第一章 昇進任務編

第6話 良いニュースと悪いニュース

「――――以上が、今回の任務、百人の盗賊団討伐の報告になります」


 カリーナはウミガラス商会、商会長室にて、今回の任務の結果を報告していた。


「なるほどね。報告ありがとう、カリーナちゃん」


 その報告を受けていた男は、そう返事をした。

 獅子の鬣のような長い金髪に金縁の丸眼鏡。

 どこか口調はなよなよしてて女々しさを感じられたが、背広の上からでもわかる鍛え抜かれた体躯が、彼を歴戦の猛者であることを証明していた。

 この男は、ウミガラス商会の商会長を務める男、通称、『紅蓮のレガシリア』ことライオネル。

 もともとは自警団だったこの組織を、運送、警備そして用心棒の派遣を業務とするウミガラス商会として立ち上げ、その事業を大陸中に広めた商才あふれる人物である。


「カリーナちゃん、今回も一人で戦ったのね」

「はい」

「……毎回思うんだけどね。もっと商会の仲間たちを頼っていいのよ?」

「不要です」

「手厳しッ!」


 カリーナにぴしゃりと言い返され、ライオネルは大きな体をのけぞらせた。


「用心棒の仕事は結果が全てです。私より営業成績が低い人を連れて行って、何になるんですか?」

「用心棒は強ければいいってものじゃないのよ。連携とか作戦とかお客様に対する誠実さとかも必要なの」

「私たちの用心棒の仕事は荷物や契約主の安全を保障し、送り届けること。その任務を遂行するためには、強くなければなりませんよね? それは商会長である貴方自身が一番ご理解していると思いますが」

「そ、それはそうだけどぉ~……」

「どこの馬の骨ともわからない人を連れて行って、私の足を引っ張られて任務に失敗するようでは元も子もないと思いますが。」


 ぴしゃりと言い返すカリーナに、うーん、とライオネルは困って頭を抱える。


 ライオネルはカリーナに言い返すことはできない。

 何故なら、カリーナはウミガラス商会に入会してからたった半年の間で、用心棒として売り上げトップをキープし続けているからだ。


 生意気言っているだけならまだしも、こうも実績があると、上の立場の商会長も強く言えないのである。


「……商会長。今日は他にも私に用事があるんでしたよね。そちらの要件も併せて教えてください」

 カリーナがここにきたのは、任務の報告だけではない。

 ライオネルに『重要な話がある』と呼び出されたからだった。


 その言葉を聞いたライオネルは咳ばらいをして、カリーナに向き直って言った。

「カリーナちゃん。良いニュースと悪いニュース。どっちから聞きたい?」

「良いニュースからお願いします」

「わかったわ。ワタシはアナタを次の輸送警護部門の部門長に推薦する予定よ」


 ――――やっとだ。

 ずっと待っていた言葉に、カリーナは思わず頬が緩んでしまう。


「用心棒の中で半年連続売上トップの実績。なかなかできることじゃないわ。だから、そろそろ頃合いと思ってね」


 ライオネルは眼鏡をクイッと上げる。


「幹部になれば、アナタがほしがっていた神器の貸与が約束される。これが、良いニュースよ」


「ありがとうございます」

 表情を作り、商会長へお礼を述べる。

 しかし、作った表情はすぐに崩れてしまい、にやにやを止められない。


 そんなカリーナを見て、ライオネルは優しく微笑む。


「ずっと頑張っていたもの。リンドヴァル家の復興というアナタ自身の目標のためにもね」


 あの日から十年。

 私は、リンドヴァル家の復興、そして奪われたものを取り返すためだけに、自らの力を磨き続けた。


 遺産は分家の人間たちに喰いつぶされた。

 好き放題の悪政により痩せていく土地や人々も見た。


 いつか、この地を取り戻す。


 血がにじむほど唇を嚙み締めて誓った、その野望に必要なもの。

 圧倒的な力の象徴である神器。

 それを得るチャンスがようやく巡ってきたのだ。


 ずっと霧の中を手探りで走り続けているような感覚だったが、視界が晴れて目標はすぐそこに迫っていることを実感する。


 これを喜ばずにはいられない。


「ふふ、ずっとニヤケ顔よ? まだ決まったわけじゃないの」


 いけない。

 商会長の言う通りである。

 カリーナは緩んだ顔を、ぺしぺしと自分で叩き、顔を真面目に戻す。


「昇格するにあたり、アナタの能力を試す任務を課すわ。それでも受ける?」

「ぜひとも、受けさせてください」

「よかったワ。ま、嫌と言っても受けてもらうつもりだったけどね。じゃ、続いて悪いニュース。アナタ、このままだとクビよ」

「…………は?」


 クビ。解雇。解任。追放。暇を出す。お払い箱。


 半年売上げトップをキープしている状態なのに。

 さっき、昇進任務の話をされたのに。

 なぜ私が、使えない人が言い渡される解雇の話を切り出されているのか?


「理由を説明するわ。アナタの売上は六カ月連続トップよ。だけどね。売り上げから諸経費を引いた利益の額は、ほかの用心棒の子たちとあまり変わらないのよ」


 売り上げはトップなのに、利益はほかの用心棒と同じ?

 ありえない。

 そんなはずはない。


 だって私は人よりも危険度が高く、報酬も高い任務を、その辺の用心棒の人以上に受けているのだ。


「胸に手を当ててよ~く、考えてみて。心当たりはあるんじゃない?」

「ございません」

「早い早い。アナタ何も考えてなかったでしょ今のは」


 そういわれても、本当に心当たりはない。

 報酬は高いものを優先して選んでいる。

 仕事も一人で当たっているから、交通費、食費、その他もろもろ経費は安いはずなのだ。


 カリーナは困惑していると、商会長はため息をついた。


「アナタが任務のたびにいろいろ壊したりするから修理代や賠償で、沢山お金を支払っているのよ。例えば、こないだのとある町まで、商人の荷車を護衛するお仕事。アナタは途中で襲ってきた山賊は全員倒したけど、商品のお芋やスイカを投げつけて山賊を撃退したみたいね」

「あぁ。そんなことありましたね」

「いい? カリーナちゃん。ウチの用心棒として守るのは人だけじゃなく、商品も守るお約束なの。皇帝暗殺事件とかもあって、戦争は終わったけど治安は悪くなる一方。だから、安くない金額で皆ウチにお仕事をくれるのよ。だから守れなかったら、当然うちは賠償を支払うわけで…………」


「はぁ」


「これが、あなた一人が出している利益はほかの従業員と変わらない理由よ。毎度お客様に謝りに行くウチの事務職は激おこよ」


 商会長は立てた人差し指を頭にあてて怒っているのジェスチャーをする。


「それに、アナタがこないだ警護した人から、もうおたくには頼まない、なんて言われちゃったこともあるのよ。あれは流石に肝冷えたわ。アルスが謝りに行ってくれて、なんとか取引は続けられることになったんだけど」

「そんなことありましたっけ…………?」

「毎回結果報告のたびに、怒られた件については共有してたわよね?」


 そういえばしていたような、してなかったような。


「聞いてなかったでしょ」

「はい」

「素直でよろしい。アナタがメキメキ頭角を現すようになってから、クレームの件数も比例してか・な・り、増えているわ。ここが改善されないとなれば、流石にクビよ。アナタが毎度クレームを量産していたら、そのうちウチの評判にも響いてしまうからね。そうなったら、アナタを雇っているだけでかえってコストが発生してしまう。そういうリスクは見逃せないってワケ」


 なよなよしているが、この人は腐っても組織の長だ。

 言っていることは正しく、カリーナは言葉に詰まって反論できない。


「……私はね、アナタの素性を知っているからこそ、応援しているの。だからこそ、変わってほしいのよ。アナタがもし、他人とうまくやることができれば、長所はさらに伸ばせるし、アナタの短所も補ってくれるハズよ」


「別にそんなことしてもらう必要はありませんが」


 この商会の人達を見ていれば、そう思った。

 誰しも今日明日のご飯をどう食べるかまでしか思考が及んでいない。

 そんな視座が自分より低い人たちに、自分の考えをわかってもらう必要なんてない。


 そうあっけらかんと言い返すカリーナに商会長は目頭を押さえ、ため息をついた。


「というわけで、アナタの昇進とこれからも雇用を続けるか。併せて判断するため、任務を受けてもらうわ」


 ライオネルは引き出しから、小さな葉巻を取り出す。


「これ、アナタが今回退治した盗賊団が持っていたの。大麻よ」

「あの盗賊団のシノギ、ですかね」

「ええ、おそらく。それでこれは、あの盗賊団が三日後に受け渡す予定のものだったみたい」


 紙切れを取り出し、それをカリーナへと渡す。


 その紙切れには、こう書かれていた。

 三日後の夜零時。

 トレドの町「赤い叫び」が集う場所にて受け渡し。


「赤い叫び?」

 聞きなれない単語にカリーナは眉間にしわを寄せる。


「帝国の憲法では、麻薬の所持、密輸、使用は硬く禁じられているワ。ウミガラス商会でも同様にね。ウチは帝国から認可されて、麻薬密輸などの犯罪を取り締まれることができる組織、というのは貴方も知っているわよね?」

「はい。治安維持に一役買っているので、だからこそ帝国が管理している神器を貸与してもらえるんですよね」

「そういうこと。なのでアナタの任務は、この麻薬の取引現場を押さえ、密輸犯を捕まえることよ。赤い叫びについても自分で調べてね。成功したあかつきには、アナタの昇進、そして神器の貸与を約束するわ。ただし、失敗したらクビ。わかった?」


「わかりました。すぐに捕まえてきます」

「お話は最後まで聞きなさいッ!」

 部屋を飛び出ようとするカリーナの首根っこを商会長がつかんで止める。


「今回の任務は簡単じゃないわ。盗賊団以上の規模の組織が裏で動いている可能性だってある。そうなったらアナタ一人で手に負える相手じゃない。それに、人様に迷惑をかけるようなこともあってはいけないワ。だから、捜査のお手伝いと、アナタのバディ兼監視役をつけさせてもらうわ」

「そういったのは不要ですって。私より、大抵の人は弱いんですから」

「まあまあ、そういわずに。今回呼んだ人、レガシリアだったらどうかしら?」


 その商会長の言葉に、カリーナは動きを止める。


 レガシリアの扱う魔法は、たかだか剣術が人より優れている自分を遥かにしのぐものだ。

 あるレガシリアは海を真っ二つに割ったり、山を抉ったりしたと言う噂すらある。

 実際に見たことはないが、実際にこの大陸各所に神器戦争の名残はある。

 それは、そのような魔法があったことを証明しているに他ならない。


「少しは興味、持ってくれた?」

「…………少しだけなら」


 その言葉を聞くと、商会長はにっこり笑った。


「そういうカリーナちゃんの素直なところが好きよ。それに、どんと期待していいわ……その人、経歴がスゴいンだから」

「経歴、ですか」


「ええ。今回協力してくれるのは、戦争を終わらせた救国の英雄。与えられた称号は星座神話の力を受け継ぐという者という最上級の称号、『星継のレガシリア』こと、シエン・スカーレット……」


 英雄、シエン。


 聞いたことがある。

 素性は一切不明だが、一度戦場に出れば血の雨を降らせ、何十もの武器を使いこなし、得物である大鎌は一振りで敵の兵士十人の首を跳ねる。

 援軍としてくればたちまち敵を追い返し、来ている服は敵の返り血でいつも真っ赤だとか、敵陣の中に単騎で突っ込み、取り残されたまだ赤ん坊の皇太子を救い出したなど、英雄らしいエピソードにあふれている。

 極めつけは、皇帝暗殺事件の犯人を打ち取ったことだ。

 相手は帝国軍で英雄に劣らない戦火を上げていたセレーネという名のレガシリア。

 それと一騎打ちをして勝ち、皇太子は守り切ったという武勲。


 これほどの強さを誇る人間であれば、まあ、話を聞くのもやぶさかではない。


「商会長。そういう人と繋がりがあるなら早く言ってくださいよ」


「…………最後の方、聞いてたか怪しそうだけど。まあ、いいわ! さぁ、入って頂戴」


 商会長の声を合図に、扉が開いた。

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