第24話 それぞれの想い
部屋の沈黙はすぐに破られる。
王城に帰還してすぐ国王との話し合いをしに王の間に行ったカイリが戻ってきた。
カイリは焦りや動揺の一つも見せず話を進める。
それは、グロリア王城を取り戻し、人質を救けるための国王の策や、もう一つ彼女なりのやり方。
半日前ネクシスがグロリアに向かい王城を出てからフォール王は着々とグロリア王城を攻める準備をしていた。
国王が指揮する策はネクシスとグロリア宰相の意思も組み込まれている。
突発的に練った策であり、もうその内容を変更することは出来ない。それを承知の上で策の全容を国王はカイリに話した。
グロリア王城を遅延性の二重で攻める。
それが国王たちの策だった。
第一陣に戦力の約八割を投入し、敵勢力の軍を崩す。第二陣で戦力の残り二割をあて、人質の救出に加えて内部の制圧を完全なものにする。
グロリア王城を落とす際、既に多少なりとも削れているであろう敵方を倒すのには申し分ない策だった。
もはやゆうゆうと考ている時間はなく、カイリもそれに賛同した。
「―――あくまで、表向きだけどね」
「・・・・・・どういう意味?」
どこか含みのある言い方、カイリはイララとスキャルを前に地図を広げた。
「わたしは、隠れながら第三の勢力としてここからネクシスを助けに行くつもり」
彼女がトンっと指を乗せたのは第二陣がグロリア王城まで進行するルートだった。
第二陣の兵士に紛れて行くという意味なのだろうか。
「・・・・・・詳しく説明してもらっても?」
あくまでも表向きの賛同で彼女は国王との話し合いを終わらせてきた。
この策はおそらくお祖母様の独断で決めたもので、ここからはお祖母様のやり方だ。お祖母様は自分のやり方でネクシスたちを救けるつもりなのだ。
戦事に王女が執拗に介入し、ましてや戦場に赴こうとしている。お祖母様のその瞳はいつもと変わらず、それでいて自分も奮い立たせられる。
「軍勢の重みはもちろんこっちが上だよ。でもあっちは王城に籠もってる。一筋縄じゃいかないし、まず乱戦になるのは間違いない」
「・・・・・・」
それにグロリアにはグロリアの民も居る。
罪のない人々を巻き込むのは本意ではない。よって敵方を城都に引きずり出しての戦も却下だが。
「それが第三勢力を作ることとなんの関係が?」
王城に立て籠もられようが、乱戦になろうが、数的なこちらの有利は変わらないのだ。お祖母様が気にしているのは数的な有利不利ではないだろう。
「国王様の策はあくまで王城の中にいる敵さんを落とすだけなら、の話でさ~。わたしは囚われてる人質のほうが怪しいと思ってんだよねえ」
「どういうこと? ネクシスちゃんたちのことかしら?」
「そう。もし混乱に乗じて殺されちゃったら困るでしょー」
「・・・・・・・・・・・・」
イララはそれでなんとなくカイリの言いたいことは解った。
「・・・・・・なら第三勢力は人質の救出特化で動くってことですか」
「そういうこと〜。正直わたしは敵さんの拘束なんて興味ないから」
第一陣、第二陣の役割が攻めならば、第三は人質の安全確保に振り切った役割ということだ。人質を確実に助けに行く、それがお祖母様のやり方だったみたいだ。
「・・・・・・はぁー、なるほどね。カイリちゃんらしいわぁ・・・・・・けど、国王様に言わないと危なくないかしら」
救出と言っても、最初は必ず攻めが主軸になる。ともなれば国王が指揮をとる第一陣、第二陣と連携をとらないメリットがまるで無い。
スキャルの指摘通り、連携をとった方が確実に救出に向かえるのは目に見えていた。
カイリは少しの時間表情が硬直し、それから目を逸らして言う。
「うーん。敵を欺くには、まず味方からって言うじゃん?」
「・・・・・・・・・・・・」
「カイリちゃん・・・・・・。言うの忘れたのね・・・・・・」
二人が呆れたようにカイリを見ると、彼女は目をうるうるとさせた。
「だって国王様自分だけ話したらすぐポイなんだもん! 話せる時間無いんだよ!」
「・・・・・・まあ今は時間ありませんしね」
本当ならこんなことを話している時間も惜しい状況だ。
それなら仕方ない・・・・・・のか。
と思いつつイララは聞いた。
「いつ軍はグロリアに向かうんですか?」
「このあとすぐ」
「すぐって、具体的には?」
「・・・・・・多分一時間後」
早い。・・・・・・いや、一刻を争うこの状況では妥当と言えるだろうか。
一時間後というのは個人的な用事での外出なら長いが、一国の軍を出発させるにはむしろ少し短いとも言えるかもしれない。
なぜ私がそんなことを聞いたのか、お祖母様は察したようだ。
「行きたいの? わたしと一緒に」
「はい」
王女であるイララは戦場には行かない。それが普通のことで当たり前のこと。
自分でもこんなことおかしいと思っている。戦闘慣れしていない、体力もない、小娘が戦場に赴くのは自殺行為にも等しい。
「一応聞くけど・・・・・・死にたいわけではないんだよね?」
「もちろん」
「・・・・・・まあねぇ。その覚悟はいいけど、駄目だよ」
「・・・・・・!」
こんな状況でなぜ、とは問うまい。
単純に私は足手まといなのだ。だけど。
「お願いです。一緒に行かせてください」
「駄目」
「お願いします」
「駄目」
「お祖母様、お願いします」
「・・・・・・行きたい理由は?」
そんなの決まっている。
ネクシスに、人質になってしまった人を助けるためだ。それに。
「私は過去に来てから何も変われていないんです」
「・・・・・・そんなこと無いと思うけど?」
「いえ、変われてません」
過去に来てから、王城の外に出たり、城都に行ったりこれまでできなかったことは沢山してきた。
だがそれでも私にはまだ足りない。何か足りなかった。
その一つが今分かったのだ。
「私は自分で選択したい。誰かが選択した道ではなく」
「・・・・・・・・・・・・」
「私は自分で選んで生きていきたいんです」
「・・・・・・ネクシスを助けに行くことは、君の選択?」
そう問われ、イララは迷いなく頷く。
「私の選択です」
「そっかぁ・・・・・・・・・・・・」
お祖母様は諦めたようにそう呟いてから、折れてくれた。
「わかったよ。なら、一緒に行こう」
「ありがとうございます!」
イララの顔がパァッと輝き、すると同じくして向かい側の男も一緒に行く宣言をする。
「カイリちゃん、アタシは?」
「あー、君はどうせイララが行くんだから、来るんでしょ。わたしは止めないよ」
「ふふ、分かってるじゃない」
しかし、気を抜いてはいけない。
どんなに心強い人が傍にいようとこれから私たちが赴くのは戦場だ。
何があるかはまだ分からない。
命に関わる危険が身を襲ってくるかもしれない。それでも私はこの選択に迷いや後悔は無かった。臆さずに、私が過去に来た意味はきっとここにある。
「じゃあ、ネクシスを助けに行こう」
◆◇◆
グロリア王城の牢獄は城の地下にある。
ネクシスは傭兵たちに連れていかれた時、瞬時に王城の出口までのルートを構想していた。
グロリア王城の内部構造は見た目ほどフォール王城より複雑ではなく、フォール王城に慣れた彼からしたら記憶することは容易かった。
牢獄の床や壁はところどころひび割れていたり、苔が表面を食い破っていたりとかなり古びた石造りだった。
これから入る自分たちが、本物の罪人だったなら大層お似合いの粗末さだったろう。
まともに光が入らず暗い牢獄に着くと、鉄格子で仕切られた牢には四人の先客がそれぞれ固まっていた。
それは先刻あの伯爵が言っていた、五日後に処刑予定とされる人物たちだ。
顔を両膝に埋め、まるで生気が感じ取れない男。
その横には同じく弱って虚ろな目をした女、その女が抱く小さな子どもはガタガタと震えていた。
そして・・・・・・牢の隅にはコホコホと絶えず咳をする女性が硬い床に座っていた。
「母上・・・・・・」
無意識にネクシスはその女性を呼んだ。
少しやつれたような気もするが、忘れもしない、幼い頃はほぼ毎日顔を合わせていたあの人。
本当にもう二度と会うとは思っていなかった母がそこにいた。
傭兵が牢の鍵を厳重に閉めてしまい、もう自力では出られなくなるまで、青年の瞳は母の姿だけを映していた。
しばらく他の全ての思考が断たれ、青年は立ち尽くしてしまった。数秒後レンラントに肩を叩かれようやく彼は我に返る。
「ネクシス様・・・・・・大丈夫ですか?」
「あ・・・・・・すみません。問題ありません」
レンラントもグロリアの宰相だけあってか、ネクシスが立ち尽くしてしまった理由は理解した。
光が入らず視界が悪い中でも判る、青年と同じく芯まで純黒に染まった黒髪に、性別が違えど似かよった顔立ち。
彼女がショウル公爵家の夫人で、ネクシスの母なのだ。
しかし、誰もこちらを見向きもしない。
助けが来る希望を持っていないというわけではないだろう。
ただ彼女らはその希望を意識することができないほどに衰弱していた。
「酷い。こんなところに長時間置き去りとは・・・・・・」
「・・・・・・あそこにいるのが現王夫妻に御子ですか」
ネクシスが固まって動かない現王に視線を送ると、レンラントはすぐに介抱しにかけ寄る。
「・・・・・・・・・・・・」
こんな状況になってしまったが、自分も覚悟を決めて母と面と向かわなければいけない。
ネクシスは母の側へ歩いていく。
母と自然が合う。
――すると。
「・・・・・・あ、・・・・・・ぁ・・・」
母は掠れた声で必死に何かを言おうとする。
しかし、声が出ないようだった。
この暗い牢獄に来てから水もろくに飲んでいないのだろう。そんな状態で絶えず咳が止まらなければ声が枯れていても無理はない。
「・・・・・・・・・・・・っ」
母のようすに青年は涙を抑えて首を横にふる。
「今は話さなくていいです。国に帰ったとき、ゆっくり話しましょう?」
母は在りし日の微笑みで返した。
彼女にはそれが精一杯なのだ。
だが、その微笑みを受け取ることができた。それだけで青年には十分だった。
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