第11話 赤い叫びを追いかけろ②
翌日。
カリーナとサォはアマンダ案内のもと、貧民街の中を歩いていた。
「へぇ、これがアマンダちゃんのお父さんなのね」
カリーナは、アマンダから渡された写真入りペンダントを見ながらつぶやいた。
写っているのは笑顔のアマンダと、それを抱っこする髭もじゃの大男。
大男の目の下には傷を縫った跡がある。
二人とも浅黒い肌に黒い髪、茶色の瞳と非常によく似ている。
「はい。お父さんはヤコブっていいます」
「親父さんについて聞き込みでわかったのはこの町一番の鉱夫であり、魔導石の職人って情報だけ。周囲から悪い噂を聞くこともなかった。なおさら突然居なくなる理由がわからねえな」
「ミイラ君、なんだかんだ協力してくれるよね」
「乗り掛かった舟だ。助けると決めた以上、放っておくのは寝覚めが悪い。それに、この親父の後を追うのも、もしかしたら手掛かりになるかもしれねえからな」
「もっと素直に手伝ったら?」
「うるせー、俺はテメェ一人で絶対見つけられないと思うから手伝ってやってるだけだ」
ぷいとそっぽを向くサォを見て、カリーナはくすくすと笑ってしまう。
商会長はやはり人を見る眼はある。
不愛想で可愛げがない詐欺師みたいなやつだけど、根っこは善良なのだろう。
「つきました。ここです」
アマンダに連れてこられて、着いたのは協会の前。
すたすたと先に行くアマンダに続いて入ると、そこにいたのは小さな子供から、アマンダと同年齢程度くらいまでの子供が五、六人おり身を寄せ合っていた。
子供たちは、突如入ってきた大人二人を警戒するかのように、身を固める。
「なるほど。孤児院か」
サォは子供たちを見まわしてから、ぼそりと呟く。
「ねぇ、だれかこの中に、赤い叫びについて知っている子はいない? それか、アマンダちゃんのお父さんの行先でもいいわ」
カリーナはそう子供たちに呼びかけるが、子供たちは返答しない。
警戒しているのか、お互いに顔を見合わせたり、こっちをじっと見つめ返すだけだった。
「み、みんな、この人たちは大丈夫、だから―――」
「うるせェ! 大人なんて、信用できるか!」
アマンダは慌てて擁護するが、それを遮るように、一人の男の子が怒鳴った。
「アマンダ、お前の父ちゃんは借金してるって知ってるからな。その大人も、あのチンピラどもと同じような悪いやつらに決まっている!」
「で、でも、ウィリー。カリーナさんは昨日、あの怖い人たちをやっつけてくれたんだよ」
ウィリーと呼ばれた少年は、カリーナをじっと見つめる。
「…………このケツデカババアが?」
あまりにも稚拙な罵倒に笑ったサォの脇腹を、カリーナはどついた。
「嘘だ。女が男に勝てるか!」
「ほ、ほんとだよぉ」
強情な態度を崩さない少年に、少女はおろおろとするしかできない。
アマンダとウィリーは長い付き合いのように見える。付き合いが長いであろう彼女の擁護をもっても子供たちの見知らぬ大人への警戒は解けない。
おそらく昨日のチンピラたちのような悪い大人に会い続けてきた結果、信頼してもらえないのだろう。
どうしたものか。
子供相手に、暴力で聞き出すわけにもいかないし。
カリーナも話を聞いてくれないで困り果てたアマンダのようにまごついてしまう。
それを静観していたサォが、ぬっと前に出る。
「アマンダ。口、開けて」
「え?」
突拍子もないことを言ったサォにぽかんと口を開ける。
それにすかさず、サォは鞄から取り出した麻袋の中から、馬車内でカリーナがもらった飴玉を口の中に転がす。
最初は驚いたアマンダだったが、徐々に口の中で甘く、すーっとする感触を楽しんでいるらしく、笑みがこぼれる。
「なんれすかこれ」
「飴。どう?」
「……あまくて、すっとして、おいしいです」
「ホントは酔い止めなんだけどね。普通に舐めてもうまいんだなぁ、これが」
サォがカラカラと笑う。
アマンダが飴をなめて、おいしそうにしている姿を見て、他の子どもたちはどんなものかと興味があるらしく、身を乗り出してきた。
「よく聞けガキども。この袋には甘い飴玉がたくさん入っている」
サォは麻袋から空色の飴玉を取り出し、子供たちの前に見せびらかす。
必死に我慢しているようだが、子供たちの視線はサォの持つ飴玉に集中している。
「それぞれ知っていることを教えてほしい。教えてくれたら、この飴を一個くれてやる。スーッとして、とっても甘い飴だぜ」
子供たちは顔を見合わせるが、だいぶ葛藤しているようで、こっちに走ってきそうになる小さい子をウィリーが肩をつかんで引き止めている。
そんな子供たちを見て、サォは自分の口に飴玉を放り投げる。
「この袋には、あと三つ…………早いモン勝ちだ。さぁ、知ってるヤツはいねえのか」
「ぼく、しってる!」
よほど飴がほしかったのだろう。鼻息荒く、男の子が声を上げた。
「あかいさけびって、とうがらしのことなんだ。ひとつぶでさけぶほど辛く、かおがまっかっかになっちゃうんだよ」
「なるほど。よし。約束は約束だ。口開けろホラ」
目を輝かせる男の子の口に、サォは飴玉を転がす。
よほどおいしいのか、男の子は興奮のあまり、その場を跳ねまわった。
「はいあと残り二個! 赤い叫びがたくさん生えてるところを知りたい! 教えてくれたら飴チャンだ!」
「町のはずれの森に、赤い叫びがいっぱい生えてるところがあるの」
女の子が、そういうと、サォは女の子に飴玉を渡す。
それを美味しそうにほおばる。
「ラスト一個。ケツデカババアと俺をそこまで案内してくれる人。挙手!」
サォの言葉に、ついに誘惑に耐えかねたのか。ウィリーが手を挙げた。
「…………アマンダのお願いだからやるんだよ。飴が欲しいわけじゃねえから、勘違いすんなよな」
「なるほど。じゃあ飴は要らねえな」
「そ、それは…………」
飴をしまおうとするサォは悪魔のような笑みを浮かべてウィリーをからかって遊びだした。
「さすが詐欺師」
カリーナはぼそりと呟いた。
あとこいつ、私のことケツデカババア呼ばわりした。
その落とし前はどこかでつけよう。
私は記憶力が良くて、根に持つタイプなのである。
カリーナはこっそりと決意を固めた。
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