第4話 私が強くなった理由④

 なにもなかったかのように、当たり前に、次の日はやってきた。


 そのあと、ロビーにいた野盗を全員倒したディルウィードが、カリーナとエレナ、そして動かなくなったグレンのもとに駆け付けた。


 ディルはすぐさまグレンの応急処置をし、近くの病院に担ぎこんだ。

 医者は手を尽くした。

 しかし、カリーナを庇ってできた傷が大きかったこと、多量の出血があったことにより、グレンは帰らぬ人になった。


 それからカリーナは、帝国王都へ向かい、事実を確認したディルより経緯を聞いた。


 父親のジョージ・リンドヴァルは確かに亡くなっていた。

 死因は毒殺。

 確証は持てないが、おそらく分家の人間の仕業だと、グレンはにらんでいた。


 リンドヴァル家は分家の数がとても多く、血族同志の争いが絶えず本家と分家の入れ替わりが幾度となく行われていた。


 そんな血塗られた一族を治めたのがジョージ・リンドヴァル。


 ジョージは圧倒的な力と魔法の使い手であり、彼の実力は一族の中で頭一つ抜けており、分家の人間も手出しができなかった。


 しかし、時は流れてジョージも歳を取り、衰えた。

 子供はまだ幼い女子しかいない。


 この好機に、ジョージを暗殺、そして正統なる血縁者のエレナとカリーナを皆殺しにすれば、リンドヴァル家の持つ領地や権力、全てを掌握できると踏んで行動したのではないか……とグレンは推測していた。


 おそらく、野盗たちやあの玉ねぎ騎士は、リンドヴァル家の権力の後釜を握ろうとした分家の刺客であるということは容易に想像がつく。


 その企みに気が付いたグレンとディルウィードは血相を変えて屋敷へ戻り、あの夜の出来事に至ったということだった。


 しかし、結局どの分家から差し向けられた刺客なのか。

 誰が黒幕なのかは、わからず事件は迷宮入りとなってしまった。


 そこから、時はあっという間に過ぎていった。


 生まれてから一度も顔を合わせたこともない親戚を名乗る人物が山のように現れて、父親の死をいたわる言葉もなしに、遺産がどうだとか、子供は誰かが引き取れだとか、その場で集まった大人たちは喧々諤々と騒ぎ始めた。


 大の大人たちが繰り広げる醜悪な口論は三日三晩続き、その結果、カリーナとエレナはある分家の人間に引き取られることになった。


 ディルウィードも貴族たちの言い争いの中に参加していた。

 二人の発育のため、面倒を見ることを申し出たが、分家の人間はそれを歯牙にもかけず蹴った。


 せめてカリーナが十五の誕生日を迎えて成人するまでは、傍においてほしいと頼み込んだが、聞き入られることはなかった。


 グレンが言っていたことが正しければ、親ジョージ派のディルがいつ反乱を起こすかもわからないから、といったところだろう。

 そんな大人の都合で、結局、ディルウィードとは離れ離れになった。


「お嬢。どうか、お達者で」


 別れる前、ディルウィードはカリーナとエレナを優しく抱きしめてそういった。

 促されるままに馬車に乗り、分家の人間の家へと向かう。


 これからどうなるんだろう。

 揺れる馬車の中で、カリーナの内では不安な気持ちばかりがつのっていく。


 自分がもし、飛んでくる弓矢をつかむほどに素早く動ければ。

 弓矢を撃たれても、厨房へ行って、隠れることはできただろう。


 自分がもし、一体多数でも負けない力があれば。

 あのロビーの中の野盗を一網打尽にして、屋敷から逃げることができただろう。


 自分がもし、あの騎士の鎧を一撃で叩き斬ることができたなら。

 だったら、きっと、グレンは――――。


 そう何度も反芻するカリーナの震える手に、ぬくもりが伝わる。

 となりにちょこんと座る妹が、カリーナの震える手をそっと握っていた。

 エレナは不安そうにこちらの顔を覗きこんでいる。

 そして、そのエレナの手も、わずかに震えていた。


 お父様はこう言っていた。

 強く在れ。

 強くなければ、何も守れない。


 私が弱いから、リンドヴァル家を守れなかった。

 私が弱いから、グレンを守れなかった。

 私が弱いから、何もかも、奪われた。


 でも、まだ私には、妹がいる。


 カリーナは、まだ小さくて、暖かいエレナの手をそっと握り返した。


 妹だけは、何をしても守ってみせる。

 私に残された、たった一人の家族なのだから。


 だから、私は強くなる。


 カリーナは、固く、強く、胸に誓った。


 そして、それから、十年の月日が流れた。

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