第3話 私が強くなった理由③
先生は、私の剣の腕前は百年に一人の天才と何度も褒めてくれていた。
あの玉ねぎ騎士がこちらに害をなし、倒すべき敵であることは間違いない。
先生から教わった剣術で、相手を倒し、妹を守る。
それが今、私がすべきこと。
十一歳の子供が持つには大ぶりな剣をカリーナは構えた。
対する玉ねぎ騎士は地面を蹴ってカリーナに肉薄、斧を振り下ろす。
それをカリーナは、最小限の動きで騎士の一撃を横に躱した。
できる。
先生に教わり、練習した攻撃の避け方は十分実践でも通用する。
それに、相手は鎧を着ているせいで機敏に動くことはできない。
倒すなら、今。
「でりゃあっ!」
雄叫びをあげながら、カリーナは薙ぎ払いの一撃を叩き込む。
隙だらけの玉ねぎ騎士の胴に攻撃は命中する。
しかし、がきぃん! と金属がぶつかる嫌な音がこだましただけで、鎧に傷ひとつつけることはできなかった。
鎧を着込むことはデメリットが多い。
あまりにも鈍重であるために、機敏に動けなくなることがそのうちのひとつである。
だが、そのデメリットを補って余りある圧倒的な防御力を鎧は有していた。
玉ねぎ騎士は鎧の防御力を誇るかのように、それでいてカリーナの精一杯の努力が実らなかったことを嘲るかのように、体を揺らして不気味に笑った。
カリーナは確かに、ディルウィードが言う通り天才だった。
成熟すれば、この世に名を轟かせる剣士になることは間違いないだろう。
ただ、カリーナはまだ子供で未熟だった。
ただの少女にすぎないカリーナの非力な剣では、鎧を叩き斬ることは叶わない。
騎士は再び斧を振りかざす。
もう一撃、来る。
躱そうと身構えたカリーナに対して、騎士が取った行動は予想外なものだった。
手斧を振りかぶり、投げた。
その斧はカリーナではなく、後ろにいたエレナ目掛けて一直線に飛ぶ。
斧はエレナの顔のすぐそばを通り過ぎた。
エレナは突然の出来事に驚き、固まっていたが、徐々に顔を悲しみに歪め、ついにはその場にへたり込み泣き始めてしまった。
その様子を見た玉ねぎ騎士は、またも不気味に体を揺らして笑う。
まるで、エレナが泣いたことを喜ぶかのように。
抵抗のできない子供をいたぶって愉しむように。
守るべき妹に手を出されたことで、カリーナは、かぁっと頭に血がのぼった。
「こんのォッ!!!」
剣を構えて、カリーナは突進をした。
玉ねぎ騎士はそれを笑い、「ほら、あててみなよ」と言ったふうに無防備な姿勢を取る。
怒りのあまり、無我夢中にカリーナは剣を突き出した。
本来なら、それは鎧に阻まれて通らないはず攻撃。
だが、カリーナは歴戦の戦士であるディルウィードが認めた天才だった。
カリーナは無意識下で、敵の急所を狙っていた。
怒りに任せた剣先が、玉ねぎ騎士の鎧の脇にあった隙間に、深々と突き刺さった。
びしゃり、と血が噴き出す。
騎士は予想外の痛みに声にならない悲鳴を上げ、数歩後ずさった。
「はああぁぁぁっっ!」
カリーナは剣をさらに押し込もうと力を籠めて踏ん張る。
そのたびに、剣が肉を裂く気持ち悪い感触が手に伝わり、騎士は悶え、返り血がカリーナのドレスを汚していく。
「う、ぎゃ、ああああッ!!」
騎士が耳をつんざくような悲鳴を上げ、水場から上がった犬のように、腕を振り回して暴れ出した。
剣を突き刺すために踏ん張っていたカリーナは騎士の振り回した腕を避けることはできない。
強かに側頭部を打ち付け、怯んで手を離してしまう。
しまった。
そう思った時は、もうおそい。
丸太のように太い騎士の足が、カリーナの腹部を蹴飛ばした。
避けることもできず、小さいカリーナは吹っ飛ばされて背中から石壁に叩きつけられる。
すぐに立ち上がって、戦わないと。
そう思うが、体に力が入らない。
息を吸おうとしても、ひゅう、ひゅう、と情けない音を出すのが精一杯だった。
窓がついていない方に吹っ飛ばされたので、落ちて投げ出されなかったのは不幸中の幸いだった。
だが、打ち所が悪く、カリーナは立ち上がることすら叶わない。
そんなカリーナに、騎士は腰につけていた手斧を持ち、カリーナに向かっていく。
兜のスキマから見える血走った目は、カリーナを冷たく見つめていた。
そして斧は、カリーナの頭をカチ割ろうと、真っ直ぐ振り下ろされる。
次の瞬間には、カリーナの体は真っ二つにされ、この世を去る。
突きつけられた死の運命を前に、少女はただただ目を硬く閉じ、祈ることしかできない。
どうか、妹は幸せになれますように。
どうか、また、グレンと会えますように。
どうか、痛くありませんように。
祈る言葉を言い切っても、斧の衝撃はいつまでたっても来ることはなかった。
不思議に思ったカリーナが、おそるおそる目を開くと、自分の眼前には一人の男が立っていた。
タキシードを来た、長身の男。
月に照らされた鉄仮面は光を放つ。
私のことを一番気にかけてくれる自慢の従者。
仁王立ちしたその男が、騎士の斧を受け止めていた。
「グレン…………!」
安堵と嬉しさが混じったような、声が思わず出てしまった。
突然の乱入者に驚きつつも、騎士はもう一撃入れようと斧を振り上げる。
「こっ、のぉおお!!」
気迫が籠った雄たけびを上げ、グレンは斧が振り下ろされる前に、騎士に体当たりをかます。
それを食らった騎士はよろめき、後ろに数歩後退していく。
なんとか踏ん張ろうとするが、鎧の重さが仇となり、騎士はどんどん後退していく。
壁に手をついて体勢を整えようと、後ろに手を伸ばしたが、伸ばした先にあったのは、大きな窓。
窓のガラスは騎士の体重と鎧の重みに耐えることはできず、割れ、騎士もろとも外に落ちて行ってしまう。
おおおおぉぉぉぉ…………と騎士の悲鳴がだんだんと遠のき、どしん! と音が響いた。
気が付けば、先ほどまで蜂の巣をつついたような騒々しさはどこにもなかった。
屋敷内は何事もなかったかのように、しん、と静まり返っており、エレナのすすり泣く声だけが、廊下に響いていた。
「お嬢様…………お怪我は、ございませんか?」
荒く、肩で息をしながら、グレンはしゃがみ、カリーナをのぞき込む。
カリーナは首を縦に振るう。
「…………よかった」
優しく、グレンがそう言った。
鉄仮面で表情なんて見えやしないのに、グレンが穏やかな笑顔で、そう言ったようにカリーナは感じた。
そして、グレンはそのまま膝からどさりと崩れ落ちた。
「…………グレン?」
ようやく出るようになった声を絞り出して、少女は従者の名前を呼ぶ。
しかし、反応はない。
倒れたグレンから、血だまりが広がっていく。
さっき、私をかばった時にできた傷だ。
カリーナは瞬時にそう理解した。
早く手当をしないと。
頭では、そう思うも従者から広がっていく血の池を、ただただ呆然と見つめるしかできない。
「ねえ。ねえってば……グレン、起きてよ」
少女の口から、ぽつり、と言葉があふれていく。
そばで動かない従者の体をゆする。
「もう勝手に屋敷を抜け出して、外で遊んだりしないから」
それでも従者は動かない。
「家庭教師にいたずらもしないから」
少女は続けて、従者の体をゆすりながら話しかける。
「ちゃんと、グレンのいいつけも、まもるから。いい子にするから」
それでもやっぱり、従者はぴくりとも動かない。
「おきてよ……」
最後は、いつもの堂々とした少女からは感じられない、今にも消えそうなか細い声になっていた。
夜が明けて、割れた窓から朝日が差し込む。
朝日は、動かなくなったグレンと、現実を受け止められず、ぼろぼろと涙を流すカリーナの顔を明るく照らした。
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