第74話 メイリン、そして

次にノアが気付いた時、ノアは見知らぬ部屋でテーブルに着席していた。

「えっ?」

突然の場面転換に思わず立ち上がりそうになったノアだったが、その時隣の席から既に耳によく馴染んだ声が掛かった。

「む、アクアルナか」

先にこの場所に来ていたらしいアカリから。

「アカリちゃん……」


ほっとアカリに微笑みを返すノアだったが、先程までの余韻がその心を占めひどく弱々しい微笑みとなっていた。その違和感には当然アカリもすぐに気付き、そしてノアに問う。

「どうした? 何かあったのか?」

「……うん」

時間をおいてゆっくりとノアは頷き、そしてそのまま顔を上げる事無く言葉を続けた。

「さっきね、お祖母ちゃんに会ったんだ。小学生の時に亡くなった、大好きだったお祖母ちゃんに」


ノアはアカリに先程までの出来事を話した。そのノアの話にアカリは時に頷き、時に相槌を打ちながら耳を傾け、そしてノアの言葉が止んだところでそっと返す。

「そうか……これまでの頑張りを伝えられて、それを褒めてもらえて。いい再会が出来たんだたな」


そのアカリの一言にノアはパッと顔を上げ、表情を明るくした。

「うん! 凄く嬉しかった!」

そして無意識に発した自分の返事で、ノアは自分の気持ちにようやく気付く事が出来た。

「ああそうか、私嬉しかったんだ……」

そして――

「うん、そうだよ……嬉しいんだからもっと元気ださなくっちゃ! よーし、元気ー、おーーーっ!」


どうやら元気を取り戻したらしいノアに、アカリは今度は自分の番とばかりに先程までの出来事を話し始める。

「ちなみに我は幼少の時代を共に過ごした我が眷属のアハトと再会していた」

「アハト? 眷属?」

「アハトは奴の魂の名だ。我が今世の家族はハチと呼んでいたが、奴は我だけには真名を伝えていたのだ。そもそも奴と我との出会いは――」


アカリがノアに昔の飼い犬との思い出を語っていると、向かいの席にふっと二つの影が現れる。アズミとアイコだ。

「おお何だ、急に場所が変わったぞ。もしかしてまた別の異世界に転移したってのか?」

「あれ? 世界チャンピオンパティシエの特製ケーキは? 私まだ七個しか食べてないのに」


どうやら二人もまた何処かに飛ばされ、どちらも一風変わった体験をしてきたようだ。

そのあまりに興味深い発言に、これは是非にでも経緯を追求せねばと身構えるノアとアカリだったが、彼女らが声を上げるその前に、優しげな声がまるで如雨露から降り注ぐ柔らかな水のように辺りを包んだ。


「皆さん、急にお呼び立てして申し訳ありません」




それは天上の演奏家が奏でる楽器のように美しい声だった。

そしてその声が発せられた先から感じるのは、圧倒的な存在感と透き通った清廉な気配。突如として現れたその存在に、四人の視線は大いなる安心感とその根底に感じる畏れと共に吸い寄せられていった。


ノア達が向かい合わせに座っているテーブルの所謂お誕生日席と呼ばれる場所。

そこにある椅子の背に右手をかけてすらりと立っているは、ゆったりとした着衣に腰まで延びる白金のストレートヘアが眩しい、気品に満ちた美しい女性であった。

その姿、まさに女神。


「やっぱりメイリンか。だと思ったぜ。久し振り」

その神聖さすら感じられる女性に対し、驚く程気安い返事を返したのはアズミだ。そのあまりの豪胆さにノアとアカリは口をぱくぱくさせるが、そこにアイコからも声が上がった。

「メイリン見てた? 私達キッチリ約束は守ったわよ」

「「ひやぁぁ……」」


メイリン――それはつまり全てのメイドにその力を分け与えるメイドの神様。

そのメイド神に対してまるで知り合いのように普通に接するアズミとアカリに、ノアとアカリの口からは木枯らしのような悲鳴が漏れ出た。

だが当のメイリンは全く気にした様子もなく、むしろこちらもそれが普通といった感じで、椅子を引き腰掛けながら会話を進めた。


「ええ、見てた見てた。よーっく見てたわ。特にあの気持ち悪いストーカーの消滅シーン、あれもう最っ高だったわ! 私あれから何度もアカシックレコード再生して見返しちゃった。ヘビロテよヘビロテ!」

「「ぅええーーーー……」」


いきなり砕けた口調に変化したメイリンにノアとアカリの戸惑いがハンパない。

何しろ清廉な存在感を圧力とすら感じられる程にバンバン放つガチな女神様が普通の女子高生のような口調で話すのだ。そのギャップたるや、言うなれば立派な口髭を生やしたダンディなおじさまの口から愛らしいロリボイスが飛び出すようなもの。

途轍もない感覚のズレに脳の処理が全然追い付かないのだ。


その戸惑いの表情に気付いたアズミがいい笑顔で二人に話しかけた。

「うん、分かる分かる。私らも最初そうだったよ。やっぱギャップに驚くよなー」

「そうだけど! でもそれもだけど、だってメイリン様にそんな口調――」

さっきから冷や汗が止まらないノアが思わずアズミを嗜めようとする、その言葉に被せるようにメイリンから声が掛かった。


「ああいいのいいの。話し方なんて変えたところで、結局私に伝わるのは発した言葉の真意だけなんだから。いつも通りの口調でも畏まった口調でも変わらないってわけ。だったら余計な緊張とかしないようにいつも通りに話した方がいいじゃない。ね?」


結局ノアとアカリもメイリンに言われた通り、いつものように話す事にした。

「でもそれじゃあ、下心を持って話したらそれも伝わっちゃうって事?」

そして早速質問を投げ掛けるノア。最初の質問がコレとは中々のチョイスである。


「まあそういう事ね。だからあのストーカーの話とかホンット気持ち悪くって。だって私を○○ピーして╳╳ピーして△△ピーしたいなんて――」

「「「「うわぁ……」」」」

全員ドン引きである。そしてもしこの場にライアスがいたとしたら盛大に頭を抱えて床を転げ回っていたに違いない。何しろライアスは、カッコつけてメイリンに気障なセリフを投げ続けていたのだから。


「まあでもあの虫が消えてくれてよかったわ。ほんとあなた達にはいくら感謝してもしきれないくらいよ……って、ああっ!!」

「えっ、何?」

話の途中で突如大声を上げたメイリンに、いったい何が起きたのかと全員視線を集中した。


「あのひとの気配! やっと戻ってきた!!」

そしてメイリンは軽く顎を上げ中空に視線を固定し、まるでそこに見えない誰かがいるかの様に話し掛けた。

「お帰りー……うんそう、私の神域へや。分かった、待ってるから」


一連のやりとりで、ノア達は次に誰が現れるのか理解した。理解してしまった。

だってメイド神メイリンの次といえばやっぱり――


「お待たせ――おっと、これは失礼しました」

鼓膜から伝わる振動で脳がとろけそうな心地好い声。さっぱりとした黒髪のショートヘアに切れ長で優しげな目、すらりと通った鼻筋にほんの僅かの子供っぽさを残した口許。

そしてマットな生地なのに不思議な光沢を感じる黒の執事服に身を包んだその男性は、


「私の名はセバスティ、皆さん始めまして」

「「「「ですよねー」」」」



執事神セバスティであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る