第73話 それは特別な再会
大波乱となった全国大会は、決勝戦を行う事なく終了となった。
その波乱の中心であったライアスというのは実在する者なのか魔法的な現象なのか。それともまさかとは思うが本人の言葉通り神であったのか。それらについては一切が謎に包まれたままだ。
ただ後に残された惨状から考えると、事故または何者かによるテロ行為のどちらかとして調査・処理を行う必要がある。しかももしテロ行為だとした場合、あって欲しくない予想ではあるが、まだ終わっていない可能性もあるのだ。
これらの状況から、今年度の全国大会は準決勝までで中止という決断が下されたのである。
そしてそれから三日が過ぎた。
「やっぱりニッポンはアメージングだったですよー。参考資料に書いてあった通りでーす」
「いやだからその参考資料って……まあいいや」
大会の翌日から二日間の休日を挟み、今日が授業再開の初日である。となれば久々に顔を会わせた執事の卵達の話題が全国大会一色となるのは至極当然の事であろう。
エイヴァ・エヴァンスと
「にしても凄いじゃない、実は大会ではMVP級の大活躍だったなんてさ。流石は私のカナカナだ!」
「うん……頑張った、かな」
契約精霊のルークから得た上空からの視覚情報をチーム全員に共有し続けた神山カナタは、大会終了後にその情報が解禁され、あり得ない程高度な技術の持ち主という事で一躍注目生徒の仲間入りを果たしていた。
「でもやっぱり注目されるのには全然慣れないの……」
三人がそんな話をしていると、そこに登校してきた水月ノアと柑橘ライムの幼馴染みコンビが合流した。
「おっはよー」
「やほー久しぶりー」
大会の主役となったノアの登場に教室はざわめき大騒ぎになるかと思われたが、大会前と全く変わらぬあまりに普通な本人の様子に、誰もが思わず今まで通りの挨拶をするに留まっていた。
爆発には切っ掛けが必要なのだ。
「Oh! 世界を救った英雄様の登場でぇっす」
「考えたんだけどさ、ノアの称号って漆黒龍とか神殺しとかに変更しない?」
はい着火。
そして朝のホームルーム前のまったりとした雰囲気は、ノアを中心とした大騒ぎへと一転した。
「全員着席、静粛に。ホームルームの時間だ」
教室に入ってきたマキエ先生の一言により、爆心地であったノアはようやく解放される事となった。
「ううー、準決勝戦より疲れた気がするよー」
「ははは」
そしてホームルームでマキエ先生から今日の予定が伝えられる。
「さて、連絡事項だ。伝えてあった通り本日はロゼメアリー学園との合同実習となる。まあ実態としては全国大会の試合風景を映像で振り返りながらの説明会といったところだな」
マキエ先生に連れられて全員講堂に移動すると、他のクラスの生徒達も続々と集合し、並べられた椅子が次々埋まってゆくところだった。そしてノア達が到着したすぐ後にロゼメアリー学園の生徒も到着し、同様に所定の位置に着席していく。
その『所定の位置』であるが、当然の事ながら選手達の席は前面に設けられ生徒達の視線を一身に浴びる雛壇であった。
そしてノア達は居心地の悪さを我慢しながら緊張の面持ちで開会を待つ。
(うう、がんばれ私!)
「さて。選手の皆さん、まずはお疲れ様でした」
そんな学園長の挨拶から始まった合同実習は、大会の試合の様子を前方の巨大スクリーンに写しながらの技術説明に大盛り上がりを見せた。
二輪レースから始まって一回戦、二回戦と映像は進み、そしていよいよ場面は準決勝戦、ライアスとの戦いだ。
会場の盛り上がりも最高潮に達した。
強大な不可視の力により観客や選手達が押さえ付けられたり撥ね飛ばされたりするシーンでは、会場での自分の体験を思い出して表情を曇らせ、魔法少女の変身シーンでは入口で配られたサイリウムを全員で振りまくり、二体の龍の登場シーンでは拳を振り上げ叫びまくる。
アイリの苦悶する姿には会場は一転重苦しいムードに包まれ、救出されるシーンでは当然ながらその反動で大歓喜に包まれる。
それはさながら応援オッケーの劇場版のよう。
開催側にとって非常にいいお客さん達であった。
そんな大盛り上がりの会場の中、主演のノア達といえば――
自分の戦う姿を客観視しながら他生徒達の熱狂を浴び続けるという、非常にむず痒い時間を過ごしていた。
そして今!
『いっくよーーーーー!!』
『ふっ、終焉の時だ』
巨大なスクリーンに投影されているのはライアスとの戦いのクライマックス、そして映し出される『テンションMAXの自分の姿』の姿。
更に――
「「「「「よーし、行っけぇーーーー!!!」」」」」
「「「「「終焉! 終焉! 終焉!」」」」」
スクリーンから顔を背けると、その目に飛び込んでくるのは映像と同調してサイリウムを振りまくる同じ学校の生徒達の姿である。
(もう無理、早く終わってーーー)
そんなノアの心の叫びと共にスクリーン上ではラストアタックによりライアスが消滅し、そして――
――時を同じくしてノア、アカリ、アイコ、アズサの四人の姿もまた雛壇から消失した。
「あれ? ここ何処?」
気が付くと、ノアは一人ぽつんと立っていた。
さっきまで一緒だった他の生徒達の姿はどこにも見えず、ただ白い
「ええっと……」
全く状況が掴めず立ち尽くしていると、徐々に靄が晴れてきて辺りが見えるようになってきた。
「あれ? ここって『お山の動物園』の遊園地? え? でも……」
それは小さな頃よくお祖母ちゃんに連れてきてもらった、山の中腹にある動物園。たくさんの動物を見た後は、大きなスライダーの下にある小さな遊園地で遊ぶのが大好きだったっけ。でもお祖母ちゃんが死んじゃってからはずっと……
「――ノア」
その時、ノアの後ろから忘れようもない優しい声が聞こえてきた。
はっとしたノアが反射的に後ろを振り返ると、そこにいたのは記憶の通りの――
「お祖母ちゃ、ん?」
まだ元気だった頃の姿のノアの祖母だった。
「おっお祖母ちゃあーーん!!」
何故? どうして? 信じられない?
そんな気持ちが沸き上がる前に、もうノアは懐かしい祖母に抱きついていた。
「うわあああああん!」
小さな子供のように泣きじゃくりながら。
祖母はそんなノアの背中に手を回し、微笑みながらその背中をそっと撫でた。
「いつの間にやらこんなに大きくなって。もう頭には手が届かないねえ」
どれくらいそうしていただろう。
祖母から泣き顔を離したノアの心に、ようやく疑問が首をもたげてきた。
「お祖母ちゃん、どうして?」
色んな『どうして?』が一度に押し寄せてき過ぎて、その結果口を出たのは『どうして?』の一言のみ。だが祖母は全て分かっているとばかりに微笑みながら、優しくノアに答えた。
「ノア、神様を助けようとすごく頑張ったんだってね。それで神様がノアへのご褒美にってアタシをここに連れてきてくれたんだよ。だから、こうしてまたお祖母ちゃんがノアに会う事が出来たのは全部ノアのお陰なんだ。ありがとうノア。頑張ってくれて本当にありがとうね」
手を繋いだ二人は昔一緒に来た頃のように展望広場に上ろうとオートチェアに向かった。身長が人間程もある大きなレッサーパンダが開けてくれた扉から乗り込むと、オートチェアはガタゴトと山頂へ上ってゆく。
そうしてまもなく山頂に到着すると、二人は眼下に広がる街並みを望むベンチに並んで座った。
祖母の手を決して離すまいと固く握って景色を見つめていたノアだったが、やがて少しずつ落ち着きを取り戻し、これまでの事をぽつりぽつりと話し始めた。
一緒にテレビで見た執事を目指そうと思った事。中学生になって勉強を頑張った事。『
「ああ、そういえば前にシノちゃんがあそこの先生をやってるって言ってたねえ」
「シノちゃん?」
「ほら、前に『一緒に儀式を受けて神様に認められた親友』の話をしただろう? その親友がシノちゃんって言うんだ」
どことなく聞き覚えのある名前にノアは引っかかりを感じた。
「シノちゃん……シノ先生……あれ? ねえお祖母ちゃん、その人ってもしかして白砂シノって名前?」
「ああそうだよ。何だ知ってるのかい?」
「知ってるも何も、学園長先生だよー」
「へえ、シノちゃんってば偉くなったんだねえ」
そんな世間の狭さにビックリしつつ、ノアの話はまだまだ続く。
学園で新しい友達が出来た事、精霊と契約した事、執事になる為に教わった色んな事、お茶屋さんでアルバイトをした事、そしてバスチアンに選ばれた事。
「学年の代表に選ばれるなんて、ノアはホントに頑張ったんだねえ」
「うん。でも私だけの力じゃなくって、げんぷーやみんなのおかげだよー。ライムやアカリちゃん、それにカナカナやマイカ、あとエイヴァも」
そして話題は全国大会へ。
「そうかい。それで神様までやっつけちゃったんだね。何とまあ……」
「うん、でも結局あれが本当に神様だったのかどうかは最後まで分からなかったんだけどね」
「そうは言ってもメイドの神様がそれを望んでノア達がそれに応えたんだ。やっぱりノアはアタシの自慢の孫だよ」
「お祖母ちゃん……」
それからもノアはたくさんの事を話し続けた。これまでの離れ離れの時間を埋めるかのように。
やがて話題が尽きた二人は、そこからただ黙って手を重ね、幸せそうな表情を浮かべて肩を寄せ合い景色を眺める。
そんな穏やかな時間が流れていった。
「おや?」
ふとお祖母ちゃんが上げた声に、ノアは不吉な予感を覚える。
「お祖母ちゃん?」
「ああそうか、どうやら時間みたいだ。ノア、これからも元気で過ごすんだよ」
ノアは横から祖母に抱きつき、その胸元に首を埋めてイヤイヤと首を振った。
「お別れなんて嫌だよー。もっとずっと一緒にいたいよー」
そんなノアの首を抱き、祖母はノアの頭をそっと撫でた。
「ふふっ、ようやくノアの頭を撫でられたねぇ」
「お祖母ちゃん……」
そしてその温かな手でノアの頭を撫でながら、ノアにそっと優しく語り掛けた。
「ノア、もうお別れは随分前に済ませた筈だよね。そしてノアは立派に成長した。今この瞬間は神様がくれた特別なプレゼントなんだ。それはノアにだって分かってるんだろう?」
「うん……でも……っ」
分かってはいるが、でも簡単には割り切れない。
だが終わりの時は刻一刻と迫っていた。
「さあ、お別れの時間だ。ノア、最後にお祖母ちゃんに可愛い笑顔を見せておくれ。あの約束を覚えてるだろう?」
「うん」
――約束
その言葉にようやくノアは顔を上げ、そして背筋を伸ばすと涙をぬぐって何とか笑顔を作ろうとする。
「ノアは、明るく……朗らかにっ」
「うん、ちゃんと覚えていてくれたね。じゃあね、アタシの可愛いノア」
ノアに語り掛けながらもだんだんとその姿は透き通ってゆき、そして――
「これからもたくさんの笑顔を――」
「お祖母ちゃんっ」
ノアのその手は空を切った。
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