第7話 英雄?
英雄シエン。
一体、どんな人なんだろうか。
ディルウィード先生のように背が高くて、清潔感があって、真面目で、歩き方だけで強いとわかる、そんなオーラがあふれている人だろう。
そう思い開かれた扉を見やると、そこにいたのは。
ぼろぼろの外套をまとった男。
背丈はカリーナとあまり変わらず中肉中背。
猫背でフードを被っているせいか見た目より余計小さく見える。
袖を通したコートはボロボロで、服のすそや袖はほつれたり、破けたり。
顔や腕には汚い包帯が余すことなく巻かれている、その姿はまるで。
「…………ミイラ男?」
余りのみすぼらしさに、カリーナの口から率直な感想が漏れた。
「どーも。よろしくッス」
ミイラ男はあくびをしながら緩慢な動きで手を上げる。
「商会長。これが、あの『星継のレガシリア』って本当なんでしょうか?」
「…………カリーナちゃん。人の話を最後まで聞いていたのかしら」
いつものなよなよした高い声じゃなく、ドスの効いたライオネルの問いに、カリーナはきゅっと唇を閉じた。
「次からは最後まで聞いてね」
「はい」
「彼はサォ君。帝国軍の英雄、シエン・スカーレットと同じ部隊にいたレガシリアよ」
こいつがレガシリア?
今にも死にそうなこいつが?
帝国はこんな奴に貴重な、八十八個しかない神器のうちひとつを渡しているのか。
私が神器を管理していたら、絶対にこんな身なりの人には渡すことはないだろう。
顔をしかめるカリーナを見て、ミイラ男と商会長はヒソヒソ話す。
「あの顔見てください。紹介の時のハードルあげすぎと思うンすがね」
「あらやだ」
いけない。気が付かないうちにしかめっ面になっていたかも。カリーナは咳払いして、強張っていた顔をほぐしつつも、思考を巡らせる。
カリーナには疑問があった。
なぜこの人が、自分の監視役に選ばれたのかという疑問だ。
なよなよしている商会長だが、人を見る目は確かだと思う。
それ故に部下に生半可な任務を与える人ではないのは重々承知している。
そんな商会長に推薦されるような人は何かしらの能力があるはず。
そう思い、視線をミイラ男に戻す。
うん、みすぼらしい。
本当にレガシリアだから、魔法が使えるからというだけで、選ばれたのではなかろうか。
再びしかめっつらになるカリーナを制するように、商会長が口を開いた。
「サォ君はこう見えて部隊で作戦立案の担当をしていた人よ。言ってしまえば、彼無しに終戦は成しえなかった。英雄さんを支えた縁の下の力持ち。アナタのバディとしてピッタリと思うんだけど……」
カリーナの眉間に刻まれたシワの深さに比例して、商会長の言葉が徐々に尻込みしていく。
「————本当に、彼は魔法は使えるのでしょうか?」
カリーナが問いかけると、商会長はまた困った顔になる。
「あのねェ、カリーナちゃん……」
小言を言おうとした商会長を、ミイラ男が腕を伸ばして制した。
「―――論より証拠。それじゃあ、俺の魔法を見せよう」
ミイラ男は腰にある短刀を抜きはなつ。
そしてそれを、自分の左手のひらに振り下ろした。
当然、ナイフはミイラ男の肌、肉、そして血管を切り裂き、血が溢れ出す。
「ちょっと、何を」
カリーナが問いかけるも、ミイラ男は微動だにしない。
「まあ、見てな」
そう言った次の瞬間、ミイラ男の体が、赤く光ったように見えた。
滴る血のしずくは、重力にしたがって床へとまっすぐ向かう。
血は液体だ。
滴り落ちた血は床にたまり、血だまりを作る。
はずなのだが、目の前で起こったことはカリーナの予想を裏切った。
血はミイラ男の腕から滴り落ちる途中で、雫の形から、角のようにごつごつしたものが生え始め徐々に形を変えてゆく。
ことり。
床と衝突した時には、いがぐりのような刺々しい形へと変貌し、カリーナの足元に転がった。
カリーナは反射的に足元に転がってきた『血だった何か』を拾い上げた。
『血だった何か』は手のひら程度の大きさの見た目に反してずしりと重たい。
そして赤黒いそれは金属のように重々しい光を放っていた。
「これが俺の魔法。自分の血を瞬時に固体に変えることができる魔法だ。そして更に、こんなこともできる」
ミイラ男が左右の手のひらを胸の前で合わせ、そしてまた体が一瞬赤い光りを放つ。
すると、何も持っていなかったはずのミイラ男の手のひらから、ず、ず、ずと長い棒が現れる。
ミイラ男がそれをグイ、と引っ張ると、カリーナの背丈ほどもある槍へと形を変えた。
「こういう風に、自分の血で武器を作ったりもできる。あんまり複雑なモンはつくれねえけどな」
「ふゥん……」
「…………まだ、何か不安なの?」
ライオネルがカリーナの顔を覗きこんで問う。
「……血を固める魔法ですよね」
「ええ。そうよ」
「レガシリアの魔法って、もっとこう、大地を割ったり、海を引き裂いたり、都市一つを火の海にしたりとか、戦場に出てる敵全員に雷落とすとか、そういうものじゃ」
「あのねぇ、カリーナちゃん。レガシリアの魔法は確かに凄いわ。でもおとぎ話じゃないのよ。なんでもかんでもできるわけじゃないの」
「でも、神器って星座神話、神々の力を宿す道具ですよね? それが、たかだか自分の血を固めるだけの力だなんて、話にならないと思うのですが……」
その言葉に、ミイラ男は食い気味に返す。
「失礼な。腐っても俺はれっきとしたレガシリアだ。俺の神器の象徴となる星座は牛飼い座。牛飼い座は空を支える巨人・アトラスの別の姿でもある。俺の魔法はその巨人の力を再現したってところだ。俺の血で作った柱は落ち行く空すらも支えることができる硬さを持つンだぜ」
胸を張り、自信ありげにミイラ男はそう語った。
確かにこの男の魔法は使いどころによれば頼りにはなるだろう。
しかし、その魔法を使うにはいちいち自傷行為をして血を出さなくてはならない。
いざ、戦うとなったとき、そんな手間暇かかることをしている人を待って戦うなんて私には無理だ。
「…………商会長。このミイラ君がレガシリアであることは認めます。ですが、やはり私と共に戦うとなった時、こんな魔法では難しいと思います」
「ミイラ君ゆーな」
「だぁ! かぁ! らぁ! カリーナちゃん!」
なかなか話を飲まないカリーナに商会長は声を荒げる。
「――――論より証拠、ですよね。じゃあこうしましょう。このいがぐり。私がこれを斬ります。両断できたら、ミイラ君の魔法はその程度。一緒に任務に当たるのは正直無理です。私一人で向かいます。もし、万が一。私がこれを両断できなければ、命令を素直に聞きます」
その言葉に、商会長はぐっ、と言葉に詰まる。
「私からのこれ以上の譲歩はありません。いかがです? これを飲んでくれたら、いちいち説得せずに済みますよ?」
うぅん、と商会長は唸る。
きっと頭の中の天秤を揺らしているんだろう。
カリーナはこう考えた。
監視役としての相棒は要らない。
なぜなら、私には既に最高の相棒がいるから。
腰に差したこの刀は名刀、神無月。
帝国の士官学生時代に闇市で手に入れたこの大業物は、私の前に立ちふさがるもの全てを両断してきた。
鋼鉄の戦槌を斬っても刃こぼれ一つしない。
神無月に斬れぬもの無し。
この男がどんな魔法を使おうとも。
「さぁ! ご決断を!」
「――――オッサン。いいよ。悪ィけど、このバカ女に現実教えてやる必要がある」
ミイラ男が、商会長の方にポンと手を置いた。
「だ、大丈夫なのォ?」
「いいですって。早く。おたく。さっき言った言葉、取り消しは聞かねえぞ。いいな?」
「ええ。当然。すごい自信なのね、ミイラ君」
「そういうデカイ口は斬ってから叩くもんだよ。論より証拠、だろ?」
売り言葉に買い言葉。
カリーナの視線とミイラ男の視線がかち合い、火花を散らす。
「…………ええいっ! いいわよ! やってみなさァ―――いッッ!」
商会長の叫びを聞くと同時。
カリーナは、手に持っていたいがぐり状の血の塊を宙に放り投げた。
「せェやああああああッッッ!」
目の前に落ちてきた血の塊へ、腰の刀を抜き放ち、気合の入った咆哮と共に居合一閃。
カラリと鞘走り、引き抜かれた名刀・神無月は急加速し、疾風の如く速さでいがぐりと衝突した。
ぎゃいん!と激しい金属音が部屋に響き渡った。
確かな手ごたえが、カリーナの腕に伝わる。
少し硬いが、斬れた。
そう確信をした。
いがぐりは明後日の方向へ吹っ飛び、壁に激突。
そのまま床に落ちてコロコロ転がり、商会長の足元まで転がった。
そのいがぐりは数秒後には真っ二つになるだろう。
勝利を確信したカリーナは、抜いた刀を鞘に戻す。
「…………あらやだ、無傷じゃない」
いがぐりを拾い上げ、確認をしていた商会長はそう零した。
「え? は?」
手ごたえはあった。
確実に両断されている手ごたえだった。
「う、嘘です商会長! ちゃんと見せて!」
商会長からいがぐりをひったくって、観察する。
いがぐりは無傷。
ヒビ一つ入っていなかった。
「う、嘘、嘘でしょ…………」
私は強くなった。
鋼鉄すら斬れるほど。
その私が、こんな奴の、よくわからないいがぐりを、斬れなかった。
自分への自信が音を立てて崩れ去っていき、カリーナはへなへなとその場に座り込んでしまう。
「残念だが、俺の魔法で固めた血は決して斬ることも、砕くことは出来ねェ。そういうモンだ。レガシリアと人間の決定的な差はここにある」
カラカラとミイラ男は笑った。
「カリーナちゃん」
商会長は駆け寄り、背中をさする。
「約束、守ってね」
「……………………はい」
自分で二言はないと言ってしまった結果がこれである。
しかし、本当に斬れてなかったのか。
ヒビくらいは入っているだろう。
いや、入っていてくれなければ困る。
でなければ、私が剣を振るい続け、鍛え上げた十年はなんだったのか。
そう思い、いがぐりがあった方に目をやると、そのいがぐりは無くなっていた。
「あれ、あのいがぐりは…………?」
部屋の中をきょろきょろと見回しても、それは見つからない。
ミイラ男が何かしたのか。
そう思い、ミイラ男をきっ、と睨む。
「……ちょっとまって、槍。どこにやったの」
にやにやしながらこちらを見るミイラ男は丸腰。
手に持っていたはずの、あれだけ長かった槍はどこにもない。
「溶けた」
「と、け?」
「ああ。固体にした俺の血は三分たつと空気中に溶けて消えるんだ」
「…………!」
ハメられた!
結果を急かす様に誘導されていた。
そう気が付き、カリーナはサォの胸倉をつかむ。
「この詐欺師! よくも私を騙してくれたわね!」
「クク、ダマすよりダマされる方が悪ィンだよ」
襟首をつかんで揺らし猛抗議するカリーナ。
対するサォは大笑い。
「たった三分しか持たない魔法で落ちてくる空を支えれるわけないじゃない!」
「だから魔法はなんでもかんでもできるわけじゃないのさ」
「くっ、この! ああ言えばこう言うんだから!」
ヒートアップしたカリーナを、猫をもつように、襟首を商会長がつかんで静止した。
「いいこと、カリーナちゃん。二ついうわね。一つ目。昇進するのは部下を持つことになること。今回はその練習よ。それに、独断専行でなんでもやる人には、力の象徴である神器を与えることはできないわ。独りよがりでは間違えても、後に戻ることなんてできないもの」
「でも、商会長!」
「もう一つ。アナタ、今日ばっかりは断れる立場じゃないわよ」
「…………ワカリマシタ」
自分で言った手前、何も反論ができない。
くやしさでカリーナは唇を噛む。
「わかればよろしい。仲良く、任務を達成して頂戴。麻薬の取引は三日後よ! いい?」
「はぁい」
不服そうな声を上げたカリーナに、満足したのか商会長は腕を離した。
「ま、任務限りのバディだ。よろしく、カリーナ」
襟元をただし、サォは改めて手を差し出す。
「カリーナさん、ね」
出された手を無視して、そのまま部屋からカリーナは出た。
「ウミガラス商会はアットホームで風通しがいい職場と聞いていたが、その通りのようだな」
サォがそう皮肉をこぼすと、ライオネルはため息をついて頭を抱えた。
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