第25話 侵入

 フォール王国から三つの山を超えた先にあるグロリアへの道のりは、予想よりも遥かに長く、険しいものだった。

 第二陣の兵士たちに紛れて国を出て、二日歩いてグロリア王城に着いた。


 城都に人の気配はなく、第一陣の兵士たちの猛勢な叫び声だけが先方から聴こえてくる。

 第一陣が王城の攻撃を開始した。

 二陣の兵士は枝分かれした街の道を小隊に分かれ王城を取り囲むように散っていく。


「わたしたちも行こうか」


 カイリは普段机作業をしている人間とは思えないほど軽やかな動きで先導していく。

 複雑に入り組んだ道も一瞬の迷いなく先導し、確実に王城へ近付いて行っていた。民家の隙間から見える王城はだんだんと大きくなっていく。

 

 戦いが起きている大通りを避け、誰もいない住宅街を大回りで抜けていく。

 息が荒くなり、体力がまともについてないイララがダウンしそうになった時。


「・・・・・・止まって」


 前を向きながら片手を後ろに回してカイリは仲間を静止させた。


 王城の裏側、ここでは戦闘は起きていなかった。というか兵士すらいないし、警備も手薄だ。

 もう敵方も王城全体に警備を張り巡らせるだけの兵士がいないのだろう。


 だが、念には念をカイリは止まって門の前を確認する。


「兵士さんたちは・・・・・・よし、いないね」


 そのまま三人は無人の王城門をくぐり抜け、王城内に侵入した。

 王城正面門付近で続く荒々しい戦闘音が遠く聞こえる中、裏門に最も近い大階段からさらに地下へと降りていく。

 目指す場所は地下牢獄。

 人質ならまずそこに囚われている可能性が高い。

 

 グロリア王城の内部構造が記された地図は、フォール王国を出る前にお祖母様が国王から入手していた。

 地下牢獄までの道はその地図を見ながらになる。

 しかし、その地図も三十年ほど前にグロリアから渡ったもので、今のグロリア王城とどこまで構造が合致しているか定かではない。

 ここ三十年の間にグロリア王城に大改築が入っていれば、地下牢獄への進行はより困難になる。

 王城に侵入した後はそれが一番の悩みの種だったが。


 結局それは杞憂に終わった。

 グロリア王城の内部地図はほとんど実際の構造と一致していた。

 フォール王城ほどではないにせよ、それなりに複雑な構造のグロリア王城内も問題なく進んでいき、ついにイララたちは地下牢獄に着いた。

 

 地下牢獄は外からの光がほとんど入らず、三人はランタンの光を頼りに人質が囚われている牢を探す。

 鉄格子で仕切られた牢は入口から目視できる範囲でも多く、光で照らされていないさらに奥の方にも存在するとしたらかなりの数があった。

 どの部屋に人質が囚われているのか一部屋ずつ確認しなければいけないのかとも思ったが、人質が囚われている部屋はすぐに割り当てることができた。


 一瞬足踏みを止めて、よく耳を凝らしてみる。

 この数年、事件という事件が起きていなかった平和なグロリアの地下牢獄にはフォール王国の人質以外誰一人として囚われていないはずだ。

 よく耳を凝らして音を聴けば・・・・・・。


「―――人質は左側の奥辺りですね」

 

 明らかに人の呼吸音と思われる音が聴こえてきた。

 大体の位置が掴め、イララたちは人質が囚われている牢を発見する。


「ネクシス・・・・・・!」


 イララが名を呼ぶと牢の中に居た一人の青年が目を開けた。


「あなた方は、誰ですか・・・・・・?」


 助けに来たのにそう問われてしまったイララはすぐにその理由に気付き、深く被った外套を脱いだ。

 すると青年は驚愕の顔で王女を名を呼ぶ。


「イララ様!? なぜここに・・・・・・」

「そんなこと後でいいから。早くここを出て!」


 驚きが抜けきれない青年は、イララの隣の女が同じく外套を脱ぐと、何かを察したように「はあぁ」と深くため息をつき立ち上がった。


「助けに来てくれてありがとうございます。でもカイリ様は後で覚悟しておいてくださいよ」

「え〜、わたし?」

「そうです。こんな危険なところに護衛もつけないで来るなんて、反省してください」

「はいは〜い」


 とカイリはふざけた返事をする。

 だが、ここへ来たのは私も賛同してのことだ。なにも完全なるお祖母様の独断ではない。そこは帰ったらお祖母様の名誉ためにもしっかりと弁解しなければ、とイララは思う。


 カイリが真面目な態度に戻ってから指示した。


「じゃあここから早く逃げよう。お願いスキャル」

「えぇ。任せときなさい」


 スキャルは自信満々に相槌を打つ。

 そういえば、牢の鍵のことをすっかり忘れていたが、お祖母様たちはそのことは考慮していたようだ。

 スキャルが取り出したのは細い金属棒。

 それこそちょうど鍵穴に入りそうなサイズで、先端が丸く膨らんでいた。


「それをどうするんですか・・・・・・?」


 鉄格子の向こう側にいるネクシスが訊くと、スキャルはその棒を鍵穴に挿し込む。そして一秒足らずで。

 ―――ボンッ

 小さな爆発音が鍵穴から飛び出た。


「えっ? なにやって・・・・・・」

「安心なさい。これは燃石の『魔力』を抽出したものを爆発させただけよ。多分これで鍵穴の施錠ごと壊れてるはず」

「あなたそんなもの持ってたんですか」

「当然よ。一応、魔力研究者だもの」


 彼がこんな物騒なものを隠していたことが驚きだが、今は感心している場合ではない。

 ネクシスが牢の扉を開け、外に出る。

 そこで、牢には彼と人質と思われる女性の他にも四人囚われていたことが分かった。

 四人のうち、まだ動けそうな男がこちらに気づいて立った。


「助けが・・・・・・来たんですか!?」


 カイリが首を傾げてネクシスに訊く。


「この人はだれ?」

「グロリアの宰相です。俺と一緒にグロリアに戻っていた・・・・・・」

「グロリアの宰相・・・・・・!?」

「レンラント・ガイズと申します。詳しい事はおいおい話すので、とにかくこの方達を連れて早く出ましょう」


 早口でレンラントは言った。

 「この方達」は後ろの衰弱して動かない人間の事を言っているのだろう。たしかにまだ息をしている。

 攫われた人質は一人と聞いているが、生きている人がいるなら極力助けたい。

 イララたちは手分けして運び出そうとする。


 しかし―――


「おやおや、困りますなぁ。フォール王国の使者殿。そこに入っていたのは処刑予定の罪人なのですが」


 地下牢獄の入口からしわがれた声が送られた。


「・・・・・・・・・・・・!」

「ランドグオル・ガネク、気付かれたのか・・・・・・」


 先頭に赤褐色の短髪の男がコッコッと歩いて来る。その背後には数え切れないほどの兵士がついている。

 ネクシスとレンラントの反応からして、敵であるのは理解できた。だがそれなら。

 正面門の戦いはまだ終わっていないはず。

 なぜこれだけの兵士がこっちに来ているのか。


 その疑問に答えるように赤褐色の男は顔を歪める。


「いやぁ、まったく。地下牢獄に隠れて助けに来ると思っていましたよ。兵の数を調整しておいたのは正解でした」

「まさか、まだ兵が残って・・・・・・」

「やられたね・・・・・・まんまと」


 正面門で戦っている兵士の他にも、兵士が控えていたようだ。

 完全にこちらが相手の戦力を見誤っていた。

 

「どうやら情けは必要なかったようだ。処刑は、今ここで行う」

「「「・・・・・・・・・・・・!」」」


 まずい、こっちは衰弱した人質がいる。

 人三人を抱えてこの数の兵士を振り切るのは不可能だ。

 それに入口が兵士で塞がれ、逃げ場もない。

 

 だがガネク伯爵の手は振り下ろされた。

 その合図で、後ろの兵士が凄まじい速さで動き出し、突撃してくる。

 ネクシスは即座に剣を引き抜き、叫ぶ。


「全員牢の中へ!!!」

 

 考えている余裕はなく、ネクシス以外の全員が牢の中に入る。

 廊下と牢屋を仕切るものは鉄格子と心もとない壁だが、少しの間なら人間の侵入を阻むことはできる。

 なのにネクシスは一人で敵がいる正面を向いた。

 

 突撃してくる兵士たちとネクシスの距離は一瞬で埋まっていく。

 剣を抜いた彼は一体どうしようと言うのか。一人であの量と戦うのはあまりにも無謀だ。


 けれど、ネクシスは構える。

 引き抜いた剣を腰ほどの高さに合わせ、後方にもっていく。余計な力は抜き、彼は最高の間合いまで敵が来るのを待った。

 

 ―――ビッ

 それは一瞬のことだった。

 鈍い音が一瞬で現れ、消えていく。

 ネクシスが繰り出したのは、地下牢の廊下の横幅とほぼ同じの範囲を巻き込む横薙ぎ。

 間合いに入った兵士たちは鎧ごと腹を斬られ、上半身が不快な音とともに崩れ落ちた。

 

「・・・・・・・・・・・・はっ、はぁ」


 今の横薙ぎで殺した兵士の数は、十人弱。

 その約五倍の数の兵士がまだ伯爵の後ろに残っている。戦意を削ぐのには十分な数だが。

 

「・・・・・・怯むな。行け」


 ガネク伯爵は兵士の無惨な死体を見ても、歪んだ笑みが変わることはなかった。

 

「・・・・・・行けッッ!!!」


 地下牢獄に響き渡る声でもう一度合図がなされる。

 ネクシスは向かい討つべく腕を振るう。

 腕は重く鈍い。先刻の横薙ぎは一回で相当な負担がかかる一撃だった。一度見られたあの攻撃はもう通用しない。

 次からは正真正銘一度に五人の剣を受けなければいけない。


 自分は斬られようと構わない。

 だが後ろの牢の中の人にだけは手を出させない。

 俺を受け入れてくれた大切な人には、自分がどうなろうとも。


「・・・・・・・・・・・・はあッ!」


 一歩踏み出し、前方を塞ぐように縦斬り。キィィンと剣がぶつかり合い、それは五人の内一人の剣を留めるだけ。

 その間にも左右からそれぞれ四本の剣が同時に自身の致命箇所目掛けてやってくる。全身の力を右手に集め、瞬時に回転斬り。敵の剣が一斉に宙を舞う。

 しかし敵は怯まずそのまま体当たり。五人の体当たりに押し負けたネクシスは体勢を崩す。


「・・・・・・ぐっ」


 彼の背中が石造りの床につく。

 体当たりで転倒した傭兵たちはそのままネクシスを抑えつけ、言った。


「アンタは強え。だから後回しだ」

「・・・・・・・・・・・・っ!」

「残りの野郎ども! 牢の中を始末しろ!」


 抑えつけられたネクシスの横を次々と兵士が抜けていき、牢の中に入られる。

 剣が振り上げられ、最初に斬られるのは。


「・・・・・・母上!」


 ネクシスがそう叫んだ。

 彼にとってとても大切な人なのだろう。

 だからイララは動いた、剣が振り下ろされる。


 ―――ザッ


 次の瞬間、鋭い剣斬を受け止めたのは小さい王女の背中だった。






 

 

 

 



 


 


 



 




 



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