第21話 最後の幕開け

 国王との謁見が済んだレンラントを連れ、ネクシスは客間への廊下を歩いていた。


 歩きながら思うのは一度も見たことがないグロリアの景色。

 まさか、一時的にとは言え自分がグロリアの国王になろうとは。こんな状況でなければ考えもしなかった。


 フォール王国で産まれ、育った俺はグロリアの姿を見たことがなかった。グロリアの王女であった母もその一切を語ろうとはしなかった。

 たぶん母は意図的に話していなかったんだと思う。その話が嫌いなのか、面白くないからなのか、理由は分からないがとにかく俺は母の口からグロリアの事は聞いたことが無かった。


 だからだ。グロリア王家の後継ぎだとか、国内の情勢だとかにまったく興味関心が持てなかったのは。

 母は俺がグロリアの国王になると言ったら、どんな顔をするだろう。

 驚いた顔? それとも嫌な顔?

 そう考えてみるが、薄っすらとしか母の顔が思い出せない。離れていた時間が長すぎたのだ。


「・・・・・・」


 そう内心で考えている内にもネクシスの足は進む。その後をレンラントは、静かに音もなくついて行く。


 王の間を出てからお互い何も話さない時間が続いていた。自分はグロリアの事を、表向きでなら知っているが、実際の政治に関しては何も知らない。

 王になればそのような事も知っていかなければならないものの、どこから切り出せばよいのか、会話のきっかけを掴みあぐねていた。


 すると後ろをついて来るグロリアの宰相は意外な事を訊いた。


「・・・・・・ショウル公爵や公爵夫人は今どちらに?」


 何を訊いてきたかと思えば彼はよりにもよって両親のことを訊いてきた。

 自分個人としては基本的に他人に自分の家族のことは話したくないのだが。話を切り出せなかった俺が答えないわけにもいかない。


「・・・・・・おそらく父は公爵家本邸で、母は療養のためシェリヤナクの別邸に居ます」

「療養? これまた、何か怪我でも?」

「いえ・・・・・・」


 彼は母が生まれつき身体が弱いことを知らないのだろうか。と思い、ネクシスはすぐに気付いた。

 レンラントは宰相にしてはまだ若年齢だった。母がグロリアを出たとき、政官でなかったのなら知らなくてもおかしくはない。


「母は数年前から重い病を患っていて、その療養のためです」

「・・・・・・シェリヤナクといえばたしか、グロリアとの国境付近にある領地でしたか」


 フォール王国とグロリアの国境は、今いる王城からみて北東部にある。他国との国境付近の領地はほとんど公爵家が統括し、グロリアに近いシェリヤナクは俺の父が統治していた。


 レンラントが明るい声音で言った。


「では都合がよいですね」

「・・・・・・?」

「ああ、いや、変な意味ではないですよ。何かお母君に言伝があれば届けやすいと思っただけです」

「・・・・・・」


 もう会わないと思っていた人に言伝も何もない。俺からあの人に話すことなんてなにがあるのか解らない。

 でも、もしあの方の言うように母と向き合おうとするならこのままではだめなのかもしれない。


 そう考えているのを察したようにレンラントは訊く。


「お母君とは最近会っておられるのですか?」

「・・・・・・いや、もう何年も会ってません」

「ならば、これからはお母君と会う時間を大切にしなければ」

「・・・・・・・・・・・・」

「失ってから気付くものです。母が亡くなる前のあの一時がどれだけ輝いていたのかが」

 

 どういうことなのだろう。この言い方彼も母を失っているのだろうか。

 だがそれにしてはやけに悲しくなさそうな声だ。心が凪いでいるとも感じるが・・・・・・これは何も感情がないの方が正しい。


「ネクシス様もこれからは大切になされば良い」

「・・・・・・そうですね」


 と、そこでいつの間にかネクシスは扉の前についていた。

 会話が始まってからの時間が異様に短く感じた。客間につくまでと思っていたが、少しだけ話し過ぎたか。

 扉を開き、ネクシスとレンラントは客間に入る。


「・・・・・・ではこちらの準備が終わるまで、この部屋でお過ごしください」

「準備はどのくらい掛かりそうですか?」

「そうですね・・・・・・」


 準備とはいうもののそれは身支度だけではない。

 一時的にだが、公爵家から国王という立場に変わるため、その処理を済ませなければならないのだ。

 王城にある私物の整理に、本邸に居る父にもこのことを伝える必要がある。おそらくその全部を済ませるには一日では足りない。


「・・・・・・四日ほど時間を頂ければよろしいかと」

「四日、ですか・・・・・・」


 彼としては後継ぎを用意できたのだからすぐにでも国に帰りたいところだろう。だが、これから最低限済ませるべきことだけでも済ませるにはそれくらい必要なのだ。

 

 するとレンラントは理由を聞かずに頷いてくれる。


「・・・・・・分かりました。あなた方が急な出迎えに応じてくれたのに、私だけ意向を通してもらうのもおかしな話だ」

「ありがとうございます。それでは準備が整い次第また来ますので・・・・・・」

「はい、分かっています。もう大丈夫です」


 レンラントがそう言うと、あとは無言で青年は客間を出て行った。

 一人静かな部屋でレンラントは周囲を見回し、扉の向かい側に窓を見つける。彼は窓に近づき、軽く寄りかかる。


 そして左腕の裾を捲り、いつかに拾ったどす黒い水晶を携えたブレスレットを露わにする。それを見つめて彼は小さく呟いた。


「四日・・・・・・か。本当に、



             ◆◆◆



 ネクシスがグロリアに行くことになった日からちょうど四日後の朝、悲報は唐突に彼らの耳に入ってきた。

 ネクシスとレンラントがフォール王国を出ようとしていたタイミング。ネクシスは国を出る前の最後の挨拶を国王にしていたところだった。


「い、今・・・・・・なんと言いましたか?」


 レンラントが信じられないという様子で伝令役の兵士に聴く。

 この兵士はすぐにでも耳にいれるべき報せがあると先刻慌てて王の間に駆け込んできた。


「はっ、グロリア王城が反王家派の貴族に攻め入られ、占拠されてしまったとのことです」

「なっ・・・・・・」


 宰相である彼がフォール王国に来ていた間に、グロリアの王城はあっさりと陥落してしまったのだ。

 現王は王城が攻められたにも関わらず、抵抗しようとしなかったのか。これは本当に悪い報せだ。


 できる限りの防衛体制は整えてきた、とレンラントはどこか予感はしていたようだが、それにしても早すぎる。

 レンラントがグロリアを出たのが短く見積もって四日前だとして、隣国のフォール王国に報せが入ってくるのが四日後の今日だ。

 彼が用意した防衛体制を崩すほどの兵をグロリア城都まで送り込むのにはそれなりの時間がかかる。大軍であればあるほど、目立ちやすく、王城からの対処もしやすい。一日攻めたところで王城は崩せないだろう。


 王城が落とされたのはおそらく昨日か一昨年だ。そしてレンラントが不在のタイミングを狙ったにしても、反王家派貴族全体にその情報が行き渡るのが早すぎる。

 ここまで王城が落ちるまでの期間が短いと、もはや手際が良いとも称賛してしまう域だ。


 これではネクシスがグロリア国王になるという話は見送らざるを得ない。仕方ないがこうなってしまった以上グロリアに向かうのは一旦諦め、王城を奪還する作戦を練らなければ。


 ネクシスがそう国王とレンラントにこれからの判断を仰ごうとすると。


「・・・・・・もう一つ、報せがございます」


 兵士は何やらこちらの様子を伺いながら重い声で言った。


「・・・・・・?」

「何だ? 申してみよ」


 国王が報告を促し、兵士は引きつりながらも声を張り上げた。


「グロリア王城が落ちたのと同時に、シェリヤナクのショウル公爵邸に居られた公爵夫人が敵に人質として攫われてしまわれましたっ!!!」

「・・・・・・は」

「な・・・・・・なんと・・・・・・」


 母が? 敵方の人質に?


 ドクンっと心臓が強く脈打つとともに、一瞬不快なざわめきがネクシスを襲う。


 ―――なぜだ? なぜ、あの人が・・・・・・。


 不快な、思考の乱れが生じる。

 しかし、落ち着いた様子の国王は呟いた。


「もしや、その反王家派貴族とやらはネクシスがグロリア王家の血を引いていることを知っているのか・・・・・・」

「・・・・・・!」

「た、たしかに。それならネクシス様のお母君を人質にするのも合点がいく」


 ならば大方、ネクシスをグロリアに来させ、殺すための餌のつもりなのだろう。

 見え透いた罠だ。罠だと分かれば恐くはない。

 だが、罠だと分かっていても母を人質に拐った敵への怒りが抑えきれない。一刻も早くグロリアに向かい、母を助けに行きたい。


 しかし、ネクシスはそれでも胸を強く押さえつけて自制する。

 それはとてつもなく心苦しい。心苦しいがそれでも我慢しなければ。敵の思うようにはさせない。


 渾身の平然を以て彼は国王に訊く。


「国王様・・・・・・どうなされますか・・・・・・?」

「・・・・・・・・・・・・」


 国王は顎に手を当てて眉間にシワを寄せた。

 どうもこうもないのだ。グロリア王城は奪還するし、母も助ける。きっと国王も自分と同じ思いのはずだ。

 しかし、状況が圧倒的に不利だった。

 人質が母一人だけなら、万一にもすぐに殺されることはないだろうが。「いつ殺されるか分からない」不安が自分たちを縛り、いっそう判断を鈍らせる。


 国王は選択を迫られ、しばらく決め兼ねていたようだったがその目を開いて宣言した。


「・・・・・・レンラント殿。グロリア奪還に向けてフォール王国も戦おう」


 国王が宣言するとレンラントは頷く。

 彼にも宰相として譲れないものがあるのだろう。今までは国の統治に手一杯だったようだが、ここまで侮辱されればさすがに向き合うしか無い。


「ええ。早急に、手短に策を練りましょう」

「ではレンラント殿は客間へ、策を練るのはあの部屋で行うとしよう」


 続けて国王はネクシスに命じる。


「ネクシスは、ユウリル砂漠に出向いた王女らを呼び戻せ。そしてこの状況を我が娘に伝えよ。いいな?」

「・・・・・・承知しました」


 状況が状況だけに、内容を見ればすぐに彼女たちは戻ってきてくれるだろう。

 ネクシスは急いで王の間をあとにしてカイリたちに手紙を送った。


 そうして、不快な幕開けから彼らの戦いは始まった。




 


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