第18話 反撃準備

「…………というわけで、サォなんて人は居なくて、牛飼い座も適当にでっち上げた嘘。君は本物の、星継のレガシリア、英雄シエン・スカーレット。それで間違いないわね?」


「そういうこと」


 あっけらかんと答える元ミイラ男に、カリーナは眉をひそめる。


「サイテー。ずっと騙してたのね。少しでも信じようと思った私は馬鹿だったわ」

「悪かったよ…………でも、英雄として担がれた俺はあまりにも有名すぎる。そんなのがこんな町に来てみろ。相手は警戒して尻尾出さねえかもしれないだろ」

「それはそうだけど」

「あくまでサォってやつがいないだけで、それ以外は本当のことを言ったんだって」

「…………どうだか」

「信じてくれよぉ」


 情けない声を出すシエンをカリーナは冷淡な目で見つめる。

 初対面の時も思ったが、こんなのがあの英雄なのか?

 称号や実績に対して覇気がなさすぎる。


「じゃあ、なんで落ちてくる岩盤を支えられたの? 君の魔法は『自分の血を固体に変える』魔法なんでしょう? 出血しないと使えないハズよ」

「それ言ったら信じてくれる?」

「ええ」

「……わかった。レガシリアの魔法のタネは生命線。誰にも言うなよ」


 ため息をついてから、シエンは口を開く。


「俺の魔法は、血を固体に変える魔法だ。しかし、『出血しないと使えない』ってのは、おたくの勘違いだ」

「…………どういうこと?」

「俺の魔法の対象は、俺の血だったら良いんだ。つまり、俺の体内に流れている血も対象ってこと。俺はとっさに全身の血を硬化させて、落ちてくる岩を持ち上げた」

「なるほど…………」

 神無月でも斬れない程の硬さを持つ彼の血だ。

 岩石を支えるくらいはワケないだろう。

「でも、そんな力があるならあの小太りおじさんにも、戦っても勝てたんじゃない?」

「無理。当然デメリットがふたつもある。一つ目。自分の体内の血を固めている間、俺は息ができん。二つ目は、アレ使ってる間は動けねえンだわ」


 そういえば、士官学校時代に応急手当の講義で聞いたことがある。

 体には多くの血管が走り、その中を通る血液は体中に新鮮な空気を届ける役割をしている。

 その流れる血を固体にして無理矢理せき止めるわけだから、体には当然のごとく負荷がかかる。


 大きな力には、当然制約が発生する。

 魔法だって例外ではない。


 それはカリーナも重々承知の上だ。

 だとしても。


「ヘラクレス座の神器の魔法、弱い……弱すぎない……?」

「俺の魔法の得意分野は防御とカウンターなの!」


 シエンは咳ばらいをひとつして、話を続ける。


「ま、そういうわけで俺一人じゃあ、正直勝てるかわからん。アンタの協力が必要なんだ」


「なるほど。で? 次の作戦は? 長くてまどろっこしいのは嫌よ」

「安心しな。もうここまで来て計略張り巡らす余裕は無ェよ。作戦はシンプル。こいつを使う」


 シエンはテーブルの上に何かを置いた。

 置いたのは、魔導石で作られた短剣。

 それに続いて、あのチンピラから奪った魔導銃。


「作戦は簡単。こいつを、ツーデンの親父にブッ放す」

「暗殺……ってこと?」

「いや、殺すわけじゃない。相手の無力化をしたいんだ。それに俺はあいつから情報を吐き出させる必要がある。殺すわけにはいかない」

「…………どういうこと?」

「レガシリア、というか痣持ちの体は頑丈だ。鉛玉の一発や二発ブチこまれたくらいじゃくたばらん。それに、この銃はレガシリアを無効化する効力があるのさ。もっとも、あのヘビオヤジは気が付いてないようだがな」


 シエンはククク、と笑う。


「この銃がなんでレガシリアに効くかさっぱりわからないんだけど……」


「銃の弾丸は魔導石でできているからだよ」

「魔導石って、言ってしまえばただの石じゃない。それがどう役に立つわけ?」


「おたくの言う通り、魔導石は魔力を流すと磁性を発するタダの石っころだ。しかし、魔力を滅茶苦茶通しやすい性質も併せ持つ」


 シエンの説明がまったくわからず、カリーナは頭を抱える。

 そんなカリーナに対してシエンは「まあ見てな」と言うと、もっていた魔導石の短剣を、自らの手のひらに突き立てる。


 あの時と同じように、シエンの体が一瞬赤く光る。

 初めて会った時は魔法によって、その血は固まった。

 だが。

 床にぽた、ぽたと血の雫が垂れる。


「血が、固まってない……?」

「魔導石は魔力をよく通す。それゆえ、魔力が多く流れるレガシリアの体に突き刺すと、神器に流れるはずだった魔力をこいつが吸ってしまう。肝心の神器に魔力が流れず、魔法は不発となる」


「つまり、それを刺せばあいつは魔法で変身することはできないってことね?」

「その通り。作戦その一はこれから屋敷に潜入。ヘビオヤジの変身前に、こいつを不意打ちでブッ放すのさ」


「でも、あいつは神無月を一瞬で錆びさせるあの酸性の汗を出すのよ。変身されてしまったら、魔導石の弾丸は効かないんじゃ…………?」


「そん時は作戦その二だ。俺が戦ってあんたがこの銃で狙撃する。なんとかして奴の魔法を無効化して変身を解除させるから、そのスキを狙ってぶっ放してくれ」


「その変身をどうやって解除させるわけ? 君の魔法は、自分の血を固める魔法でしょ? いくら神無月で切れない、落ちてくる岩盤を受け止めることができる硬さとはいえ…………」


 その問いに、シエンはニヤリと笑う。


「確かにヘラクレス座の神器の魔法は、俺の血を凝固させるだけの魔法だ。でも、たかがそんな魔法を使えるだけで、あの神器戦争を生き抜けたんだぜ? おかしいと思わねえか?」

 シエンはそう言いながら、自分の手に刺した魔導石の短剣を引っこ抜く。

 すると、傷口からあふれた血はみるみると形を変えていき、真っ赤な短剣へと形を変える。


「そのタネはこれだ」


 その血でできた短剣を、シエンは自分の手に再度突き刺した。


 血は流れ始め、一向に固まる気配はない。

 それは魔導石の短剣を刺した時と同じ現象だった。


「魔法で凝固させた俺の血は魔導石と同じ性質を持つ。つまりは、レガシリア特攻の魔法。化け物退治の逸話を持つヘラクレス座の神器にはピッタリな魔法だろう?」


「なるほど…………」


「ただ、アンタにも見せたが俺の血は三分もすれば空気に溶けてなくなる。第二の作戦に持ち込んだ時点で、タイムリミットは三分。その間に俺がなんとかして奴の変身を解除させるから、一瞬のスキをついて、奴の土手っ腹を打ち抜いてほしい。わかりやすい作戦だろ?」


 かなり勝機は薄い。

 だが、刀を失った以上、この兵器に賭けるしかない。


「皮肉なものね。追いかけていた麻薬の密輸犯が作っている武器に、私たちの命運がかかるなんて」

「そンなもんさ。道具は使い手が使うもので属性が大きく変わる。ナイフがいい例だ。誰かを傷つけることだってできるし、それで果物を切り、他人をもてなすことだってできる。崩落前に何とか持ち出せた弾丸は三発。一発は俺が持つ。あとの二発と、いざって時の護身用に魔導石の短剣はカリーナさんに預ける」


 二本の弾丸と、魔導石の短剣をカリーナは受け取る。


「再装填の方式は中折れ式の銃と同じだ。解説は要るかい?」

「大丈夫。一応、士官学校で習ったから」

「よし、なら省くぜ。火薬式と違うところは、先に魔力を入れないと発射できない点だけだ。魔力の込め方は魔導石ライターに火を着けたあの感じ。魔力を流したら、あとは狙って引き金を引くだけだ」


「わかったわ。ありがとう」


「…………もう、行かれるのですか」

 二人の話が終わった頃合いをみて、ヤコブが話しかけてきた。


「ああ。今は真夜中。一番警備も手薄になる時間帯だ。侵入にうってつけだし、寝込みを襲える可能性もある」


「なるほど。私たちの命運が掛かっているのに、できることも特になく……すいません」


 ヤコブは深々と頭を下げる。

「頭を上げてください。ヤコブさんたちがいなかったら、今頃私たちはあそこから出られませんでした」

「そういうこと。おたくら専門家はベストを尽くした。あとは暴れるしか能がない俺らに任せてほしい」


 ふたりに促され、ヤコブは顔を上げる。


「……気休めですが、良ければこれを」

 ヤコブは懐から、手のひらほどの大きさの麻袋をカリーナに渡す。


 受け取ったカリーナは、それを開いて中を覗く。

 そこにあったのは、真っ赤なトウガラシ。

 赤い叫びだった。


「赤い叫びは、我々鉱夫のきつけ薬なのです。辛すぎて一粒噛んだらそれこそ火を吹くほどで。気が遠くなりそうな時や、苦しくて倒れた鉱夫は外に連れ出してこいつを食べさせてやれば、たちまち元気に…………ま、最近は誰も食べやしませんが。ゲン担ぎのお守りみたいものです。ぜひとも持って行ってください」


 役に立てるかわからないが、何か自分にできることを。

 そう思って、誰かに力を貸すヤコブの姿は、スープをごちそうしてくれたアマンダを思い出す。


「……ありがとうございます」


 蛙の子は蛙。

 父親の良いところを、しっかりと受け継ぐアマンダのことを思い出し、カリーナは自然と笑みがこぼれた。


「よし。準備は整った。屋敷に潜入するぞ。反撃開始だぜ」


 シエンの言葉に、カリーナは頷いた。

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