第20話 国王

 ネクシスは何の理由か国王に呼び出されていた。理由は、特に思い当たるフシがないネクシスが訊くまでもなく、国王から発せられた。


「グロリアの宰相、レンラント・ガイズがお前に会いたいらしい」

「・・・・・・俺に、ですか?」


 グロリアといえば隣国のグロリアのことに違いないだろうが、俺に何の用があるというのか。


「宰相は明日にでもここに到着する」

「明日・・・・・・ですか、それはまたなんとも速いですね」

「ああ、それほど急を要する要件といったところだろうな」


 「・・・・・・なぜ俺に?」と訊こうとすると、相対して座る国王は先んじて質問をしてきた。


「お前はグロリアの噂を知っているか?」

「・・・・・・王家の噂なら少しだけ耳にしたことがあります」


 ネクシスは近頃小耳に挟んでいたグロリアの噂を思い出す。

 男しか王になれないグロリア王家において、男児が産まれなかった噂。


「その噂はすでに国全体に事実として周知してしまったらしい」

「・・・・・・」


 噂がフォール王国に入るまではそんなにかからなかっただろう。一ヶ月前かに、カイリが彼にふいとその噂の話をしてきた。

 ならば、なおさら国全体に広まってしまうまではさほど時間はかからない。 


「そして、その噂が事実となるとさらなる問題が出てくる」

「・・・・・・後継ぎ問題、ですね」

「そうだ。後継ぎ問題が王家にある以上、王家の権威が揺らぐことになる。残念ながら反王家派貴族がいつ何を仕掛けてくるか解らないのが現状らしい」

「だから俺に?」


 国王は厄介だと言わんばかりの顔で頷く。


 おそらく宰相レンラント・ガイズは王家の血を引く男を探してネクシスに辿り着いてしまったのだ。

腐っても自分の中に流れる血は、やはりグロリア王家の血なのだと思わざるを得ない。

 グロリアの血を引いているとはいえ、俺はとうに廃嫡されている。そんな人間に辿り着くくらいだと、本流ではもう子が望めないのだろうか。


「私が知っている限り、王家の血を引く中でもお前は比較的若い方だ」

「・・・・・・王位継承をさせるにはうってつけ、か」

「そういうことだ。・・・・・・グロリア王家を再生させる上で、お前は彼らにとって唯一つの希望となるのだろうな」


 聞こえはいいがなんとも厄介極まりない話だ。グロリア王になれると言っても、謂わば最悪の状態で最悪の地位に押し上げられるようなものである。

 反王家派貴族を取り押さえない限り、命の危険もあるであろう役になる。


「私はお前にグロリアの王になるのは正直嬉しくない。ゆえにお前も断るなら遠慮はしなくていいのだからな」


 俺はこれまでの人生の半分は王城で過ごしてきた。だからか国王やカイリ様は親身になって俺に接してくれる。

 この件も最終の判断は自分に任せてもいいということだ。


「・・・・・・はい。分かっています」


 かぼそい声で青年は返事をした。

 その翌日、彼はグロリアから参じたレンラント・ガイズを迎えることになった。


 

             ♢♢♢



 王の間へ通されたレンラントは、白い大理石で作られた無機質な床を進む。誰も声を発すること無く彼の足音だけが響き渡る。

 国王の目の前まで歩いていき、彼は片脚を床につけ頭を下げる。


「此度はこのような謁見の機会を了承してくださり感謝いたします」


 すると国王は手を差し伸べて言った。


「頭を上げてくれ。我らはグロリアとは旧知の間柄なのだ、ぜひ対等に話し合おうではないか」

「・・・・・・お心遣い痛み入ります」


 レンラントが頭を上げ、国王と視線を交わす。


「では、そちらの要件を聴こうか」


 今回の謁見の本題に入る合図だ。

 ここ最近はグロリアとフォール王国の間での会談の機会がほとんど無かった。

 前回の進め方に則るならまずは両国の近況報告から入るものだが、今回は突発的に行われた謁見ゆえに長々と話す必要もない。

 レンラントが口を開いた。


「単刀直入に申し上げます。私はネクシス・ショウル様を今一度グロリア王家に迎い入れたいと考えております」

「理由を訊いても?」


 国王は平然を装ってグロリア宰相の出方を見る。

 本当は解っている。何故彼がネクシスをグロリアに迎い入れたいと・・・・・・いや、迎い入れなければならないのかも全て解っている。

 だが国王は理由を訊く。

 この際変な隠し事をされても困るのだ。だから彼の口からグロリアの内情全てを聴く。


「現在、グロリア王家は男児の後継ぎが産まれず国内の情勢も危機に瀕しています」


 それは知っている。王がいない国はそれだけで他国から狙われやすい。先決なのはグロリア王家の血を引いている男を王にすること。


「現王の状態は? 今しばらく王として機能するに足り得るのか?」

「いえ・・・・・・。残念ながら、現王は王妃の寝所に入り浸っている限りでございます」

「いつからだ」

「・・・・・・ちょうどあの噂が城都に出回り始めた頃からです」


 やはりここ一ヶ月の間、ずっと王は王として機能していなかったようだ。反王家派貴族が勢力を増してしまったのも無理はない。


「今のグロリア王家には新しい王が必要なのです」

「それが理由か」

「はい」


 レンラントは芯の入った眼差しで国王を見つめる。

 王がいなければその国は他国から舐められてしまうが、逆もまた然り。王がいればその国は他国から舐められることはない。

 グロリアは国王さえ新たに迎い入れられれば他国への軍事的協力を要請できる。たとえ反王家派による内乱を避けられずとも最終的に国内の均衡は保たれるだろう。

 この宰相は何としてでもネクシスを王として迎い入れたいと思っているはず。彼もこちら側が断ったとしても簡単には折れてくれまい。


「・・・・・・そちらの要件はよく解った」

「では・・・・・・!」

「ただ、私としてもあやつにいなくなられては困る」

「・・・・・・」

「ゆえに私は、本人の意見を尊重したい」


 そう言うと国王は横に控えていた俺に視線を送ってくる。


「のう、ネクシス」

「・・・・・・?」


 お前も話し合いに混ざれ、と言いたいのか。

 宰相は王の間まで連れてきた俺をネクシス・ショウルだと気付いていないようだ。

 沈黙を貫いていたネクシスは一歩前に出る。

 レンラント・ガイズはようやく気付いた。


「まさか・・・・・・。あなたがネクシス様・・・・・・」


 そう気付いた彼はネクシスの方を向く。


「あなた様だと気付かず申し訳ありませんでした。てっきり、黒髪の男性だと思っていたもので」


 すると国王が横から口を挟む。


「いや、ネクシスには昔から髪色を偽らせているだけで、正真正銘の黒髪だ」

「・・・・・・なるほど、そういうことでしたか」

「それで、ネクシス。お前はどうする?」


 ネクシスはそう問われ、一抹の迷いもなく答えた。


「俺はこの国の公爵家から離れるつもりはありません」


 レンラント・ガイズが俺をグロリアの王として迎い入れる話を持ち掛けてくることは事前に国王から聞いていた。

 この答えはレンラントが来る前に時間を掛けて出したものであり、国王の意思がどうだからではなく俺自身がそう望んだ結果だ。

 母の故郷のグロリアがどんな状況であろうと、フォール王国や今の公爵家から離れたくはなかった。


 その答えに対し、国王は眉一つ動かさないものの、宰相レンラントはぐっと歯噛みする


「ネクシス様にも今の公爵家があるのは重々承知しております、しかし、その上でグロリアの新王になられてください」

 

 断られても簡単に引き下がれないこともネクシスは知っている。なにせ彼が新王になることでしか、グロリアの内情は変えられないのだから。

 だが、いくらレンラントが頼もうと自分の意思は曲げられない。彼が望むような返事は返せない。


 ネクシスが良い返事を返さないと解っていてもなおレンラントは引こうとしない。

 数分不毛な膠着状態が続き、それを横から見ていた国王は口火を切った。


「・・・・・・分かった。宰相殿、私一つ考えがある」

「何でしょう」

「三年・・・・・・三年間だけネクシスにグロリアの王座に就かせ、その間に別の後継ぎを用意するのはどうだ」


 国王が言う、別の後継ぎとは、王家の血を引かない者のことやあるいは女も含んでいるのだろう。

 三年で大国の王位に足る相応しい人間を用意するには、もはやグロリアの古くからの慣習を捨てねばならない。


 この国王の方案は、俺もグロリアの未来のどちらもを尊重した結果なのだろう。

 しかし、慣習を守るためにネクシスを迎い入れようとしたレンラントが、それをあっさり受け入れるのか。それは考えどころのような気もするが。


「・・・・・・解りました」

 

 とレンラントはさらっと答えた。


「いいのか? 私から言っておいてではあるが、この策はグロリアの慣習を捨てることになる」

「こうなってしまった以上やむを得ません。それにネクシス様には今だけでも王になっていただき、国を安定へ導いてほしいので」


 レンラントは王家の人間ではない。

 いくら宰相でも、若く容量が良い彼が慣習を捨てることを考えなかったわけがない。

 彼はとっくに慣習を守る、なんて考えは捨てていたのかもしれない。


「なら、それでネクシスも良いか?」


 国王は俺の答えを待つ。

 さっきは俺の意思を尊重したいと言っていたが、そこからのこの出来すぎた展開。

 結局のところ、国王の意見がまかり通ってしまった。この感じ、どこかの王女様にとても似ている。

 まったく、この方たちは・・・・・・。

 

 と思いながらネクシスは答えた。


「国王様が仰せになるのならば、俺は構いません」

「うむ。ではグロリアに行く準備をしておきなさい。三年とはいえ長くなる」

「分かりました」


 ネクシスが答えると国王はグロリア宰相に言う。


「宰相殿、帰国に関してはこちらの準備が整い次第になる。それまでは王城に滞在していってくだされ」


 ネクシスはその言葉を待ってから大扉付近の衛兵に開けるよう合図を送る。

 これでこの話し合いは終わりだった。

 門が音を立てて開かれた。


「ネクシス、宰相殿を客間へ通して差し上げてくれ」


 ネクシスは頷き、レンラントを連れ王の間から出ていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る