第5話 そして私は強くなった
とある盗賊団は洞窟内のアジトで宴会を開いていた。
一仕事終えた彼らは上機嫌で酒を飲み、宴会料理にかぶりつく。
宴会場にいる盗賊の数、なんと百名。
そんなむさくるしい空間には似合わない長身の女性が一人、宴会場に堂々と入り込んできた。
それは二十一歳になり、美しく成長したカリーナだった。
しかし、年相応の女性とは姿格好がだいぶ違う。
後ろで二つ結びができるほどだった長い栗色の髪は、肩につく程度の短さに切られ、身に纏うものは男物の背広に似た黒の衣服。
何より、腰に差した刀と呼ばれる東洋の剣が、彼女の存在感をひときわ目立たせていた。
カリーナは宴会場の真ん中に向かってつかつかと歩いていく。
徐々に周囲の荒くれどもはこの場に入ってきた部外者に気が付き、その姿を見て口笛をヒュウと吹く。
そして、カリーナは宴会場のもじゃもじゃの髭を生やしている屈強な、いかにも頭領と思われる男の前で足を止めた。
「初めまして。酔いどれ熊のドゥベーさん、で間違いないかしら?」
突然の来客から問われ、男は立ち上がって答える。
「その通り。泣く子も黙る百人の盗賊団の頭領、ドゥベー様たぁ、俺のことだ」
立ち上がった男は、背丈が百六十五センチもある長身のカリーナよりも遥かに大きく二メートルをゆうに越えていた。
「何しにここに来た? 白馬の王子様でもお探しか?」
ドゥベーの冷やかしの言葉に、周囲の荒くれどもはつられて笑う。
「生憎だけど、王子様を探しているわけじゃないわ。今日は別用なの」
凛とした声で、カリーナはぴしゃりと言い返す。
「ヘェ、そうかい。じゃあなンで今日はここに?」
ドゥベーはカリーナに顔をぐっと近づけ、酒臭い息を浴びせる。
カリーナは眉間にしわを寄せながら、懐より一枚の手配書を取り出した。
「百人の盗賊団の頭領、酔いどれ熊のドゥベー。貴方の討伐を依頼されてここに来たわ。おとなしく投降しなさい。そうすれば、命までは取らないであげる」
カリーナがそう言いると、騒がしかった宴会場が、しんと静まり返る。
「…………お嬢ちゃん、賞金稼ぎごっこかい?」
「いいえ。私はれっきとした賞金稼ぎよ」
「仲間は、いねえのか?」
「必要ないわ。だって私、強いから」
ドゥベーが、くくく、とかみ殺していた笑いをこらえきれず、ついには笑い出した。
それを皮切りに、取り巻きの荒くれどもも笑い、洞窟内は爆笑に包まれた。
取り巻き共が笑いながら声を上げる。
「俺らの討伐に、たった一人でかァ!?」
「命は取らないでくださいの間違いだろ!」
ドゥベーもカリーナの言ったことのおかしさに、腹を抱えて笑っていた。
笑い転げる熊のような男を、カリーナはただただ冷ややかに見つめていた。
ツボに入った笑いはだいぶ収まってきたようで、ようやくドゥベーが立ち上がり、口を開いた。
「お嬢ちゃん。俺の女になれ。気が強くて美人な女は好物でな。そうすれば、さっきの話は聞かなかったことにして、宴会の仲間に入れてやる」
「そう。じゃあ、訂正しなかったら?」
「これから俺らにボコボコにされて、命乞いをする。その後は夜伽係として、毎日全員の相手をしてもらう。皆が飽きるまでは飼ってやるよ」
「なるほど。とても素敵な将来設計ね。でも残念。そうはならないわ」
カリーナは口角を上げ、腰の刀に手をかける。
「言ったでしょ。私、強いから」
「…………交渉決裂、だな」
そう言うと、ドゥベーはサッと左手を上げ、親指をだけを下に向けた。
それは盗賊団のハンドサイン。
目の前にいる奴への、攻撃の合図だった。
宴会場のテーブルを、顔がそっくりの三人が曲刀を抜きながら飛び越えた。
「俺たちゃ三つ子の盗賊!」
「長男上段、次男は中段、末っ子下段!」
「三位一体、同時攻撃が躱せるかァーーーッ!」
三方向から、突き、振り下ろし、薙ぎ払い、それぞれ別種の攻撃が同時に繰り出される。
しかも、三人とも別々の位置を狙った攻撃。
この攻撃のいやらしいところが、全ての攻撃が急所をわずかに外した箇所を狙っていること。
どれかを避ければ、どれかが急所に当たる。
どれかを防ごうと体勢を変えれば、どれかは急所に食らう。
常人なら確実に避けられない完全なるチームワークの一撃。
周りの盗賊たちも、この三つ子の同時攻撃を前にあらゆる人間が屠られたのを見てきた。
この攻撃で女の命運は尽きた。誰もがそう思った。
しかし、現実は違った。
三つ子は次の瞬間、驚愕することになる。
そこにいたはずの女が、視界から消え、三つ子の攻撃は空を切ったからだ。
「ほえ?」
「いない?」
「なんでぇ?」
三つ子が疑問の声を上げると同時。
ドゥベーから怒声が飛ぶ。
「――――下だ!」
ハッと足元を見やると、カリーナはそこにいた。
体勢を異常なまで低くすることで、カリーナは攻撃を避けていた。
それと同時に、腰の刀に手をかけている。
まずい、と三つ子が気がついた時はもう遅い。
カリーナの目にも止まらぬ速さで放たれた居合の一撃を喰らって、三つ子は仲良く吹き飛ばされた。
周囲の盗賊たちは戦慄する。
三位一体の攻撃が一瞬にして破られただけでなく、一回の抜刀で三つ子を吹き飛ばした。
「だから、言ったでしょ。私、強いって」
三つ子は洞窟内の壁に激突し、そのまま伸びてしまった。
「こんの、アマがァ!」
躍起になったバンダナをつけた盗賊が声を上げ、弓を構えて矢を放つ。
このバンダナは、弓矢の名手。
周りの盗賊たちも、バンダナの弓矢の腕前は知っており、揺れる馬上からでも逃げるネズミの目玉すら打ちぬく手練れだ。
バンダナが放った矢はまっすぐカリーナめがけて飛んでいく。
今度こそ、ケリがついた。
生け捕りにできないことは残念だが、致し方ない。
誰もがそう思った。
しかし。
「……酷いことするのね」
カリーナは無傷。
そして、刀を持っていない左手には、矢が握られていた。
まるで、もとから持っていたかのように。
飛んでくる矢を、掴んで受け止めていたのだった。
「ウッソだろオイ……」
あまりの出来事に、盗賊がぽつりとこぼした。
唖然としている盗賊たちを尻目に、カリーナはつかんだ矢をぽいっと足元に捨てる。
「じゃあ、今度はこちらの番ね」
カリーナは再度、刀を構えた。
一瞬の静寂のあと、誰かが漏らした「ひっ」という短い悲鳴が、静かになった洞窟の中にこだました。
後に、カリーナに全治3ヶ月の大怪我を負わされた盗賊はこう言った。
「あれは一方的な駆逐だった」
一人の女剣士と百人の盗賊。
同じ場所に居合わせて戦った場合、どちらが勝つか?
帝国王都で待ちゆく人々百人に聞いてみたら、そのうち大半は百人の盗賊と答えるだろう。
女がレガシリアでない限り、基本勝ち目はない。
それが一般常識である。
しかし、帝国にはこんな言葉もある。
「戦場で女や老人を見たら、生き残りと思え」
酔いどれ熊と恐れられた盗賊団の頭領、ドゥベーは言葉通りのことを今、味わっていた。
歴戦の部下たちは構える間もなく斬られ、紙屑のように吹き飛ばされていく。
(峰打ちで人間を吹っ飛ばすとか、どんな鍛え方したらそんなアホ威力になるんだよ……)
現実味がない光景にドゥベーは内心でツッコミを入れることしかできない。
遠くから矢を撃ち込もうとも、女は飛んでくる矢を掴んだり刀で弾いたりまるで効いていない。
デタラメな強さに驚いているうちに、気が付けば宴会場で立っているのはドゥベーだけになってしまった。
抜き放った刀の切っ先をドゥベーに向けて、カリーナは淡々と言った。
「残るは貴方だけよ。やるの?」
九十九人の部下を倒しても、息切れ一つしないカリーナの圧に、ドゥベーは気押される。
常人であれば、武器を捨てて降参する。
だが、彼は曲がりなりにも組織のボスとしてのプライドがあった。
「……やってやろうじゃねえかよォオ!」
ドゥベーは壁に立てかけてあるカリーナの背丈よりも大きい
重厚感のある鋼鉄の戦槌を掲げてドゥベーは突進。
「ブッ潰れろォぉおお!」
戦槌をカリーナの頭めがけて振り下ろした。
全身全霊を込めた、ドゥベーの人生を勝ち取ってきた、全てを砕く一撃。
しかし、ドゥベーの手に伝わってきたのは、戦槌が対象に当たり、全てを砕くあの感触ではなかった。
カリーナに戦槌が当たる寸前で、ふと、あれだけ重かった戦槌がまるで羽のように軽くなった。
「――――え?」
戦槌を見ると、持ち柄より上にあった鋼鉄のハンマーヘッドが、まるで輪切りにされた人参のように、真っ二つに斬られ、宙に浮いていた。
その先にいたカリーナは、既に刀を振り下ろした姿勢になっていた。
斬った。
鋼鉄のハンマーヘッドを、この女は。
速過ぎて、太刀筋すら見えなかった。
その現実離れした事実を目の当たりにし、ドゥベーは悟った。
一体多数の敵を一瞬で倒す技術。
飛んでくる弓矢をつかむほどの反射の速さ。
そして、鋼鉄を叩き切るほどの剛力。
勝てない。この女には。
「はぁァッ!」
気合の入ったカリーナの雄たけびとともに、剣の峰がドゥベーの側頭部を強かに打ち付け、ドゥベーも部下と同じように吹き飛ばされる。
見事な放物線を描き、部下たちと同じようにドゥベーは洞窟の硬い岩肌の壁に激突。そのまま気絶してしまった。
騒がしかった宴会場はすっかり静かになり、カリーナの納刀の音だけがこだまする。
「盗賊団の討伐、完了……と」
カリーナは自分の服についた埃と汚れをはたき落としながらぽつりとつぶやいた。
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