第72話 終焉の時だ

青龍となったアンフィトリテからイグネア・アニュラスの中に濁流のような力が流れ込み始めた。

そのあまりの勢いにイグネア・アニュラスはたじろぎ、何とか制御しようと意識を集中するも、とても処理が追い付かない。


「くっ、アクアルナはこんな嵐を乗りこなしているというのか」


自分の中を無秩序に駆け巡ろうとする力を一つの流れとして束ねるだけで精一杯。流れを抑える事も蓄積する事も、そして防御や攻撃に割り振る事も出来やしない。

一体どうすればいいのだ!?


「力に逆らわないで、そのまま出しちゃえばいいんだよ」


途方に暮れるイグネア・アニュラスの耳に天啓の如く飛び込んで来たのは、隣でライアスに障壁弾を打ち続けるライバルアクアルナが発した言葉。経験者の導き。


「そうか!」


最初から全てを制御する事など出来なくて当然。まずは逆らわずそのまま使う、その先の事は力に慣れてから考えればいい!

突き出した両手から放った力はアンフィトリテによって水に変化し、流れる一筋の槍となってライアスに吸い込まれていった。

これまでのような単発の弾丸ではない。絶え間なく流れ続けるその水の刃は、まるでレーザービームかウォータジェットーカッターか。

こんな攻撃が直撃すれば例え相手がライアスだとしても――


「ぬおおおおおおおおっ!!」

ここに来て最大級の悪寒に襲われたライアスはその攻撃を受け止めるという選択を放棄し、大急ぎで空中を左方向にスライドして避けた。

標的を失いそのまま真っ直ぐ突き進んだ水の槍は勢いを落とさず試合場の天井に突き進み、そこに穴を空けるかと思われたその寸前、霧散して空中に消えていった。アンフィトリテの制御によりライアス以外を傷付けない安心仕様、これなら安心してぶっぱなせる。

ニヤリと笑みを浮かべたイグネア・アニュラスは、自らの掌から天井まで一直線に延びた水の槍をライアスの避けた先に向けて薙いでいった。


「冗談ではないっ!!」

再び迫り来るウォーターカッターを身を翻して避け、反撃の足掛かりとして青龍に向けて甲虫弾を放とうとしたその時、正面から拳の形をした大量の障壁がライアスに襲い掛かって来た。

もちろんノアが発した障壁弾である。


「くそっ」

自分を中心とした圧倒的な範囲に迫り来る障壁弾を全て避ける事は不可能。瞬間的にそう判断したライアスは準備した甲虫弾の標的を迫りくる障壁弾の壁に変更し、射線が自分に向いている拳を次々と撃ち落としてゆく。

そうこうしているうちに一度は通り過ぎていったウォーターカッターが再び近付いてくる気配を感じ、ライアスは拳の対処に時間を掛け過ぎた事を悟った。

(何とか攻撃のタイミングを作らねばっ)




障壁と水、性質の違う二種類の攻撃に対処する為には、一か所に留まる事なく常に動き続けねばならない。そして動き続ける為には動線となる進行方向の拳を落としていかねばならない。だが次の動きを悟られぬためには撃ち落とす拳を最小限に、しかも撃ち落とすのは動き出す寸前にせねばならない。


これらを忠実に守る事で理不尽な攻撃から回避を続けながら、ライアスはその時を待つ。身の内に練り上げ続けている神力を邪魔な執事と精霊達に纏めて叩き込む、その機会を。

そんな綱渡りのような作業の最中、ライアスはふとある事に気付いた。

(流れ込む神力が増している?)


それはライアスにとって嬉しい誤算。神力で作り出した枷によって大地に張り付けていた巫女アイリから流れ込む神界の神力の量が増え始めたのだ。

(くくく、巫女め。よもやこれ程早く身体が神力に順応し始めるとはな)


だがアイリにとっては、それは最悪の事態であった。身体が順応したとはいえ人ならざる力が体内を巡る事による苦痛が消える訳ではない。むしろ身体を流れる神力の量が増えた事でその苦痛が増してしまったのだ。彼女が受けている苦痛がどれ程のものか――それはその苦悶の表情と滴る涙、それに床に広がる脂汗の染みが物語っている。


(ふむ、壊れぬように意識を絶っておくか? だがそれにより我が身に届く神力が減る可能性もあるか。ならばこの巫女はこの場を乗り切る為の使い捨てと考えるより他あるまい。些か惜しいがな)




アイリの苦痛と引き換えに神力の余裕を得たライアスは、多少強引に事を運び始める。障壁を展開して身を守りつつ、甲虫弾を一点に集中してノアの障壁弾に対する貫通力を上げたのだ。


「うわわっ、押し込まれるー!」

ライアスの甲虫弾がノアの障壁弾を貫きながら目の前に迫ってきた。これを押し返すには弾幕を固く厚くするしかない。ノアは徐々に強まるげんぷーの力で障壁弾を固くしながら、発射範囲をライアスの攻撃範囲に集中し始めた。この選択が功を奏し、ノアの障壁弾が再びライアスの攻撃を押し返し始める。

だが――


(ふん、狙い通りよ)

それはライアスとその周囲に障壁弾を面でばら撒くのを止めたと言う事。つまりライアスの攻撃範囲の外からライアスに届く障壁弾が無くなったという事だ。笑みを深めたライアスは障壁を解除し、そこに割り振っていた神力のリソースを攻撃に注ぎ始めた。

水の槍を避けて動き続けながらノアを狙い撃ち続けるライアスの攻撃。対するノアもまたそのライアスに狙いを定めながら障壁弾を撃ち続ける。

「ぐぐっ……負けない、負けるもんかぁーーーっ!」

斯くして両者の攻撃は再び拮抗する。




「ではその手筈で。皆さん、行きますわよ」

揮雅ふらがリアの小さな掛け声で『アイリ救出作戦』は発動した。

チーム全員が目立たぬようそっとライアスの背後に回り、そこから一気にアイリの元へと駆け寄る。

「マレットさん! ミヤさん!」

名を呼ばれたマレットとミヤがアイリと救出班全員にバフを掛け、回復と力の底上げ、そして成功の確率を少しでも上げるべく幸運度を上昇させる。


ミアのメイド魔法により苦悶の表情が多少和らいだアイリの姿に少しだけ安堵しながら、リアは次の指示を出した。

「ミサさん、陣を」

軽く頷いたミサはすぐ横に控えるウサギ精霊に声を掛ける。

「白雪、変形八艘跳び包囲陣を展開、ライアスからアイリに向かう力を遮断して」

アイリの上に小舟の形をした八枚の魔力の壁が現れ、アイリを縛る枷を維持する為にライアスから送られる神力を妨害し始めた。


全ての神力を遮断するところまでは行かなかったが、白雪の陣はアイリに届く神力を大きく減らす事に成功、これにより枷ははっきり分かる程に弱体化した。

「マキさん」

「うん」

相棒のクマ精霊あーもんにより剛力を得た牧島まきしまマキが、そのあーもんと共にアイリを縛る枷に手を掛け、そして――

「あーもん、一緒にいくよー。せーのぉ」

一気に引き千切った。


「サザナミさん! 今です!」

真神まかみ、アイリ先輩を乗せて離脱!」

真神は相棒の指示通り、枷から解き放たれたアイリを背負ってその場から駆け出した。

その周囲にはいつしか部下の狼たちが現れ、共に疾りながら真神達を守護する。

そして――

「救出作戦成功ですわ。皆さん散開なさって」

ミッションコンプリート!




激しい攻撃を放っている最中、突如として神力の供給が止まった事にライアスは気付いた。

「なっ!?」

だからといって次々迫る攻撃を前に手を止める事は出来ない。止む無く勝利の一撃を放つ為に練り上げていた神力までも攻撃に使い始め、だがそれもあっという間に枯渇していった。


突然の状況に激しく狼狽するライアスは、状況を確認すべくアイリに視線を向ける。

「巫女よ! 何が――!?」

だが先程までアイリを張り付けていたその場所にはアイリの姿はなく、当然誰からの答えもない。

「何処へ行った!?」




ライアスがその疑問への答えを得る事はもう無い。

何故なら――


「いっくよーーーーー!!」

「ふっ、終焉の時だ」


神力の尽きかけたライアスに二人の執事と二体の龍による集中攻撃が直撃し、地上に顕現した肉体と残った僅かな神力を跡形もなく消し去ったから。

(……我に……信仰を……我は……神……メイ……リン)




これが、執事神セバスティに成り代わりメイド神メイリンと世界を手に入れようと目論んだ、偽神ライアスの最期であった。

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