第20話 決戦

 射出された弾丸は、ツーデンの腹部めがけて飛翔する。


 ツーデンとシエンの距離、目と鼻の先。

 外しようがない距離に、奇襲の一撃。


 これで決着になる。


 はずだった。


 弾丸がスーツを切り裂き、覗いた肌から見えるのは鱗。

 そして弾丸はツーデンの肌に刺さる前で止まっていた。

 よく見ると、先端が消えている。


「ふぅ、危ない危ない」


 間一髪、ツーデンは変身の魔法を使って、攻撃を防いでいた。

 変身したツーデンの肌から出た汗は酸性の毒と変わり、体を覆いつくす。

 その汗に阻まれて、弾丸はツーデンの肌を切り裂くことはなかった。


 相手との距離は目と鼻の先。

 そんな距離でも、攻撃は防がれてしまった。


「クソッタレが…………!」


「なんて素晴らしい魔法でしょうか。海蛇座の神器の魔法は」


 悪態をつきながら歯ぎしりするシエンに対して、ツーデンは体を揺らして笑う。


「いやぁ、驚きました。あの落盤の中、なぜ生きているのかわからなかったのですが…………貴方が魔法で何かして、助かったと。そういうことですね」


 ツーデンはニヤつきながら言う。


「ミイラの貴方の素性は洗っても洗っても出てこなかったんですが……正体はまさかの英雄サマだったなんてねぇ」


「……さぞかし嬉しそうだがな。今、おたく自分の状況がわかってるのか?」


「ええ。わかっていますとも。帝国の犬の英雄サマと、偽善者の集まりのウミガラス商会。私がやっている商売が、帝国の憲法違反か何かで捕まえようというところでしょう?」


「ご名答。帝国憲法では麻薬密輸と認可なしの武器密造は監獄島送りの大罪だ。俺らにブチのめされ、大怪我して監獄島に行くか。それとも自分から進んで入るか選びな」


 シエンのその言葉を聞いたツーデンは吹き出し、終いには腹を抱えて笑い出す。


「私は監獄島に行かないし、貴様らが私を倒すことなんてできませんよねぇ! なぜなら、貴様らが『暗殺』という手段を選んできたことが何よりの証拠! それは、正々堂々戦ったら負けるから、そう挑んできたということですよねェ?」


 にちゃ、と下衆な笑みを浮かべるツーデンを、シエンは鼻で笑った。


「不意打ちで終われば楽だから、不意打ちをしたまでだ。それが失敗して尻尾まいて逃げないのは、勝てる算段があるからだぜ」


「負け惜しみですねぇ! どこに勝てる算段があると? どうせ大した魔法ではないレガシリアが一人。そして丸腰の脳みそ筋肉が一人でしょう?」


「…………カリーナさん。作戦その二だ。シッカリ頼むぜ」

 シエンは銃を隣にいたカリーナに押し付け、魔法で自らの血を武器にするために、流れる動作で自らの手のひらに短剣を突き刺す。


 シエンは手のひらから流れ出る自らの血を、魔法を使って固体にし、武器を生成する。

 ずるる、と武具はどんどん伸び、出来上がったのは、シエンの背丈以上の長い柄の大鎌。

 それはまるで、死神の持つ大鎌のようだった。


「そこまでお望みなら、見せてやるよ。『英雄』の戦い方を」


「……ヒッヒ、結果はわかりきってます。ここで貴様を倒し、バカを働かせ続けて楽に甘い蜜を吸うだけですからねェ!」


 ツーデンの体はみるみる大蛇へと変わっていく。


「テメェをには聞きたいことがある! その神器をどうやって手に入れたかをなァ! ぶっ飛ばした後でゆっくり聞かせてもらう!」


「そもそも、私を倒すことが、無理な話ですねえ!」


 シエンは大鎌を振るう。

 それをツーデンは素早い身のこなしでひょいひょいと躱す。


「私の毒で、溶けておしまいッ!」


 大蛇となったツーデンは体を思い切り振り回す。

 遠心力によって、酸性の汗があたりにまき散らされる。


 散った溶解液は床や壁に当たると、まるで熱い鉄が水に落とされたかのようにジュッ!と音を立て、大量の煙を発する。

 溶解液に触れたものは次々と朽ちてゆく。


 当たれば即死だろう。

 骨すらも、この世に残らない。


 しかし、シエンはそれを最小限の動きで躱し続ける。


「このォ、こざかしい!」


 再度ツーデンが飛ばした溶解液を、シエンは鎌を地面に突き刺し、その反動で飛び上がって回避。


「その酸性の汗! 遠心力で飛ばせるならば、破る策はさっき思いついた!」


 そしてそのまま、全体重を込めて回転しながら落下する。

 落下と高速回転をしながら落ちるシエンは高速回転する刃となる。


「おらァッ!」


 回転による風圧で汗を吹き飛ばし、死神の斬撃と呼ぶにふさわしい大技が、大蛇の全身を切り刻む。

 シエンの全体重を乗せた大技は確実にダメージを与え、大蛇の描き傷から血が噴き出る。

「ぎゃぁぁあああッ!」


「もらったァ!!」

 痛みでひるんだツーデンへ、シエンは鎌を一気に振り払う。


 薙ぎ払いの一撃により、大鎌の刃がツーデンの腹部に突き刺さった。


 やるなら、今しかない。

 カリーナは銃を構える。

 狙うは、汗を発することがなく、生身の私でもダメージを与えることができた、大蛇の目玉。


「————カリーナさん! 撃てェッッッ!」

 シエンの合図をもとに、カリーナは引き金を引いた。


 しかし。

 奇妙なことが起こった。


 カリーナが放った弾丸は、まっすぐと大蛇の目玉へと飛んでいた。

 しかし、途中で起動を急に下方向に変えたのだ。

 弾丸は目玉のある顔ではなく、大蛇の等級紋がある腹部に衝突した。


 それに加え、相手の状態も変だ。

 シエンの魔導石と同じ性質の刃が体に食い込んでいる。

 彼の説明ならば、ツーデンの変身する魔法は解けて、元の姿に戻っているはず。


 なのに、目の前の大蛇は涼しい顔をしている。


「いやぁ、惜しかったですね」


「なッ…………」

 驚愕の声を上げるシエンの鎌を見ると。


 大蛇の体に突き刺さったはずの刃は刺さっていなかった。


 シエンが最初に弾丸を打ち込んだ時と同じだ。

 鎌の先端はドロドロに溶けており、ツーデンの体を傷つけるに至らなかった。


「お遊びは、ここまでですよォ!」

 ツーデンは尻尾を勢いよく振り回す。

 驚き固まるシエンは相手の攻撃を避けることはかなわない。

 鞭の如くしなり、速く、重い尻尾の一撃はシエンの脇腹を強かに打ち付けた。


 シエンは踏ん張るが、衝撃に耐えきれず吹き飛ばされてしまう。


「がっ、は」

 壁に激突したシエンの肺の空気が押し出され、激しく咳込む。


「シエン君!」


 まるで突風に吹かれて飛んでいくぼろきれみたいに飛ばされていくシエンの様子に、カリーナは悲鳴を上げる。

 勢い良く吹っ飛ばされていたシエンの鞄がカリーナの足元まで転がって来る。


「英雄すらも超えるこの魔法、圧倒的な力! これが神器の魔法! なぁあああんと気持ちが良い!」


 ツーデンは体を震わせる。


「いいね……燃えるぜ、逆境…………」

 すぐさまシエンは立ち上がり、口角を上げて強気なセリフを吐く。

 そんな様子とは裏腹に、大鎌を杖代わりに立ち上がるシエンは、生まれたてのか弱い草食動物のように震えており、口からは血が垂れている。


「おやおや、足が震えていますよォ!? もう限界でしょう?」

「バカかてめー。限界かどうかはオレがキメるンだよ…………」


 シエンは息を荒らげながら勝ち誇るツーデンをにらみ、刃が溶け落ちた鎌を再度構えた。

 しかし、息も絶え絶えである。

 シエン君はもう限界だ。


 いつもの自分なら、短剣構えて突撃していただろう。

 しかし、今のカリーナはただただ思考をフル回転させていた。


 弾丸は、なぜ、軌道を変えて曲がったのか?


 引っかかっていることがあったからだ。

 まるで、空中で何者かに引っ張られたように、軌道が下に落ちた。


 奇妙なことがこの場で起きているとしたら、それはたぶん、魔法が関係している。


 おじさんの魔法ではきっとない。

 相手の魔法は大蛇に変身すること。

 そして、変身中は酸性の毒の汗を出す。


 弾丸を防いだのは自分の汗であると誇っていた。

 あんな自己顕示欲の塊のような人間だ。

 多少の誇張はあれど、嘘はないだろうし、そんな能力を隠しているようにも思えない。


 では、誰がやったのか。


 魔導石は、魔力を流した時にのみ、磁性を帯びる。

 つまり、近くに魔導石が誘導されそうな何かがあったのか?


 答えを記憶から探る中、シエンの言葉がカリーナの脳裏をよぎる。


 ————魔法で凝固させた俺の血は魔導石と同じ性質を持つ。


 目玉を狙って撃ったら、下方向に引っ張られて、腹部に当たった。

 その時は、魔法を使いながら戦うシエンが、敵の腹部の近くにいた。


 カリーナは、理解した。


 魔法を使っている時のシエンは言ってしまえば、生きる魔導石。


 シエンが発する磁気によって、弾丸は軌道が変わってしまったのだ。

 となると、狙撃で決着をつけることは難しい。


 シエンはもう一度隙を作ろうと、大蛇に鎌を振るうが、動きにキレがなく、それをひょいひょいと躱されている。

 先ほどの一撃で勝ちを確信したツーデンは愚弄し、遊んでいるのだ。


 彼を助けたい。

 しかし、相手はレガシリア。

 生身の自分で勝てないのは、先の戦いで学んだ。


 どうすればいいのか。

 これ以上、彼の足を引っ張るわけにはいかない。

 だが、何が私にできるのか?


 自問自答するのみで、カリーナは一歩も動けない。


「だからァ! 言っているでしょう! 勝てる見込みなどない! お前の負けだぁあああ!」


 ツーデンは笑いながら、鞭のようにしなる尻尾でシエンの体を打つ。

 痛烈な一撃を真正面から喰らうシエンは再度体がよろめく。


 悔しいが、おじさんの言う通りだ。

 二段構えの作戦は失敗。

 もう一度チャンスがあっても、きっとうまくいかないだろう。

 弾丸は肌に当たれば無効化される。

 弱点の目玉を狙えば勝機はあるが、狙った通りに弾丸が飛ばない以上、相手の目玉を打ち抜くことはほぼ不可能。


 勝てない。

 こんな、小悪党に。


 勝ち目がないことを悟ってしまったカリーナは、持っていた銃を落としてしまい、その場に膝から崩れ落ちてしまう。


 今にも倒れそうなシエンと、勝利を確信し高笑いをするツーデンを呆然と見つめるしかできなかった。


「————うるせェな」


 ツーデンの高笑いは、シエンが吐いた言葉を合図に止まった。


「テメェがどこの誰だろうと、何と言おうと…………オレが負けと認めない限り、負けじゃねェ」


 震える体を大鎌で支えながら、シエンはぽつりぽつりと言う。


「てめえのような、大義名分を言って、私腹を肥やし、自分より弱い人間を利用して、搾取する…………あまつさえ、自らの私腹を肥やすために戦争を引き起こそうとするやつを放っておいたら、割を食うのは弱い人間だ……お前の計画は素晴らしいよ。確実に戦争が起こるだろう。そしてきっと、たくさんの人の血が流れる」


 胸を張り、目の前の大蛇をにらみ、シエンは続ける。


「帝国と王国の停戦協定を勝ち取るまでに散っていった仲間。本当は、分かり合えたかもしれない王国の人たち…………そして、オレを生かしてくれた人のために、オレは戦い続ける」


 刃は溶け、ボロボロになった大鎌を、シエンは再度構えて言い放った。


「オレの心を折ってみな、お山の大将。それができなければ、オレは死んでも負けねェぞ」


「…………こ、こんの負け惜しみをォっ!!」


 お山の大将、そんな煽りが効いたのか。

 ツーデンはシエンを再び尻尾で激しく打ち付けた。


 それをシエンは躱せず、幾度となく攻撃を喰らい続ける。


「所詮貴方の戦う理由も、大義名分! 私がビジネスを成功させようとしている言い訳と、同じじゃあないかッ! このクソボケがぁッ!」


 大蛇の激昂の連撃をシエンに喰らわせる。

 しかし、シエンは避けれない。


 はやく、逃げてほしい。

 そんなことを思ったカリーナと、何度も攻撃を喰らっているシエンと、一瞬目があった。


 彼の赤い瞳に宿る闘志。

 それは満身創痍な体と裏腹に、紅蓮の炎の如く燃え滾る。


 そうだ。

 まだ戦っているシエン君は、あきらめてなんていない。


 作戦は失敗した。

 しかし、まだ私は戦える。

 この場で逆転勝利の可能性があるとするならば、それは私の行動にすべてかかっているのだ。


 傷も負っていない私が、こんなところで折れてどうする。

 力押しだけが、戦いではない。


 カリーナは足元に転がってきたシエンの鞄を拾い上げる。


 あの詐欺師のことだ。

 なにか、何かいろいろ入れているはず。


 酔い止めの飴玉。

 これは役に立たない。


 煙草が入った箱。

 今、一服してる場合じゃない!


 シエンの鞄をひっくり返し、その中にあった一つのものを、カリーナは引っ張り出した。


 魔導石で起動する、ライター。

 火打石と変わらない少しの炎。


 神話通りであれば、海蛇ヒュドラの弱点は炎。

 神話では斬られた傷口がすぐにふさがるという力だった。それを防ぐために、傷口を一本一本焼いてふさぐ戦法を、ヘラクレスは取った。


 しかし、あれだけ素早い大蛇に、これで火を着けるのは、無理がある。

 もっと火力を。

 一瞬で、相手を吹き飛ばせる力を。


 思考をフル回転させながら、顔を上げたカリーナの目の前にあったのは。


 ツーデンのコレクション。

 百年物のワイン。


 それを見た途端、カリーナの脳裏に、起死回生のアイデアが閃いた。

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