第19話 リベンジマッチ

「貴様らァ! ぬわァにをしておるのかぁあああッ!!!」

 ツーデンの怒声が、真夜中の屋敷中を震わせた。


「「「すみません許してください! なんでもしますから!」」」

 それに息をぴったりそろえて、土下座をして謝罪するは借金取り三人組。


「貴様らを雇うために、私は安くない金を払っているッッ! たかが用心棒派遣の商会の女ごときに、魔導石の銃も貸与したうえでこのザマだ!」


 ツーデンはテーブルにあった自分のグラスをチンピラに向かって投げつける。

 グラスは土下座する色黒の男の頭に当たって粉々に割れ、男はグラスに入っていたワインでずぶぬれになってしまう。


「魔導銃の紛失、昨日今日での敗北から、貴様らへ払う来月からの月給は半額にする!」

「は、半額ってマジすか!?」

「いくら何でも安すぎるゾ…………」

「いや、そんな…………」


「黙れぇッ!」

 抗議する三人にツーデンは大蛇へ変身しながら声を荒らげた。


「あの落盤から救い出してもらっただけありがたいと思え! 貴様らゴミどもに貸した金は、まだ回収しきれてないんだぞ!」


 激しい雄たけびが屋敷中を震わせ、すっかり顔を真っ青にしたチンピラたちの背後で、ガラスが砕ける音がした。

 振り返ると、そこにいたのは、屋敷の侍女だった。

 ツーデンの変身した姿に驚いて水差しを落としてしまったのか、床には水差しだったものの破片と水たまりができていた。

「ば、化け物…………!」

 驚きのあまり腰を抜かした侍女は逃げようとするが、ツーデンは少女の退路を塞ぐよう前に立つ。

「いやぁ。いけませんね。あれだけ、夜中は屋敷の中を動いてはいけないと言ったのに」

「も、申し訳ございません! 喉が渇いてしまって、決してここを覗き見るつもりではなく…………」


「お嬢さん。そんなつもりではなくても、見てしまったという結果は変わりませんよ。この姿を見られたら、タダでは済ますことはできません」

「ゆ、ゆるしてください…………お願いします…………」

 泣きながら許しを請う、年端も行かない侍女をみて、ツーデンは下衆な笑みを浮かべる。


「どうしてもというなら。今すぐ水浴びをして、身を清めてから再度私の部屋に来るように」

 それが何を意味するか、侍女も理解したようで、顔を引きつらせながら首を横に振るう。

「し、しかし…………」

「タダとは言いませんよ。私は合理的に考える人です。当然メリットも提供しますよ。孤児院で暮らす弟さんに、良いご飯を食べてほしくはありませんか? 当然、貴女の誠意と頑張り次第にはなりますがね」

「…………はい」


 侍女は力なくうなずく。

 一見、ツーデンは譲歩したように見えているが、そんなことはない。

 侍女はツーデンの要求を飲むしかない。

 それができねば、命の保証はないからだ。


「物分かりが良い子は好きですよ。さ、早く行ってくるように」

 侍女は促されるまま、その場を早足で立ち去る。


「力を持つだけの支配者は残酷だって、はっきりわかんだね…………」

 浅黒い男はぼそりとつぶやき、ツーデンの機嫌が良いうちにそそくさと屋敷から出て行った。


 §


「少し予定は狂ったが、すでに魔導銃の必要数は確保した。あとは麻薬を売れば、二国に売り込みにいくだけ。笑いが止まらんなぁ」


 屋敷のツーデンの私室にて。

 一人で使うにはあまりにも広く、壁には多くの絵画や動物の剥製、棚には多くのワイン瓶を立て掛けている。


 そんないかにも成金趣味のような私室で、ツーデンは自分の帳簿をつけながらひとりごとを呟いた。

 魔導銃を帝国、王国に売りつけた時の利益を計算し、その額面を見てうっとりしてしまう。

 人生で五本指に入る楽しい瞬間を味わいながら、ツーデンは葉巻に火を着けてぼやいた。

「それにしても、あの女。手に入れられなかったのは惜しいな。それに鉱山も失った…………が、魔導石はいつまで産出するかわからんものだ。それに頼っていてはいけないという神の御示しかもしれん。魔導銃を売りつくした後はその金を元手に優雅な隠居生活でも送ろう」


 将来を考え、ぐっふっふと気持ち悪い笑い声をあげていると、私室のドアがノックされた。


 おそらく、あの侍女だろう。

 ツーデンは期待のあまり、自分からドアを開けた。


「よく来たね。さぁ、今宵は、君をたっぷり味わわせて…………」


 しかし、ドアの前にいたのはツーデンの予想とは違う人物だった。


「——残念だが、俺はソッチの趣味は無ェンだわ」


 そこにいたのは侍女ではなく、男。

 中肉中背の男。

 赤目赤毛に、顔をナナメに走る傷。


 星継のレガシリア、シエン・スカーレット。


 そして英雄の隣に立つは、栗色の髪を持つ翡翠色の瞳の女。

 カリーナ・リンドヴァル。


 なぜ。

 ここにいるはずのない人間が二人もいることを理解できず、ツーデンはただただ驚き目を見開くしかできなかった。


「テメェが今夜味わうのは、敗北の味だ!」


 シエンが構えていたのは、魔導銃。

 銃が撃鉄を起こし、弾丸が射出された。

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