第23話 相容れない者

 茜色がステンドグラスに映り、ある種教会めいた内装の大広間には反王家派貴族が多数集まっていた。

 その数は二十人ほど。

 巨大な扉から最奥までの道を作るように集団は縦に割れ、その両側に貴族が固まる。最奥にいる人物は赤褐色の短髪の男。

 男は歪んだ笑みでこちらを見ていた。

 ネクシスとレンラントが立ち止まると「待っていたよ」と二人に向かって近づいてくる。


「・・・・・・」


 ネクシスは警戒し腰に下げた長剣に手をかける。


 最奥から近づいてくる男に、この大広間に集まった人物は武装していない。大方、俺たちが剣を抜いても即殺せるように傭兵たちがどこかに隠れているのだろう。

 そうなったら俺たちの方が分が悪い。この剣、今すぐ抜きたいのは山々だがそれは得策ではない。


 男は何も言わず、ただ笑みを浮かべて近づいてくる。


「彼は・・・・・・・・・・・・」


 レンラントが男を見て呟く。

 彼は宰相だけあり、あの男を知っているのだろうか。ネクシスはここにいる貴族のほとんどの顔に見覚えは無かった。

 それもそのはず、ネクシスはグロリア王家の血を引いているのにこれまで一度もグロリアと関わってこなったのだ。


 だがこれだけは言える。

 こいつらが今回の件の全ての元凶であり、母を攫った外道共。俺はこいつらを絶対に許せそうにない。


 ネクシスは抜けないと分かっていながら柄を握る手に一層力を込めた。

 ―――キリと金属が擦れる音が微弱に鳴り、しかしネクシスは抜かない。

 今は感情的になってはいけない。怒りを抑えろ。


「・・・・・・・・・・・・」


 レンラントが赤褐色の男の歩みが止まるのを待ってから口を切った。


「あなたは、ランドグオル・ガネク伯爵ですね?」


 やはりネクシスには聞き覚えが無かった。

 レンラントのその問いに、男はぬるりとした動作の敬礼で応えた。


「・・・・・・お目にかかれて光栄です。レンラント・ガイズ宰相、それにネクシス・ショウル殿下」


 ゆっくりと顔を持ち上げる。

 まるでこちらを警戒しようともしない。その顔にはただ歪んだ笑みが張り付いているだけ。


「・・・・・・俺はまだ殿下と呼ばれる筋合いはないな」


 ネクシスが冷ややかな視線を注ぐと、男は一瞬驚いたように目を大きくしてから笑った。


「ハハハハッ。たしかに。たしかにそうですな。これは失礼」

「・・・・・・・・・・・・」

「しかし貴方はグロリアの新たな王になりに来た。この私達を止めるために。違いますかな?」


 まったくもって男の言うとおりだ。

 やはり彼らは自分がグロリア王家の血を引いていることを知っていたらしい。


「で、お前らはその俺を殺すためにこうして待っていたのか」

「そうですよ。まあ、今すぐ殺すのでは芸がないので、まだ殺しませんが」

「・・・・・・芸がない? 公爵夫人を攫っておいてよく言うな」

 

 ネクシスは語気を張り上げ、ガネク伯爵を睨みつける。

 だが伯爵は軽薄な口ぶりで青年を侮辱する。


「いいですねぇ。親子の愛ですか」

「いいと思うんだったら夫人を返せ」

「それは、無理な話だ。・・・・・・私はこれから、貴方もろとも貴方の愛する人を殺すつもりなのだから」


 ガネク伯爵の口元がさらに大きくつり上がり、彼は青年を指差す。その指差す先は青年の頭部、青年がもつ黒髪。


「私は既に、愛した人をグロリア王家のせいで失っている。その屈辱を、貴方含めグロリア王家の人間にお返しするんです」

「関係ない母まで巻き込んで、か?」

「関係無いわけがないでしょう。その忌々しい血が流れている人間全員、罪人だ」


 狂気に満ちた目だった。

 もうこの男は何が正しくて、何が間違っているのかを考えていない。自身が間違いだと思うものは、全て間違いなのだ。

 と、そこで我慢し切れずレンラントが一歩前に出る。


「それは、貴殿の勝手だろう! 関係ない人間を巻き込むのは止めろ!!!」


 しかし、男には欠片も伝わらない。

 男はレンラントを嘲笑うかのように返す。


「あぁ、いるんですよねぇ。宰相様のような偽善者。・・・・・・私の父もそうでしたよ、本っ当に反吐が出る」

「なっ、これは偽善ではないっ!」

「偽善ですよ、偽善。・・・・・・貴方は殺すつもりは無かったのですが」

「なに?」

「基本的に、私の目的はグロリア王家の人間を殺すことだけなので。それ以外の人間は殺したくないんですよ」


 よく回る口だ。あの男は、そんなこと塵ほども思っていないだろう。

 この城を落とすのに、軽く千人の王城兵が犠牲になっているというのに。

 

「でも仕方ありませんよね。我が目的を妨げる者もグロリア王家と同列・・・・・・。父も最後までグロリア王家を擁護していました」

「ガネク伯爵・・・・・・自分の父親まで殺したのか」


 レンラントがそう聞くと、狂気を閉じ込めた目を薄めて言った。


「王家の擁護をする老人には、領主たる資格はないのですよ。宰相様」

「・・・・・・・・・・・・」


 初めから、母を攫った外道との話し合いは相容れないと分かっていた。しかし分かっていたのに自分は理解していなかった。

 この男は自分に反する者全てが悪であるということ。そしてそれが、自身の父親をも殺害するほどに狂気に染まっていたということを。


 話せば話すほど俺の怒りは大きくなってゆく。

 もう話を聞きたくもない、と思ったとき、ガネク伯爵はさらに不快な事を口にした。


「ま、でもそうですね。偽善者には偽善者なりの、そして罪人には罪人なりの利用価値はあります。なのでネクシス様、一つよろしいでしょうか」

「・・・・・・・・・・・・」

「どうでしょう。ここは一つ我らの仲間になりませんか?」

「は・・・・・・・・・・・・」


 一瞬男の言った事が理解できなかった。


 ―――こんなやつらの仲間に・・・・・・だと。


 彼らの仲間になるということはフォール王国を裏切るということだ。

 フォール王国を裏切るのは、すなわちこれまで俺を認めてくれたフォール国王やカイリ様に、何よりイララ様を欺くも同義。


「そんなこと・・・・・・お前らなどの仲間になるわけ無いだろ!!!」


 ネクシスは声を荒げて断る。

 それにガネク伯爵はちっとも残念ではなさそうに、言った。


「それは残念。ですが有り難い、これで心置きなく貴方様やグロリア王家の人間を殺せる」


 そう言う男の口角はさらに鋭くつり上がってゆく。やがて眼下までシワが寄った男の顔は、悪魔のように醜く、恐ろしくなっていった。


「では、平和な歓談はここまでとしましょう。それと先に言っておきます。五日後、現王夫妻に、偽りの御子、そして貴方の母上を処刑します。今度は民たちの前で、芸があるように」

「貴様っ・・・・・・!」

「あぁ、安心してください。ネクシス様もしっかりと愛する母上の隣で殺してあげますから」


 ガネク伯爵はそう言ってから、手を上げた。

 すると先刻の傭兵たちが二人の背後からやって来て再びネクシスとレンラントを拘束した。

 そして「牢獄へ入れておけ」と掠れた声で傭兵に命令し、二人に向かって言った。


「貴方の母上も牢獄にいらっしゃいます。最後の五日間、ぜひ楽しんでください」



             ◆◆◆



 フォール王国南部に広がるユウリル砂漠、の手前の町。カイリの我が儘によってその町の宿で無駄に時間を浪費していたイララたちの元に一通の手紙が届いた。


 差出人はネクシス・ショウル。


 イララたちはその手紙の内容を見て、すぐにフォール王城へと帰還した。


 帰還するなりカイリは国王と話さなければならない用があると王の間へ行ってしまった。

 イララとスキャルは一度カイリの部屋に戻り、待機していた。


「・・・・・・ちょっと、落ち着いて。イララちゃん」


 スキャルが先刻からそわそわとして動きっぱなしのイララをなだめる。

 

「落ち着いていられないよ!」


 声をかけられたイララは真剣そうに言った。

 彼女をここまで動揺させるに至ったのは、宿を出る前に送られてきたネクシスからの手紙だ。

 その手紙に綴られていた内容は驚くべきものだった。


 グロリアで反王家派貴族によって反乱が起きた。


 それだけでなく、フォール王国のが人質として攫われ、その人を助け出すためにネクシスがグロリアに行ってしまった。


 手紙を読んだとき、イララはすぐにあの出来事が頭をよぎった。

 自身が産まれる数十年前に起きたと父から聞いた、あのグロリア反乱事件。それが今まさに起きたのだと思った。

 

 それにこの出来事はただの反乱ではない。

 グロリアでの反乱に一悶着がついたあと、ネクシス・ショウルが反王家派に協力する形でフォール王国を欺いた裏切り者だと発覚する出来事だ。


 だが、私は一ヶ月といえどこれまでネクシスを側で見てきた。その結論としてネクシスが裏切り者になる未来は想像できなかった。

 自分の仕事以外の時間は私たちとずっと一緒に居たが、彼は裏切るような素振りはしていなかった。彼は裏切り者ではない、この一ヶ月という期間でそう確信できた。


 ―――つまり、ここなのだ。

 ネクシスが裏切り者になるか、ならないか。その転換点がここだったのだ。


 ネクシスは半日前グロリアに向けて王城を出発している。もしかしたら既にグロリア王城に着いているかもしれない。

 だが彼が裏切り者になるタイミングがここなら、まだ彼を説得できるなら。ネクシスは裏切り者になどにはならないはずだ。


 私は一刻も早くネクシスと話がしたい。

 けれど一人ではグロリアに行くこともできない。そんなもどかしい現実が目の前に広がり、イララは落ち着けなくなっていた。


「・・・・・・こんな状況じゃ落ち着いていられないよ」


 王女は小声で呟く。

 身体が疼いて仕方がない。

 こんなときに何も出来ない自分が何よりも悔しくて、不安で胸の奥が痛い。

 

 しかしスキャルは強く言った。


「それでも、落ち着きなさい」


 そう言うと彼は椅子に座って続ける。


「アタシだってネクシスちゃんのことは心配よ。落ち着けないってのもそれだけあの子ことを想ってる証だもの」

「それならなんで・・・・・・」

「でも、こんなときだからこそ落ち着きなさい、平静を装ってでもね。アタシたちが今あの子のためにできることはこれしかないわ」

「・・・・・・・・・・・・」


 彼の言葉通りだった。目先のことだけに囚われるのはやめようと思っていたのに。

 イララは深く息を吐いてスキャルと向かい側の椅子に座る。

 イララが座ると雑音は消え、スキャルも今回の件は思うところがあるのだろう、何も言わず部屋は沈黙で包まれた。

 

 





 

 

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