。お仕着せのような服だ。ところどころほつれた箇所を繕っているのが窺える。


「グレイザック、彼女の顔が見たい。良いか」

ライリルムントはそう述べた。

グレイザックは仕方なく顔を上げるように指示する。


「…っ」

ライリルムントは少し驚いた顔をする。

「歳は?」

「10になりました」


「……その歳にしては痩せているな」

ライリルムントはふぅ、と息を吐く。


真紅の瞳のリディルレーネは部屋にいる人たちを見つめる。首は動かさず、目だけ動かす。

少し気になるのがあって目がそっちに向かうが、意図して領主を見るように心がける。


「では話を聞こう。顔を上げたままでよい」

ライリルムントはそう命じる。

グレイザックは杖を持ったまま椅子に座り直す。


「これをご覧ください」

彼女は兄から預かった書簡を渡す。

少し震えていた。


受け取ったグレイザックは隅々まで見る。そして、ライリルムントに渡す。

ライリルムントが読み終えると、グレイザックはにやりと笑う。


「面白いじゃないか」


まさか面白いと言われると思ってなかったので、リディルレーネは目を瞬く。


「どうやって知った?」

「流石に1年も一緒にいますので、情報が入ってきます。あと書類仕事など、叔父家族は壊滅的なので兄と私が請け負ってきました」


「それならば、否が応でも分かるな」

「証拠を揃えております。ですので、それと引き換えに私の命を保証してくださいませ」


リディルレーネは意思のこもった強い瞳で淀み無く言い切った。


「……ほぉ」

グレイザックが面白い、とまた呟き、にやりと笑う。


「この証拠は、一族郎党皆処刑になる案件だ。なのにお前だけを助けてやることはできない」

グレイザックは、ふ、と笑う。


「それにお前を助ける利点がない」


確かにそうだ。だからこそ、領主のライリルムントは口を挟んでいない。結果が分かりきっているのだ。


「庭師でも、使役獣番でも、料理人でも、掃除婦でも何でも構いません。この1年で一通りは出来るようになりました」

彼女は震える声で交渉する。


たまに視界の端に見えるチカチカが気になるが、頑張って視線をグレイザックに合わす。


「全く利点がない。庭師も料理人も全て足りている。雇うと給金がかかる」


「……給金はいりません。そんな恐れ多いこと言える筈もございません。ただ、住む場所とご飯だけあればそれだけで十分です」

彼女は俯かないように必死に話す。


「…それくらいなら出来んこともないが、基本は一族皆処刑だ。お前を引き取ってアインズビルに利点があるのか」

ライリルムントが口を開いた。


「……っ、従属契約はどうでしょうか」

彼女の言葉に驚いたのはグレイザックだった。


「お前は命を保証してもらうために従属契約を結ぶのか」

従属契約とは、主人が死ねば自分も死ぬ。一蓮托生の契約だ。する者は殆どいない。


「……、はい。兄と約束しましたから。私だけでも生き延びろ、と」

彼女は震えながら拳を握りしめる。


「あと、ご領主の弟君様、私はこれが好きです。ご教授頂けると有り難く思います」

彼女はまだ持っていた書簡を渡す。


「城内にある図書館で勉強したものでございます。ご考察をお伺いしたいです」

魔法陣の考察、使役獣の比例結果など、彼女自身が研究したであろうものがたくさん書いてあった。

殴り書きがあったりするが、なかなかに纏まっている。


「……面白い」

グレイザックはまたにやりと笑った。


「義兄上」

彼は書簡から顔を上げ、ライリルムントを見る。


「この娘、俺がもらっても?」

まさかの言葉にライリルムントが目を見開く。


「アインズビルに悪いようにはしません。それは俺が保証します」

その言葉にライリルムントは少し考えこみ、口を開いた。


「……どう扱う気だ?」

「それを今から話します。……リディルレーネと言ったか」

グレイザックは彼女を見下ろす。


「はい」

「お前の身柄を預かる者として条件がある」

「何なりと」

彼女は即答する。


「ひとつ、魔術学院では常に首席であること。ひとつ、俺の言ったことは絶対だ。守れなければ即刻クビだ。そして、最後。そこのサムエルに付き、俺の側近になれ。主の意を汲み、行動を察し、課された仕事は全てこなせ」


なかなかの難題な条件だ。


「……グレイザックさま、10の子どもでは無理かと…」

サムエルが恐る恐る口を開いた。


「そんなことは知らん。これが条件だ。どうだ、受け入れるか?」

彼はものすごく美しい顔でにやりと笑った。


「無理を承知でお願いしてるのはこちらです。その条件、全て受け入れます」


「よし、血判証明にうつろう」


そうして、リディルレーネはアインズビル領主が弟、グレイザックの庇護下に入った。

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波乱少女の英雄伝 @mio841

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