第19話 宰相として

 お祖母様に寝かされてから三時間ほどが経った頃、私はソファーから身を起こした。

 気づけば横にいたお祖母様はネクシスに入れ替わっていて、目を開けた時、私は驚きあいも変わらず変な声を出してしまった。


 採掘場に向かう道中、馬車で起こしてしまった失態の二度目を起こし、ネクシスにはまたもや笑われてしまった。


 そのあと心を持ち直して訊くと、お祖母様は国王に呼び出され今は王の間に居るとわかった。国王に呼び出されていたのなら、お祖母様がネクシスにすり替わっていたのも仕方ないと言える。

 またこの前のようにお祖母様が戻るまで時間が空くのだろうと思いそれなりの覚悟はしていたが、それは一瞬にして無くなった。


「―――たっだいまー! あれ、イララもう起きちゃったんだ」


 と、私が起きた三分後に元気よく部屋に戻ってきたからだ。

 先刻は情けない姿を見せてしまったイララはおどおどする。


「・・・・・・あの、さっきはすみませんでした」

「ん。いいよいいよ、あのくらい」


 そしてカイリはソファーに近づくとイララとネクシスの間に無理やり割り込んで座った。


「しつれ〜いっとー」

「え、ちょっと・・・・・・座るなら言ってくださいよ」

「ごめんね~」


 ネクシスが慌てて立つとカイリは言った。


「それでイララ、次に外に出る用事が決まったよ」

「え? ほんとですか!?」

「ほんとほんと〜」


 カイリは右手に持っていた地図らしき紙を、くるくると広げた。国王に呼び出されていたのは、その要件を伝えるためだったようだ。

 広げた地図は私が知っている地図と限りなく酷似している。おそらくこの地図はフォール王国の領土を描き記したものだろう。


「今回はねえ、まだ誰も住んでない区域の調査に行きます!」


 カイリは地図を掲げて高らかにそう宣言する。今回の彼女は心なしか前回よりも嬉しそうだった。

 腕や肩を伸ばしながらネクシスは訊いた。


「何か楽しいことでもありました?」

「あ〜、分かっちゃう? なんと、なんとね、今回はわたしもついていけることになったんだよ!」

「国王様から許可もらったんですか。すごいですね、珍しい」

「そうでしょ〜。まあちなみにだけど、残念なお知らせもあるよ」

「なんですか?」


 自分で残念なお知らせと言っているのにカイリは「フッフッフ」と性格が悪そうに笑う。いったいなにがあるんだろう。

 

「残念なお知らせは、ネクシスが一緒に行けないことだよ〜!」

「俺ですか・・・・・・」

「そうだよ。なんか国王様に、『ネクシスには残っていくように』って深刻そうな顔で言われちゃったんだよね」

「深刻そうって、何かあったかな・・・・・・?」


 ネクシスは覚えがないのか腕を組んだ。


 なににしろ今回はお祖母様が来てくれる代わりにネクシスと一緒に行けなくなってしまった。

 国王から言いつけられたのだから仕方ないことだが、入れ代わり立ち代わりで誰かが抜けるのはやっぱり残念だ。


「ま、理由までは訊いてないけどさ。とりあえずネクシスは大人しくお留守番ね。残念でした~」


 カイリは見事に煽り言葉でネクシスに喧嘩を売る。


「・・・・・・なんか拗ねてます? カイリ様」

「べつに、拗ねてないよーだ」

「ならその攻撃的な言葉は何なんですか」

「それはネクシスがずるかったから」

「ずるい・・・・・・?」


 訊くとカイリは両腕をジタバタさせながら言った。


「だってさー! この前の採掘場の時はずっとイララと二人きりだったんでしょ。わたしも二人きりになりたいのに。ずるいよ、ずるいずるい!」

「・・・・・・俺に行くよう言ったのはカイリ様ですけど」

「それでもだよ! どうせ村ではイチャイチャしてたんだ。ず、る、い!」

「お、お祖母様・・・・・・!」


 これほどまでに私といることを羨ましがってくれるのは嬉しいが、さすがに叫びすぎだ。それに、断じてイチャイチャしていない。


「とりあえず、今回はわたしがイララとイチャついてくるから悔しがって待ってるんだね。へへーん」

「あー、はいはい。頑張って来てください」


 ネクシスは適当に返事を返し、イララの前で膝をついた。


「では、俺は国王様のところへ行くので。イララ様はくれぐれもお気をつけて」

「うん、ありがとう」


 変わらない笑顔でそう言うと黒髪の青年は部屋を出ていった。

 ずるいと言いつつ青年が出ていくまで見送ったカイリは、自分とイララの膝に横幅一メートルほどもある地図をのせる。


「じゃあ遊んでばかりもいられないから、まずは何しに行くのかを説明するね」


 過去で会ってからいつになく上機嫌なお祖母様は淀みなく説明を行った。

 今回の仕事は、フォール王国の領土でありながら未だ未開拓の区域の調査に行くことらしい。そこは王国の最南端の土地で、広大な砂漠が広がっている。その名をユウリル砂漠と言い、たしか未来では小規模にだが発展は進んでいた区域だ。


「それでわたしたちはそのユウリル砂漠である調査をしないといけないんだけど、何か分かる?」

「えっと・・・・・・そうですね・・・・・・」


 ひとえに調査と言ってもその数は膨大にある。その土地に自分たちが活用できそうな資源があるかどうかでおおよその価値は付けられるが、この前の村のように利用価値を定める基準は様々だ。

 たとえば人が住める土地であるかというのも一つの基準になってくる。フォール王国の場合、物資の供給源を求めているわけでもなさそうだし、ひとまずは人が住めるように動くだろう。

 そして調査の対象が砂漠ということなら・・・・・・。


「水・・・・・・ですかね」

「当ったり〜」


 将来的に大規模な発展を見込むなら、長期的にその土地に留まる必要が出てくる。そうなった時、砂漠において一番重要なのはやはり水だ。

 

「そんなわけで、今回のわたしたちの最終目的は広い砂漠の中から水源地を探し出すこと、だよ!」

「なるほど。・・・・・・ん、でもちょっと待ってください」

「なに?」

「その水源地がある場所の目星はついてるんですよね?」


 フォール王国でも有数の面積を占めている広大な砂漠だ。水源地がどこにあるかも知らず探そうとしたら何日かかるか解らない。

 しかも今回は私とお祖母様の二人で行くことになる。一から二人で広大な砂漠の中から水源地を探すのは無謀極まりない。

 まさか、前回のように一日かけるつもりでもないだろう。そうすると、ある程度はどこにあるのか目星をつけてくれているはずだが・・・・・・。


 訊かれ、カイリは執務机からペンを持ってきて水に丸をつけた。


「イララの言う通り、もちろんだいたいの目星はつけてあるよ。今回はその目星がどれくらい合ってるか精査しに行くだけ」

「ふう・・・・・・良かった。もしかしたら砂漠に野ざらしで何日も探すのかと思いました」

「まさか、そんなわけないよ」


 そう笑ったカイリはぺんで丸をつけた範囲を指差す。


「水源地はだいたいここら辺にあるはず・・・・・・」

「もし見つからなかったらどうします?」

「それはそれで良い、って国王様は言ってたから、日を改めてまた探すよ。まあ見つからない方が可能性は低いけどね」


 と言って彼女はまた執務机から何かを取り出しにいく。お祖母様が取り出したのは本くらいの大きさの紙片が一つの束にまとめられたものだった。


「それは・・・・・・?」


 イララが訊くと紙片の束をひらひらと振ってカイリは答える。


「初代フォール王が遺した領土に関しての手記、の模品」

「それに水源地も記されてたんですか?」

「そだよ。これで間違ってても文句は初代の王様に言ってね」


 初代フォール王は大陸の各地を冒険した『冒険者』だったらしい。そんな彼の手記は宝として城の宝物庫に眠っているのだが、領土の大部分が未発展の現代の王家としてはその手記が何よりの頼りになる。

 そんなわけで砂漠の水源地も手記を元に目星がつけられていた。実際に現地で冒険した男が遺した手記なのだから、お祖母様の言うように見つからない方が可能性は低い。


「見つからなくても、その時はそのとき」

「・・・・・・ですね」

「じゃ、これで説明は終わり」


 と言ってカイリはくるくると地図を丸め、机に仕舞った。



             ♢♢♢

 


 フォール王国王女がユウリル砂漠へと赴くため王城を出た日、一つの馬車がまた王城へと入っていった。

 その馬車に乗っていたのはグロリア王国宰相のレンラント・ガイズだった。


「・・・・・・着きましたか」


 彼がフォール王国に来た理由は二つある。

 一つは現在空席といっても過言ではないグロリア王国の王座にネクシス・ショウルをたてるため。

 二つ目は・・・・・・宰相としてではなく、レンラント・ガイズとして個人的な理由でこの国に野暮用があった。


 野暮用は最悪達成しなくても構わないが、ネクシス・ショウルへの接触は絶対に必要であり彼には次のグロリア王にすぐにでもなってもらいたい。

 ネクシス・ショウルをグロリアに招き入れる目的が完遂されたとき・・・・・・いや、されなかったとしてもそれが私の宰相としての最後の仕事になるのだから。


 先日フォール王には謁見に参ることを手紙で伝えた。城門をくぐり抜け、馬車が完全に停まったところで馬車から降りると華奢な体つきをした青年とも見える男が立っていた。


「レンラント・ガイズ様、お待ちしておりました」


 耳の穴をすり抜けるような細い声。

 暗い茶色の髪は太陽の光に溶けいらず、不釣り合いにもはっきりと存在を認識できる。レンラントはその髪色が青年にどこか合っていないように感じた。


「今から王の間へご案内いたします」

「・・・・・・ええ、お願いします」


 王の間へたどり着くまで、レンラントはただ青年の後について行っただけだった。王の間に着くと城門と同じかそれ以上の大扉が目の前にあった。


「この先に国王陛下がいらっしゃいます」

「・・・・・・開けてください」

「わかりました」


 音もなく大扉は開き、玉座までの道が、何本か連なる柱や天井に至るまですべてが白い大理石で造られている。

 その道をたどり、終着点を見やると今日謁見を申し込んだフォール王が座っていた。


 さあ、果たしてネクシス・ショウルはグロリアの王座に就いてくれるのか。私の宰相としての最後の時間だ。




 




 


 

 

 

 

 


 

 


 

 




 

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