第10話 赤い叫びを追いかけろ

 その後、助けた少女から何かお礼をしたい、と言われ、カリーナとサォのふたりは少女の家にお邪魔していた。

 ごちそうをしてくれる、というので少女が台所に入り、ご飯ができるのを待っていたところ、サォが声を上げた。


「カリーナさん、こいつを見てくれ」

 サォはカリーナの目の前に、ことり、と銃を置く。

 あの黒眼鏡の男が持っていた銃だった。

「お金を渡した時に、ちょいと借りてね」

「サイテー」

「まぁまぁ。それよりも気にならねえか? なんでこんな寂れた町のチンピラごときが、なんで軍人が持つような、高性能の拳銃を持っているのかね」

「銃なんて全部同じようなものでしょ」

「違うンだなぁ、これが……まあ、気になったンで、分解してみたんだがよ」


 カリーナの目の前で、砲身をサォは素早い手つきで分解する。

 分解された銃の砲身内部から現れたのは、少し大きめな、磨かれた紫色の石が入っているだけ。

「おかしいだろ」

「これの何が変なわけ?」

「おたく、銃の仕組みわかる?」

「ぜんぜん」

「オーケー。じゃあまず銃の仕組みから説明するよ。そもそも銃がどうやって弾丸を発射するかは、三つの工程に分かれる。一つ目。銃身にまず火薬と弾丸を詰める。二つ目、引き金を引くと、この中で火薬に火がつく。三つ目。火薬が燃え、小さな爆発が起こることで発生する空気の圧力で弾丸を押し出す」

「ふむふむ」

「しかしこの銃の内部には、発火装置、火薬を入れた跡、火薬の爆発跡が無え。にもかかわらず、さっきのチンピラが撃った銃は、おたくに向かって弾丸がしっかり飛んでいた」

 確かに、奇妙だ。

 銃の内部にはそんなものはないのに、なぜ弾丸を発射できたのか。

「そのタネはこいつだろうな」

 サォは紫色の石を指さす。

「こいつは魔導石だ。魔導石の魔力を流した時に発する磁性。つまり引き合う性質と反発し合う性質を使って、弾丸を吹っ飛ばしている」

「そういえば、帝国は魔導石の研究をしていたけど、軍事転用できなかったって言ってたわよね。こんなに簡単な仕組みなら、これ帝国が作ったものじゃないの?」


 そう聞くカリーナに、サォは首を横に振る。


「違う。驚いたことに、帝国が一時研究していたものよりもはるかに技術レベルが進んでいる。神器は、はるか昔に神が作ったとか言われてるが、こいつは人造神器と言っても過言じゃねェ。これが量産されたら、戦争の在り方は大きく変わる。主力は剣持った歩兵じゃなくて、こいつを持った狙撃兵が主力になるだろうし、こいつを四方八方から打ち続けられたら、レガシリアでも勝てるかわからん」


「…………なるほど」

「マジでわからねえのは、そんなものをなんでこんな寂れた町のチンピラがもっているか。謎は深まるばかり……」


 サォがため息をついた。


「どうか、されました?」


 そんな二人の背後から、心配そうな声があがる。

 背後にいたのは、先ほどチンピラから助けた黒髪の少女。

 名前はアマンダと言う。


「なんでもねえよ。気にしないでくれ」

 サォは笑いながらそういい、銃をサッと、自分の鞄に投げ込んだ。

「わかりました。改めて…………助けてくださって、本当に、ありがとうございました」

 アマンダは恭しく一礼をする。

 まだ十一歳とは思えぬほど受け答えは落ち着いており、受けた恩を返すと自分から言って来た、とてもしっかりとした子だ。


「いいのよ。お姉ちゃんが勝手にやったことだから。気にしないで」

「あぁ、本当にコイツが、勝手にやったことだからな」


 食卓に座るカリーナとサォの前に湯気が立つお椀が置かれる。


「どうぞ。お礼と言ってはお粗末ですが、お昼ご飯です。召し上がってください」


 ス―プだ。

 野菜を使ったであろうスープの芳醇な香りが、鼻腔に漂う。

 しかし、そのス―プに具は入っていなかった。


 微動だにしない、カリーナの様子を窺うように、顔をアマンダが覗きこんでくる。


 覗き込んでくるアマンダのほほは、少しこけている。

 簡素な服から見える手足も細い。


「あー、俺要らねえから、嬢ちゃんが食べていいよ。俺さっき昼食べたし」

 サォはすぐ、お椀をアマンダにつき返す。

「で、でも」

「いいから。ハラ減ってるだろ」

 お椀を押し付けあうサォとアマンダ。


 なんて無礼な。


 カリーナは、そんなサォの行動に眉をひそめる。

 

 今日食べるものにも困っているだろう子が、お礼にとご飯を分けてくれた。

 それを受け取らないのは、その子に対して無礼だ。

 このミイラ男に一言物申したい気持ちはやまやまだが、人からの恩義をいちいち口に出すことは、今できる精一杯のお礼をしてくれたであろうアマンダちゃんの顔に泥を塗る行為であり、それ以上に無礼である。


 言いたい気持ちを抑えて、カリーナは手を合わせる。

「いただきます」

 一言、それを言うとカリーナはぐいっ、とスープを飲み干した。


 カリーナの口の中に、旨味と塩味がひろがる。

 すこし分量を間違えているように思える味だが、この場において大切なのは味ではない。心だ。


「ご馳走様でした。美味しかったわ、ありがとう」


 それを聞いたアマンダの顔が、不安そうな表情からぱぁっと明るくなる。


「はい。ミイラ君も飲む」

「だから俺は」

「飲みなさい」


 カリーナが凄む。

 それにサォはしぶしぶとお椀とアマンダの顔を交互に見る。

「ゴメンなぁ」と一言断ってから、スープを飲みほした。


「…………ちょいと塩多いな。今度作り方教えるよ」


 粋というものを理解してないミイラ男の頭を、カリーナはひっぱたいた。


 §


「それで借金した、って本当なの?」

 昼食をいただき、後片付けが済んだ後、カリーナは口を開いた。

 聞かれたアマンダは下を向きながら答える。

「はい。わたしのお父さん、魔導石の鉱夫と、加工するお仕事をしていたんです。でも最近は鉱石も取れないから、仕事もできなくて……」

「なるほどね。お父さんは今どこにいるの?」


 カリーナの問いに、アマンダはふるふると首を横に振った。


「特別なお仕事をすると言っていて、出て行ったきりなんです。そのお仕事が終われば借金は返せるって、言ってたんですけど……」

「なるほどねェ…………親父さんが出て行ってから、どれくらい経った?」

「もう三週間も帰ってきていないんです」

「そうだったのね……」


 三週間も親がおらず一人きり。

 だれも守ってくれる人はいない。

 どれだけ心細いだろうか。


 思わずカリーナは、過去の自分と、目の前の少女を重ねてしまう。

 自分の父のジョージも、仕事で家を空けることが多く、なかなか家に戻ってくることはなかった。

 私の周りにはいろんな人がいたが、それでもぬぐい切れない孤独感はあった。

 アマンダの場合は、周囲に人もいない。

 その孤独は、筆舌に尽くしがたいだろう。


「―――ねえ、アマンダちゃん。お父さん、私たちが探してあげる」

「えっ」


 驚き、目を見開く少女。


「おいおいおい。カリーナさん。ほっとけねえのはわかるよ。でも、安易に首突っ込んで解決できる問題じゃねえだろう。見つからない可能性だってある。最後まで面倒見れねえなら中途半端に手を貸すのは良くねェよ」


 その目の前に割って入ってくるミイラ男。


「…………カリーナお姉さん。大丈夫、です。それに、わたし、何もお返しすることはできませんから」

 アマンダも、続くように言う。

 声色は徐々に下がっていき、しょんぼりと下を向いてしまう。


「…………そういえば、お姉ちゃんたちは、仕事でこの町に来たんだけど、宿をとっていなかったんだった。困ったなぁ~野宿は嫌だなぁ~」

「は? 何言ってんの? 宿は俺がもう手配したろ」


 抗議するサォを無視して、カリーナはわざとらしく続ける。


「今日、これから宿屋を探してもどこも開いてないんだろうなぁ。ああ、困った…………アマンダちゃんが、おうちに止めてくれたら、お姉ちゃんとミイラくんは助かるんだけどなぁ~」

「テメェ、白々しいぞ」

 食ってかかるサォを無視して、ちら、ちらとアマンダを見る。


「え、えっと、じゃあ、泊まっていきますか? ベッドは私のとお父さんが使ったものの二つがあるので…………」

「えっ、本当!? じゃあ、私たちもお返しをしなくちゃね。泊めてくれる間、お父さんを探してあげる! これでお互い貸し借りナシ! 完璧ね!」


「あの、カリーナさん。俺が予約した宿はどうするの」

「キャンセルしてきて。今すぐ」

 カリーナはサォに微笑む。しかし、その目はまったく笑っていない。


「それに、どうせこの町を隅から隅まで捜索するんでしょう? 探しているうちに、お父さんと出会えるかもしれないでしょ?」

「…………わーったよ。行けばいいんだろ、行けば。ただし、親父探しはお前ひとりでやれ。いいな?」

「決まりね」

 サォは、やれやれとため息をついてから外に出ていく。


「…………いいんですか? サォさん、あんまり乗り気じゃなさそうでした」

「いいのよ。子供の時に誰も助けてくれない苦しさなんて、あの人にはどうせわからないからね。というわけで、お父さんを探してあげる代わりに、この町にいる間、お姉ちゃんとさっきのお兄さんをここに泊めてね」


「わかりました。よろしく、お願いします…………!」

 涙で顔を濡らしたアマンダを、カリーナは優しく抱きしめてあげた。


「ところで、アマンダちゃん。知っていたら教えてほしいんだけど……赤い叫び、って知ってる?」

「あかいさけび…………ですか?」

「うん。この町に関係あるものっていうのはわかるんだけど……なにか知らない?」


 アマンダは少しうつむいてから、口を開いた。


「ごめんなさい。知らないです。でも、もしかしたら、わたしの友達で知ってる子がいるかも」

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