第二章 同じ模様の仮面の男 編

第22話 暗中模索

 草木も眠る深夜のグリシア帝国王都、王城玉座の間。


 玉座の間に駆けつけた、帝国尖兵団・セレーネ隊副隊長のシエンの視界に飛び込んできたのは凄惨な光景だった。

 グリシア皇帝が、身体中を矢で貫かれた状態で玉座に磔にされていた。

 そして、すでに動かぬ骸となった皇帝の前で動く影がふたつ。


 幾度となく刃が交わり、轟音と火花が散った。

 飛び散った火花は戦う者の顔を赤く照らす。


 ひとりは金色の長い髪の女性。

 並みの男性と同じほどの長身で、さらにその背丈よりも大きな大鎌を手に持っていた。

 彼女は帝国の尖兵部隊を率いる隊長でシエンの上司、レガシリアのセレーネ。

 どんな敵を前にしても不敵な笑みを崩さない歴戦の猛者である彼女が、冷や汗を伝わらせ、顔をこわばらせている。

 共に死線を潜り抜けて、傍で彼女を見て来たシエンだからこそ、対峙する男がただ物ではないことはすぐに理解できた。


 セレーネの目線の先にいるのは、外套を纏った男。

 飛び散る火花に照らされ、深く被ったフードの中から男の顔に掘られた奇妙な刺青があらわになる。

 苦悶に歪む、人の顔だった。


 刺青の男が皇帝を殺し、磔にした。

 そして現場に居合わせたセレーネはこの男は帝国へ仇なす存在であると認め、捕縛しようとしている。

 刺青男は犯行の目撃者を野放しにはできない。

 その結果、二人は戦っている。


 埒が明かないと思ったのか、刺青男は大きく後ろに跳躍しながら手をセレーネに向けてかざす。

 すると刺青男の体がどす黒い赤色の輝きを放った。

 レガシリアは魔法を使う時、体が光る。

 魔法攻撃が来る。

 シエンがそう直感すると同時、何もない宙から三本の矢が現れ、セレーネ目掛けて放たれる。


 対するセレーネも体から月光のような白金の輝きを放つ。

 大鎌の刃に光が集い、刃は更に一回り大きくなった。

 射出された矢を全て紙一重で交わし、手に持つ大鎌でうち一本を叩き切ってみせ、その場で大鎌を大きく振るう。

 すると窓一つ空いていないはずの玉座の間に突風が吹きすさぶ。

 光る刃から小さな竜巻が放たれ、刺青男に直撃する。

 旋風の刃は男の外套を切り刻み、無数の傷を作り出す。


 セレーネは一線級のレガシリアだ。

 並大抵の人間ならば、この魔法を受けて立っていられたのは防御に特化した性能を持ち、特に斬撃に耐性がある魔法を使うシエンくらいだろう。

 しかし、刺青男に外傷を与えるには至っていないようだ。

 外套の内部からぼろぼろと鎖のようなものが剥がれ落ちる。


 刺青男が何かしらの魔法を使って、攻撃を防いだのだろう。

 セレーネは忌々しそうに舌打ちをする。


 レガシリア同士の戦いにおいて、魔法の相性の得手不得手が存在する。

 セレーネの魔法は中距離程度のリーチはあるものの、遠くに飛ばせば飛ばすほど、威力は減衰してしまう。至近距離で使ってこそ真価を発揮する魔法だ。

 対する刺青男は矢を構えずとも放つ魔法だ。重さ、威力、速度、全て申し分ない上に、遠距離で当てることを想定された魔法。そのうえ、どうやったかは見当がつかないが防御機能も高い。

 このままでは、セレーネはジリジリと追い込まれて、敗北することは、火を見るよりも明らかだ。


 ここでシエンは考えた。


 俺には、何人たりとも砕くことはできない鉄の体がある。

 セレーネの盾となり、相手の懐に潜り込めば、勝機はある。

 シエンは魔力を全身に巡らせるため深く息を吸い込み、大きく吐き出す。

 それと同時に左前腕にある等級紋が熱くなる。

 魔力を流し込むいつもの感触。


 やれる。


 相手の攻撃にあえて当たり、血を流せばすぐにでも魔法は使える。

 確信したシエンは、加勢のため地面を蹴って刺青男へ迫った。


「—―――馬鹿野郎! 後ろだぁッ!」


 セレーネが警告するとほぼ同時。

 シエンは右頬に鋭い痛みと腹部に鈍い痛みを覚えた。

 セレーネが避けた矢が軌道を変え、シエンに突き刺さっていた。


 脳天を狙ったであろう一本はセレーネの警告によりかろうじて右頬をかすめただけで済んだが、もう一本はシエンの背中から腹部までを貫通していた。

(こいつ、矢を放つ魔法じゃなくて、自由に鎖を操る魔法かよ……!)


 観察が足りず、被弾こそしたが、魔法の発動条件はそろった。

 目にもの見せてやる。

 等級紋は魔力がたまり、火傷しそうなほどに熱い。

 腹部に手を当て、たまった魔力を流し込めば、すぐさまシエンの血は鋼鉄の鎧に早変わりする。

 はずだった。


 シエンの血は、一向に固まることはなかった。

「は?」

 予想通りにならず、シエンは間抜けな声を上げる。


 なぜ、血は固まらない?

 魔力が右腕の神器へ流れる感触はあった。

 血にもしっかりと伝わったはずだ。

 なのに、なぜ魔法は発動しない。


 疑問で固まり、隙だらけになったシエンを刺青男は見逃さなかった。

 鎖はそのまま飛翔し、シエンの体に巻きつき、四肢の自由を奪って引きずりまわす。

 シエンはそのまま石柱に磔にされてしまった。


 刺青男はゆらりとした動作で左手を挙げると、宙に五本の矢が現れる。

 次はアレが飛んでくる。

 防がねば、やられる。

 そう思い足掻くが磔にされた体はまったく動かない。

 神器へ魔力を流して、自らの血を鉄へ変えようと再度試みるも血はいっこうに固まる気配すらない。


 そして刺青男は手を振りかざした。

 それを号令に、矢はまっすぐとこっちに飛翔してきた。

 まずい。


 思考がとまり、ただ飛んでくる杭を見ることしかできないシエンの視界は、次の瞬間、

 金色の影に覆われた。

 それは、セレーネだった。シエンを庇うために、立ちはだかった。

 刹那。

 セレーネと目が合う。

 セレーネは、優しく微笑んでいた。


 そして次の瞬間、無慈悲にも五本の杭がセレーネの体を貫く。

 セレーネは痛みからか一瞬体を大きく震わせ、ぐったりと全身から力が抜けたのか、うなだれた。


「セレーネぇええええッ!」

 声にならない叫びが、シエンの喉から出た。


 貫かれたまま動かなくなったセレーネを一瞥し、刺青男は拘束されて動けないシエンへゆっくりと迫る。

 歩みを進めながら、男は懐から短剣を取り出す。

 次は、本当にやられる。

 あの短剣に、喉笛をかき切られる。

 ついに俺の悪運も尽きた。

 セレーネ隊長も、自分の不出来で殺してしまった。

 俺は、最低だ。

 ついに目と鼻の先の距離まで迫った刺青男は、シエンの肩を掴み、こう言った。


「ダンナ、着きましたよ」


 奇妙な男の言葉にシエンは目を開けた。

 目の前にいた男はフードを被り、顔に醜い化け物の刺青が入っている男ではない。

 それは、恰幅が良く、丸顔の行商人だった。

 帝国王都へ向かうため、向かう方向が同じということで乗せてもらっていた行商人の馬車は、どうやら目的地に着いたようだ。


「…………ずいぶんとうなされてやしたが。大丈夫ですかい?」

「あ、あぁ。すまない。気にしないでくれ」


 シエンは顔中にかいた冷や汗と脂汗をぬぐった。


「送ってくれてありがとう」


 行商人に通貨を渡してシエンはそそくさと馬車を降りた。


 この夢は何回見ても嫌な汗が止まらない。しかしそれは今日で終わりだ。

 なぜなら、俺はあの刺青男の尻尾を掴んだからだ。


「もう終わるよ、セレーネ……これで。あんたの無実は証明される」


 シエンはそう呟き、帝国王都の城下町の雑踏へ消えていく。


「まいど! 今後もごひいきに……ってダンナ! こりゃ多すぎますぜ!」


 後ろで行商人が倍以上の駄賃をもらったことに気が付き声を上げるが、足早にその場を離れたシエンの耳には届かなかった。

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