第9話 酒場でひと悶着
「ねえ。なんで止めたの?」
「…………なんのことだ?」
「とぼけないで」
ツーデンの屋敷を出た後、ふたりは昼食をとるために酒場に来た。
酒場に着くなり、カリーナはサォを問い詰めていた。
「赤い叫びって言葉が出た時、あの成金おじさんの様子が変だったわ。何故あそこで追及しなかったの? それとも、気が付かなかったわけ?」
「ああ。確かに、少しおかしかったな。ただ、あの場で追及するのは悪手と考えた。だから止めた」
「なんで?」
「もし仮に、あいつがなんか知っているとしてさ。俺らが嗅ぎまわってるってバレて、証拠隠滅なんてされたらどうする?」
「それは…………」
「相手を問い詰める材料がない以上、あの場では引いておくのが無難だよ。あと、あのおっさん、成金っぽい身なりだろ。ああいうタイプは執着心が強い。そしてやられたら、やり返すタイプだ。『おたくが麻薬密輸してないか疑ってます』なんて面切って言ったら、あとあとどうなるかわからねェだろ」
「ああもう! まどろっこしいんだから!」
「そういうもんさ。この手の捜査はスピードも大事だが、根強さ、忍耐力も求められる。手を出す前にじっくり相手がどういう奴か下調べしたり、協力者を作ったり、相手を追い詰めるための根回しをしたりな。失敗できねェ任務ならなおさらだ」
サォは癇癪を起した子供をあやすようにカリーナをなだめる。
「ま、何はともあれ収穫はゼロ。赤い叫びは公的機関が知らない。あるいは、知らないフリをしてるってことは、裏で取引されているなにかだろうな。地道に聞き込みをして、情報収集を進めよう」
サォがそう言ったその時。
女の子の悲鳴とともに、入口のドアが勢いよく開いた。
何事か、と入口を見やれば、おさげ髪の女の子が倒れこんでいた。
それに続いて入ってくるのは、獣のような鋭い目つきの浅黒い男。後ろから無精髭の坊主頭と、黒眼鏡をかけた色白な男が続く。
いかにもチンピラといわんばかりの柄の悪い三人の男がぞろぞろと入ってきた。
チンピラたちを見て、ほかのテーブルに着く客のひそひそと話す。
「また、あいつらだ…………」
「かわいそうに」
「ばか、見るな。絡まれたら痛い目みるのはこっちだ」
そんな視線も気にせず、浅黒い男はきつい目つきを更に厳しくし、倒れた少女の髪をつかんで無理やり起き上がらせ詰め寄る。
「お前さぁ……借金返せねえってさぁ。どういうこと?」
今にも泣きだしそうな震える声で、少女は口を開く。
「お、お父さんが、もう少ししたら帰ってくるはずなんです……その時に、お返ししますから」
それを聞く男は呆れたようにわざとらしくため息をついた。
「もう少し、もう少しってさぁ…………それ先週も聞いたって。いつ帰ってくるんだよお前の親父ィ」
「それは…………」
「お前の親父が作った借金の返済期限はもう過ぎてんの。もうこっちはさぁ、何週も待ってるワケ。温情は与えに与えたって、はっきりわかんだね」
チンピラは女の子を店の外に連れ出そうと、服を強引に引っ張ろうと手を伸ばす。
「――――金貸しか。治安の悪い町にはよくいるモンだ。あれがおっさんが言っていたチンピラだろう。カリーナさん、くれぐれも喧嘩を売るような真似は」
サォが真向いにいたはずのカリーナの姿はもうそこにはない。
「おい。何の、真似だ?」
まさか。
と思い、サォが振り向くと。
「やめなさい」
時すでに遅し。
カリーナは男の腕をつかんで止めていた。
「あンのイノシシ女…………!」
サォはギリ、と歯ぎしりをする。
「誰お前? こいつの知り合い?」
「いいえ。たまたま通りすがっただけよ。子供相手に暴力を振るう不届き者を見過ごせなくてね」
男はカリーナをにらみつけて凄むが、カリーナは動じない。
「このガキの親は、俺たちから金を借りたンだよ。親が払えねえ金をその子供に取り立てて何が悪いンだ?」
「でも、相手は子供よ? 稼げる額なんて、ごくわずかなはず。事情があるのに、取り立てるのはおかしくないかしら?」
ひるまないカリーナに、男の鋭い目つきがギラリと光る。
「身売りして稼いでもらうに決まってンだろうが。そういう趣味の貴族に売ればかなりの額になる。あいつらは金と時間を持て余しているってそれ、一番言われてるから」
「最低。」
「ウチはそういう商売だからね、しょうがないね。あと、お姉さんさぁ。一応俺らこの町を仕切ってるんだよね。だから、困るんだよね。こういうことされると、面子がたたないってワケ」
「子供を痛めつけるのを邪魔されると困る程度の面子なの?」
「————警告はした!」
チンピラがそう言い終わると同時。
空いた腕で腰の短剣を抜き、カリーナの喉元目掛けて突き立てる。
目にも止まらぬ、達人の動き。
しかし、短剣の切っ先がカリーナの首に突き立てられる前に動きが止まった。
「は?」
チンピラは驚愕の声を上げる。
完全な不意打ち。
それをこの女は、腕を掴んで止めやがった。
しかも、短剣はぴくりとも動かない。
なんて馬鹿力だ。
「先に危害を加えようとしたのはそっち。これから先は正当防衛よ」
淡々と言うカリーナの翡翠色の瞳は、獲物を捕らえた蛇の如く男を睨みつける。
凄まじいまでの殺気。
ぞわり、と男は全身の毛が逆立った。
その、次の瞬間。
男の顎に、強い衝撃が走った。
カリーナの空いた左手から放たれる、高速の掌底がクリーンヒットした。
力が抜けて、男は思わずよろめく。
カリーナはすかさず追撃の回し蹴りを、男の腹部に叩きこむ。
それを喰らったチンピラは大きく吹っ飛び、後ろの二人の足元まで転がった。
「お、お前ッ! やりやがったな!」
坊主頭が怒声を発し、カリーナへ肉薄。
仲間がやられた怒りの鉄拳を振るおうとするが、動きが止まる。
迫ってくる男の股間に、カリーナの靴の先端がめり込んでいた。
坊主頭の男は聞くにも耐えない悲鳴をあげてその場にへたり込む。
「おぉ…………」
これには離れて見ていたサォや周囲の男の客たちも思わず股間を抑える。
「このッ! ナメてんじゃねーぞ!」
たちまち仲間をやられ、残った黒眼鏡の男は、腰から引き抜いたものは。
拳銃。
サォがそれに気が付き、とっさに声を上げる。
「伏せろッ!!」
サォが吠えたと同時。
男が引き金を引き、銃を撃った。
撃鉄と共に、弾丸はカリーナのもとへまっすぐ飛ぶ。
黒眼鏡の男が撃った弾丸は確実にカリーナの脳天を撃ち抜く一発だった。
だったのだが。
ころころと、弾丸は床に転がった。
しかも、真っ二つになっている。
いつのまにか、カリーナは剣を抜き放った姿勢になっていた。
「だ、弾丸を、斬った…………!?」
動揺する黒眼鏡の男に、カリーナは剣の切っ先を向ける。
「まだ、やる?」
黒眼鏡の男は額に青筋を冷や汗を浮かべ、ギリギリと歯ぎしりをする。
双方にらみ合い、動きを止める中。
「…………あー、どーも。ウチの上司が失礼しましたわ」
サォはすたすたと黒眼鏡に肩を組んで、話始める。
「おたくの顔に泥を塗るつもりなんて全然なくてっすね…………今日はこれで勘弁してくれません? 二人の医療費と、迷惑料。手切れ金もつけてます」
そのままポケットに、金貨を詰めた麻袋を強引に入れ込む。
「…………この兄ちゃんの顔を立てて、今日は帰ってやる。俺らに手を出したことを、あとになって後悔しても知らねえぞ!」
黒眼鏡の男はポケットに入れ込まれたそれを確認すると悪態をつき、浅黒い男に肩を貸して酒場からずこずこと出ていく。後ろに、坊主頭がへっぴり腰になりながらついていった。
それを一瞥したカリーナが剣を鞘に納めると、酒場内から自然に拍手が沸き起こった。
「あーあ……あれだけ目立つのはダメなのに」
サォはため息をつきながら、頭を掻きむしった。
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