第27話 戦いは終わる

「かつてはこの大陸でも魔力はどこにでもある普通の力だったんですよ」


 そう言うのはグロリア宰相・・・・・・のはずのレンラント・ガイズ。

 彼に寄り添うように宙に浮かぶ黒い水晶は、絶えず闇光を放ち続けていた。


「ワタシは、この時を待っていた。宰相という肩書きから脱する・・・・・・この時を」


 剣に手をかけるネクシスは、疲れが見受けられる声で訊く。


「・・・・・・あなたは王家に忠誠を誓ってたんじゃなかったのか?」

「ふっ、もちろん誓ってました。でも、もうその頃の王家は無くなった。だからワタシは宰相ではない」

「俺を王にしようとしていたのは?」

「それは宰相としての最後の仕事をしたまで。仕事は、最後までやらないと満足できないタチでして」

「・・・・・・・・・・・・」


 ならばさっきまでの彼は偽物だったのか。

 グロリア宰相として、つい数分前までは正義感と責任感に溢れていた。急変したレンラントはまるでその欠片もない。


 どす黒い光を放ち続ける水晶を臆さず、カイリが言った。


「なら宰相レンラント・ガイズは、今までのはすべて演技ってことかな?」

「演技ではないですよ。そうですね・・・・・・どちらも本物、ワタシです」

「二重人格のようで二重人格じゃない、演技のようで演技じゃない。それって何なの?」

「そんなこと、知りませんよ。・・・・・・いえ、そういえば」


 レンラントは今思いついたかのように言う。


「そうです。ワタシ、他にも肩書きはあったんですよ」


 地下牢の入口の近くですでに死んでいるガネク伯爵を見やる。


「諜報員に、暗殺者。そのワタシはガネク伯爵の下で働いてましたね」

「・・・・・・・・・・・・」

「それで、まぁ、言っちゃいますが。ガネク伯爵にネクシス様という存在をバラしたのも、その母上の居場所をバラしたのもワタシです」


 と、自慢げに言った。

 驚きのあまりネクシスたちは誰も言葉が出てこなかった。


 まるで意味が分からないのだ。彼はネクシス・ショウルを、グロリアの王座に就かせるためにフォール王国に来たと言っていた。

 それなのにわざわざ伯爵にネクシスの存在をバラし、さらには公爵夫人の療養地も密告した。彼の言い分に則って考えてやるにしても、その時はまだ宰相だったはずだ。


 言っていることと真逆で、行動が奇怪すぎる。まだガネク伯爵の方が理にかなっていた。

 だが、一つだけ理解できたこともある。


「・・・・・・つまり、母が人質に攫われたのはお前の差し金だったということか」

「そうなるかもしれませんねぇ」


 驚きと、理解できないことだらけで頭の整理が追いつかなかった。ネクシスは王城を出る前のことを思い返す。

 あのとき、グロリアからレンラントが謁見に来ていた。謁見が終わると、ネクシスはレンラントと二人きりになる時間があった。

 思い返せば、そのときたしかに母の療養地を彼に話してしまっていた。


「・・・・・・客間へ案内した、あのときか」

「はは、あのとき・・・・・・ワタシは密偵でしたからね。本当にペラペラと話してくれて、都合がよかったです」

「・・・・・・・・・・・・」


 あのときは彼が何者かを知らなかったとはいえ、自分で母の居場所を明かしてしまっていたということになる。

 母が人質として目を付けられた原因の一端は少なからず自分にもあったのだ。

 

 地下牢獄の劣悪な環境に母を閉じ込めてしまった。ただでさえ身体が強くないのに。

 まだかろうじて息はしているが、もしかしたらこれでさらに寿命が縮まったかもしれない。

 自分がそうさせてしまった。そう思うと自分にすら怒りの念が湧いてきた。


「俺が・・・・・・あの人を・・・・・・?」


 と、呟いたところでイララがネクシスの手を握った。

 そして力が入り過ぎた手を、糸をほどくようにして自分の手をつなげる。

 再びピアスは煌々とした光を放ち始める。それを着けたイララは堂々と闇光に立ち向かう。


「それで、あなたは何がしたいの・・・・・・?」

「・・・・・・何、とは?」

「グロリア宰相を辞めて、その上ネクシスや彼の大切な人を危険に晒して、結局それはなんの意味があったの?」

「・・・・・・ふっ」


 彼はせせら笑いをしてから感極まった表情になり、


「今のワタシは、この国の民たちを殺したい。今までの茶番はそのためです」


 と呟いた。

 そこにはなんの偽りも、演技もない。

 グロリア宰相レンラント・ガイズの本心がグロリア王家を守護することだったのならば、今の狂人レンラント・ガイズはそれが本心なのだろう。

 今までの事件を愉しみ、これから起こそうとしている民の殺害すらも愉しもうとしている。


 するとレンラントの胸ほどの高さで浮かぶ水晶は闇光を放つのを止めた。変わりに数秒前まで放ち続けていた光を一気に収束させていく。

 地下牢獄を埋め尽くすほどに広がっていた闇光は、赤子の手のひらの大きさもない黒水晶に吸い込まれていく。

 

 その様子を見ていたカイリは声を震わせる。


「ちょっと、あれまずくない? 絶対なにか悪いことが起きるよ」

「スキャル、何が起きるか知っていますか?」

「いいえ、ネクシスちゃん。あんな禍々しいの見たこと無いし、知ってもいないわ」


 魔力を研究しているスキャルでも初見だった。

 しかし黙っていたら確実に何か恐ろしいことが起きる。あの黒い水晶は目視しただけでそう思わせてしまう強大な雰囲気が漂っている。

 しかも、イララとカイリが着けているピアスに下げられたアロス水晶と似たような『魔力』。個体としては別物だが、種類は同じの可能性が高い。

 アロス水晶の魔力の規模を鑑みるに、あの水晶の規模だって計り知れない。


 近付いたら何が起こるかも解らない。

 近づくにも近づけず王女たちが立ち尽くしていると、うっとりとした顔でレンラントがその水晶に手を添えた。


「あぁ、美しい。美しい美しい。本当に美しい『魔力』・・・・・・。この水晶を拾ってから私はワタシになった」


 彼の瞳に生気はない。

 宰相だったときの光は瞳に残っていない。

 虚ろな瞳で彼は独り言をぶつぶつと呟く。


 ―――宰相になってから私は王家の資料庫である文献を見つけました。

 まだこの大陸に『魔力』が公に知られ、誰もがその恩恵を受けていた時の文献です。

 魔力は人々の日常生活や魔物を狩るためによく用いられていたそうですよ。火や水、特定の物質を発現させる『魔法』と呼ばれる力に変換されてね。

 それがワタシが初めて『魔力』を知った運命的な出会い。


 それからもワタシは『魔力』をきっかけに様々な文献に手を出しました。

 『マオウ』とか『ユウシャ』、『ボウケンシャ』だとか『ダンジョン』。意味が解らない言葉もありましたが、それらの文献をワタシはすべて読んだんです。

 それで・・・・・・ワタシは思いました。

 もったいない、と。


 え? だってもったいないじゃないですか。

 こんな人知を超えた素晴らしい力。その力を使うには、文献に書いてあることはあまりにも不釣り合いですよ。

 もっと愉しいことに使えば良いのに。


「―――そんなことを思っていた時、ある街の商人がワタシにこの水晶を譲ってくれたんです」

 

 誰が聞いてるでもないレンラントの呟きは止まらない。


「売れ残りだったようでしたが、ワタシはそれを持ち帰って調べました。そしたら・・・・・・こんなにも素晴らしい魔力を宿す水晶だった! ワタシは幸運です。あの素晴らしい力を自由に使えるようになったんだから・・・・・・!」


 彼の呟きが止まると、水晶がついに全ての光をその内に吸収してしまう。


「これは、『死魔法』。文献で呼んだ中でも『マオウ』が使っていたとされる魔法です。ワタシ自身を媒体にして、あなた達、それにこの国全ての民を殺す『魔法』だ!!!!!!」


 そう言われ、カイリたちの体は本能的に動いた。


「・・・・・・あの男が言ってることが嘘じゃなかったら、・・・・・・ほんとにヤバいね。スキャル、なんとかする方法はないの!!?」

「・・・・・・ぐ、なんとかって言われても。もう一度イララちゃんがアロス水晶の魔力を発動させるしかないわよ」

「イララ様、もう一度できますか?」


 全員がイララを見る。

 だがイララは何となく自分で勘付いていることがあった。

 次にもう一度水晶の力を使ったら、アロス水晶の魔力はたぶん枯れ果てる。これだけ強大な力を抑えつけるには、また強大な力で立ち向かわなければならないのだ。

 もし私の勘が本当の事なら、私は未来へ帰れなくなる。


 ―――だが。

 迷っている暇はない。

 それに、私には迷う余地など最初から無かった。


「・・・・・・なんとか、やってみます」


 レンラントは両腕を広げ、叫んだ。


「さぁ! 水晶よ、ワタシの中に入りなさい!」


 黒が黒で染まり、どす黒いとも言えなくなってしまった、禍々しい水晶はその叫びに応じる。

 闇光がかすかに飛び出したかと思うと、水晶は凄まじい速度で彼の心臓に飛び込んだ。それは大きさにして心臓の半分もない。

 しかし、レンラントは耐えきれず絶叫した。


「があぁ、が、カ、カッ、がああああああぁァァァ」


 後方に大きくのけ反り、絶叫をする。

 レンラントは心臓に水晶が入った時点で絶命している。だが、体はまだ生きている。

 徐々に体が侵食されていく。絶叫は彼の声が枯れるまで途絶えることはなかった。

 

 絶叫が止まった瞬間、灰が崩れるように彼はボロボロと崩れ落ちた。

 残ったのはどす黒い水晶だけだった。


 ―――今・・・・・・!


 相対するイララの水晶が煌々とした光を放つ。

 温かな光は、やがて人々を導く光へ。眩い光は黄金の光から銀の光に変化していく。

 その光は黒水晶の闇光を包み込み、それ以上の拡がりを阻止しようと抑えつける。


 銀の光と、黒の光が一つ空間の中で激しくせめぎ合う。二つの光がぶつかるところはお互いを相殺しているのか、純白の光がプツプツと弾けていた。


「・・・・・・イララ、頑張って」


 どちらの光が押し勝つか、結果が見えない中、誰かの声が聞こえた。


『―――どうです? 美しくありませんか?』

「・・・・・・・・・・・・」


 カイリでもない、ネクシスでもない、スキャルでもない、牢に囚われていた人間でもない。

 しかし自分の願いをぶつけ合うイララには声の主が誰なのか分かったような気がした。


「・・・・・・うん。そうだね。たしかに、きれい」


 呟き、イララはいっそうの感情を魔力に乗せた。

 二つの光の均衡は、糸が切れたように崩れ、銀の光は少しずつ黒の光を圧し潰していった。


 


 


 


 


 



 

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