第30話 お願い
「じゃあ、イララも未来に返すよ」
リニア公爵夫人の体を水晶の魔力で治し、イララはカイリの部屋に戻って来ていた。
グロリアの内乱も、ネクシスの母の寿命も、ようやくすべてが落ち着いたと思ったら、カイリはそんなことを言い出した。
「え・・・・・・! 私帰れるんですか!?」
「だって〜。たぶんまだ水晶の魔力は残ってるからさ」
魔力を使い果たしたイララの水晶は、以前ほどの輝きや透明感が無かった。水晶としての輝きを失うのが魔力が無くなった証なのだろう。
だがカイリの水晶は以前と変わらぬ輝きがまだ残っている。使い続ければいつかはその輝きも失われるのだろうが、少なくともイララを未来に返すことくらいはできるらしい。
カイリはいたずらっぽくにやにやした。
「もしかして帰りたくなくなっちゃった? だとしたら嬉しいなー」
「いや、帰りたいです帰りたいです。帰らせてください」
「あははっ、残念だなー」
先日イララは黒水晶の力を封じるために魔力を使い切ってしまった。過去に来たのが魔力によるものなら未来へ帰るのも魔力が必須。
魔力が無くなった今、私はどれだけ帰りたいと願っても帰れないのだと思っていた。
「私・・・・・・帰れるんですね」
私が過去に来てからすでに一ヶ月と数日が経とうとしていた。
これを長いと取るか、短いと取るかはその人次第だろうが、この一ヶ月は本当に幸せな日々だった。
自分で帰りたいと言っている手前、正直帰り難くもある。
「私、なんだか寂しいです」
「そう思ってくれるならわたしはよかったよ」
「もし仮に帰りたくない、って言ったら?」
「・・・・・・まあ? イララが未来に帰れるかはわたし次第だから、無理やりここにいてもらうのもいいけどね」
カイリは勢いよくイララに抱きつく。
私が帰れるかどうかはこの人の気分次第で決まってしまう。いくら過去に愛着が湧いたとしてもそれはとても不本意だ。
こんなにも私を好きでいてくれることは嬉しいが、それにも限度は必要だと思う。
「・・・・・・そんなことしないでくださいよ」
イララが警戒するとカイリは笑顔でかぶりを振った。
「まさか、しないしない。わたしは常に君の幸せを『願ってる』から」
最後にやさしく包み込むように私を抱きしめる。
それはわずか三秒ほどで終わり、彼女は離れた。しかし私はそれで十分すぎるくらい幸せだった。
「わたしは未来ではとっくに死んでるかもしれないけど、君は君の思う通りにまだまだ生きてね」
「・・・・・・はい」
「そしたらそろそろ・・・・・・」
と、彼女はパンッと両手を合わせて打ち鳴らす。
それはお祖母様が私を未来へ返せと願うための準備。お祖母様は、ああして瞬時に思考を切り換えるのだ。
「お別れだね」
お祖母様がそう言ったのと同時に先刻と同様カイリのピアスが光り出す。
やがて光は煌々とした輝きになっていった。その光はイララの身体にくっついていく。
「―――――」
ピアスから出た光が全身を覆ったとき、イララは光に包まれた。
◇♢◇
イララの身体が光に包まれ、その光すら消えたとき、イララの姿はもう無かった。
カイリはふぅ、と息を吐いて自分の執務机に腰掛ける。
「・・・・・・ん?」
すると自身の両耳に違和感を覚えた。片方だけだったピアスの重みが、今は両方に感じる。
さっきまでは右耳のピアスはイララが着けていた。しかし今はカイリの耳に着いている。
「ちゃんと帰れたってことなのかな・・・・・・」
そう呟くと執務机と向かい側にある扉がノックされた。
コンコンッと音を鳴らし、しばらくしてからノックした人物は入ってくる。
「カイリ様、戻りました」
黒髪の青年。ネクシスが入ってきた。
彼はリニア公爵夫人の病が治った後も、しばらく別邸で母親との時間を過ごしていた。
「おかえりー」
ネクシスは王女の部屋と彼女が着けたピアスに違和感を感じる。
「イララ様は・・・・・・?」
「帰ったよ。ついさっき」
「・・・・・・そうですか」
彼は驚きもせず、ただ頷いた。
それほど寂しそうではない様子に拍子抜けしたカイリはネクシスに近づいて訊いた。
「あれ、なんとも思わないの?」
「・・・・・・なんとも思ってないわけないですよ」
「それにしては反応薄すぎでしょ。もっと激しい反応期待してたのに」
カイリがそう言うと、しかしネクシスはどこか分かっていたように返す。
「未来へ帰ることがイララ様の本意だった。それが達成されたなら俺はそれで十分ですから」
「ふーん・・・・・・」
カイリは面白くなさそうな顔で呟く。
するとネクシスはまた本が乱雑に置かれた机を見つける。
「それより、カイリ様はいい加減その性格をどうにかしていったほうがいいですよ。もう少しで婚約者の方も来られるんですから」
「ああぁー。そうだった、忘れてた・・・・・・」
「はるばる遠くから婿に来てくれるんですから、くれぐれも適当な態度取らないでくださいよ」
「分かってる分かってる」
カイリはフォール王国がある大陸とはまた別の大陸にある大国の王子との婚約が予定されている。
いよいよ彼女も婿を迎え、フォール王国の女王として生きていかねばならなかった。
「・・・・・・こんなに自由に動けるのも少なくなっちゃうなあ」
裏を返せば、イララが来たことやグロリアの内乱が起きたのがこのタイミングで良かったとも言える。
これからはフォール王国の次の王として動いていかなければならない。
「それに、そうなると君やスキャルと遊ぶ時間もなくなるかも」
「俺にとっては最高の吉報ですね」
「なんだと〜?」
「あ、冗談です。冗談」
と言ってから、数秒間をあけ二人揃って笑ってしまう。
ネクシスがカイリの付き人でなくなればこのやり取りももうできなくなる。
この時間が終わらぬ内にカイリは言った。
「・・・・・・あー。おもしろい。ねえ、ネクシス」
「なんですか?」
「最後のわたしのお願い、聴いてよ」
「いいですよ。なんでも」
「じゃあ―――」
と、カイリはネクシスの耳元に小さな声で『最後のお願い』を囁いた。
少し驚いたように目を見開き、しかし彼はすぐに答えた。
「・・・・・・はい。分かりました」
そう穏やかな返事が聞こえたと思ったら、次の瞬間ネクシスの姿も消えていた。
◆◆◆
イララは最初の中庭で目を覚ます。
過去に行ってしまう前のあの中庭で。
最初と変わらず天井から暖かな光が注がれ、地面いっぱいに咲き乱れた花々はそよそよと吹く小風で気持ちよさそうに揺れていた。
イララはぽつりと呟く。
「帰ってきちゃったんだ・・・・・・」
過去のフォール王国に行き、過去のお祖母様に会ってしまった。この一ヶ月はあり得ないことの連続だった。
でも、帰ってこられた。
だからここからは私自身が向き合わなければならない。
私が過去に行ってからどれだけの時が経ってしまったのかは分からない。だけど、お父様やヒュルトに会いに行かなければ。
家族に会ってちゃんと謝らなければ。
そして、私はこれからもフォール王国の王女としてここで生きていく。
―――私には私の居場所がある。
「・・・・・・よしっ」
両耳に着けられたピアスに触れ、ぐっと足に力を入れる。
気合を入れてイララが立ち上がろうしたその時。
「―――イララ様」
後ろで青年が私の名を呼んだ。
姿は見ていないのに、誰なのかは分かった。初めての時は分からなかったことが今は分かった。
イララは振り向いて黒髪の青年を見た。
そして青年は王女をそっと抱いて、彼女の名をもう一度呼ぶ。
「イララ様」
「・・・・・・なに? ネクシス」
「・・・・・・あなたが死ぬまで、俺をあなたのお側にいさせてください」
「・・・・・・・・・・・・」
「このお願いは・・・・・・嫌ですか?」
青年は切なそうにイララに問う。
抱き合うイララには、彼の強く速く打たれる心臓の鼓動が伝わってきた。
イララは青年に身を委ねて言った。
「ううん。もちろんいいよ」
「・・・・・・ありがとうございます。イララ様」
こうして時を超えた王女の物語は終わった。
―――その五年後、フォール王国は先王が退くとともに新たな王が王位に就いた。
それは先々代の王カイリ・ユウ・フォールにも負けぬ劣らぬ女王で、その婿はと言うと民の前には一度も出ず陰から生涯女王を支えた。
五年前、フォール王女とグロリア王子との婚約は白紙になっていた。
しかし。
なんでもその婿は黒髪だったとか・・・・・・。
【おわり】
時を超えた王女の恋人 03 @482784
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