第75話 卒業

先程までは確かに四角形であったそのテーブルは、誰も気付かぬ内に角の落ちた三角形に変化していた。

その三辺にそれぞれ座るのは、ノアとアカリ、アイコとアズミ、そしてメイリンとセバスティである。


そしてこれもまた誰も気付かぬ内に、それぞれの目の前にティーカップと綺麗にお菓子が盛られた皿が並んでいる。


その和やかな雰囲気の漂う茶会の席にて。

「ふふ……それでセバスティ、ここ暫く姿が見えなかったけど、一体何処に行ってたのかしら?」

メイリンは軽く微笑みながら隣のセバスティに問い掛けた。優しげなその表情の中で、ただ瞳だけが笑っていない。

返答次第でセバスティの運命が決まる!


そんな自らの危機を知ってか知らずか、セバスティは静かに答えを返し始めた。

「ああ、異世界の神から『とある神が人界の『こんびに』なる店を神界に開いたらしい』との事で視察に呼び出されてな」

「へーー、コンビニをね」

その返答にメイリンは笑みを深め、そして――

「で?」

氷点下の眼差し。

女神の怒りはセバスティにギルティの判決を下そうとしているようだ。

私が大変だった時に、そんなつまらない用事でずっと留守にしてた訳?――と。


だがセバスティに動揺の様子はなく、その表情に若干の疲れを滲ませながら淡々と説明を続けてゆく。

「その視察自体はすぐに終わったんだ。それでこちらに戻ろうとしたのだが、どうやらそこに罠を張られていたようでな」

「えっ、罠?」

ここで初めてメイリンの表情が変化する。気遣わし気なそれへと。

「ああ、どうやら転移に干渉する罠だったらしい。転移の途中で閉鎖された空間に落とされたのだ。まああの虫の仕業で間違いないだろうな」

「っ!! あのストーカーはっ!」


無意識に怒りの波動が全身から漏れ出すメイリン。そのメイリンの波動からノア達を護る障壁をそっと展開しながら、セバスティは話を続けた。

「空間閉鎖に時間が掛かると踏んだ私は、ここから君を守る為に何が出来るか考えた。そして奴であればまず初めに力を得るべく人界に狙いを定めるだろうと推測し、それを防ぐ力を持った眷属を人界に送り込むことにした。これが人界の時間で今より八カ月程前の事だ」


ノアとアカリは話の流れで何となく気付いてしまった。

「ねえアカリちゃん、八カ月前って言ったらさ――」

「ああ、我らが精霊契約の儀を行った頃だ」

「だよねぇ」


そしてセバスティによる答え合わせ。

「その時にちょうど精霊契約の最中だったのがそちらの二人、水月ノアと火輪アカリだ。何とか眷属達の住む精霊界にアクセスした私は、彼女達の召喚に応じようとしていた精霊の中に私の神力を忍ばせる事に成功した。その精霊達には身に覚えの無い神力を持たせる事になってしまい、申し訳の無い事をしたがな」


「あ、やっぱり?」

思わず呟くノアに、アカリは冷静に返す。

「逆にそうでなければあの力に説明がつかんだろう」

何しろそれまで普通?だった精霊が、突然神力を発して龍に変化したのだから。

「うん、確かにそうだねー」



「それから私は消耗した神力を回復させながらあの空間からの脱出を試み始めた。そして先程ようやく最後の鍵の解除に成功し、君の元へと帰って来れたんだ。遅くなってすまない」

こうしてようやくセバスティの説明が終わり、そのついでにげんぷーとアンフィトリテの力の謎も解けた。

さあ、いよいよメイリンによる判決が下される。

「そっか、そんな良く分からない場所に閉じ込められたのに一番最初に私の心配をしてくれて、そして私の事をちゃんと助けてくれたんだ。ありがとうセバスティ、大好き!」


判決、「大好き」




「それでメイリン、結局あたしたちは何でここに呼ばれたんだ?」

無事に(二人の)世界の平和が守られた瞬間を見届け、アズミがメイリンに問い掛けた。まあストーカーを撃退したお礼なのだろうとは思うけど。

「あっ、うん。まあ害虫駆除のお礼なんだけど、実はそれだけじゃなくってね」

メイリンは少し言いづらそうにそう言って、セバスティに視線を送った。


その視線を受け取ったセバスティがメイリンの言葉を引き継ぐ。

「今回のケースは君達にとって、神の依頼を見事果たした、そして更に神の試練に打ち克った、という二重の扱いとなるんだ」

「――はあ」

イマイチよく分かっていない三名は気のない返事を返す。

だがそちら方面への造詣が深い一名は表情を強張らせた。何故ならそれは数多の物語において――

「勇者……?」


そのアカリの呟きを拾ったメイリンは、慌てて手を振った。

「ああっ、ゴメンそうじゃないよ。『神の試練に打ち克った者は、勇者となって世界を救うのだ』とかじゃないから」


そして満面の笑みを浮かべ言葉を続ける。

「ほら、私達ってメイドと執事の神じゃない? だから別に世界とか救う必要とか無くって――ていうかもう救ってくれてるじゃない」

アカリはやっと安堵の溜息を吐いた。


それからメイリンはそんなアカリと、それでもやっぱりよく分かっていないノア達に、それが結局どういう事になるのかを伝えた。

「ただあなたたちは、神界に移住して『神の執事』と『神のメイド』になれるチケットを手に入れたってだけの話よ」

「「「「はいぃーーーい!?」」」」




その後、ノア達はセバスティとメイリンから色々と説明を受け、そしてようやく事態を飲み込み落ち着きを取り戻す事が出来た。


『神の執事』や『神のメイド』は物語として世に伝えられている通り、極稀に神に気に入られたり世界に対して多大な貢献をした事によって、神に仕える事を許された者の事だそうだ。そしてそれは人生の途中であっても人生を全うした後でも、好きなタイミングで始める事が出来るらしい。


という事で四人は神界をお暇し、メイリンによって聖バスティアーナ学園の講堂に戻ってきた。

四人の姿が雛壇から消えてから約十分後の、大騒ぎとなっている講堂へと。


そして説明会は混乱のうちに終了となり、四人は会場に残って教師達に説明した。

そして教師達は、神界でセバスティとメイリンとお茶してきた聞いてひっくり返り、『神の執事』『神のメイド』として認められたと聞きまたひっくり返り。

その場はそれで終了となったが、それから四人の扱いについて教師達や関係各所を交えて何度も会議が行われたらしい。




そんなドタバタから二年と少しの月日が経った。

今日は卒業旅行第一弾の出発日、そして集合場所は聖バスティアーナ学園の校門前。

第一弾の参加者は、行き先の都合上ノア、アカリ、アイコ、アズミの四名のみだ。

他の友人達とは第二弾の旅行でイギリスに行く計画となっている。


「色々あったけど、とうとう卒業かー」

「ああ。結局アクアルナからバスチアンの座を奪い取る事は叶わなかったな」

「ていうか私達、バスチアンとは別枠みたいな扱いになっちゃったしね」

「はは、確かにな。殿堂入り? 一体何の殿堂なのやら」


ノアとアカリがそんな話をしているとアイコとアズミも到着し、これで今回の参加メンバーは全員揃った。

「よしっ、じゃあ全員揃ったし『精霊界』に出発! げんぷー、案内よろしくね」




誰もいない校門前。

ひとひらの桜の花びらを乗せた柔らかな春風が、さっきまで四人がいた場所に流れ込んでいった。

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聖バスティアーナ学園の非日常 ~ 執事の少女はメイドとともに神を救う 東束 末木 @toutsuka

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