第17話 二つとも

「うーん・・・・・・」


 王城を出て、ある工房に来ていたイララは三つのピアスの前で唸っていた。

 隣で座る男は足組みをしてその様子を見ている。


「試作品で悪いわねえ。どれも出来が悪いでしょ」

「いや、全然そんなことないよ」


 数分前に遡り、工房に来てくれたお礼と称して、スキャルが余っているアクセサリーをプレゼントしてくれることになったのだ。

 だが、売り物はすべて市場に出してしまったらしく、彼は残念そうに試作品と呼んでいるアクセサリーを並べてきた。

 

 私も最初は試作品ともすれば、いびつな形で仕上がっているものを持ってくるのかと思いきや、かなりの完成度の品を彼は持ち出してきた。

 スキャルは頑として「まだまだお粗末な品よ」と酷評するが、全然そんなことはない。


 この三つの試作品たちは、次代の国王に献上するための品の制作過程で生まれたものらしい。スキャルにとっては納得がいっていない出来みたいだが、その精巧さはむしろ目を見張るものがある。

 

「本当にどれでも良いの?」


 イララは胸を躍らせながら聴く。


 私が持っているアクセサリーといえば、知らない誰かから献上されたものばかりだった。自分で選んだことなど一回もない。

 ことさら、自分で品を選ぶことが楽しく思える。

 

「いいわよ、なんでも。いっそのこと全部貰ってっちゃっても構わないわ」

「いやいやいや。こんな高そうな品、全部貰ってくわけにはいかないわよ」

「そーお・・・・・・?」

「本当に全部きれいだもの」


 そろそろイララは品選びに本腰を入れようと、並べられたピアスをじっくり見つめる。


 どれも出来が良く選び難い。出来がいいというのは単に宝石の形がきれいなのもあるが、その他にも宝石に彫られた王家の模様が美しく整っているというのがある。

 ピアスの大きさは小指の半分くらいとかなり小さい。それなのに複雑な王家の模様を完璧に彫り刻む彼の腕前は見事なものだ。とても試作品とは思えない。


 ピアスの装飾品であろう宝石はそれぞれ、紫、青、緑の三つだ。

 宝石の名前は知らないがそれぞれの色は深みがあり、半透明。向こう側が見えそうで見えない、まるで果がない深淵をのぞいているかのようである。


「うーん・・・・・・どれがいいかな・・・・・・」

「ずいぶん悩むわねえ。イララちゃんも」


 私には好きな宝石なんて無いし、好きな色も分からない。どれも同じくらいに良く見えてしまうのだ。


 イララが貰っていくピアスを一向に決められないでいると、スキャルは思い立ったように言った。


「よしっ。自分のが決められないのなら、ネクシスちゃんに着けて欲しいものを選んでみたら?」

「えっ? なんでネクシス・・・・・・?」

「とぼけても無、駄、よ。あなた、ネクシスちゃんのこと気になってるでしょ」


 にやにやとした顔で言われ、イララは数秒返す言葉が出てこなかった。


「・・・・・・へ? へえぇぇっ!?」

「んもう、中々可愛い反応してくれるじゃなぁい」

「・・・・・・私がネクシスのことを!?」

「あら違うの? アタシここ数日イララちゃんのこと見せてもらったけど、彼といる時が一番楽しそうだったわよ」


 私はほとんどお祖母様の部屋で過ごしており、王城のあっちこっちを行き来するネクシスとは昼食時に一回だけ会う、という感じだ。 

 スキャルが来てからは昼食時が三人ではなく、四人に増えたと思うばかりだったが、まさか個人的な様子まで観察されていたとは。一生の不覚だ。


「・・・・・・私、そんなに楽しそうでした?」


 と、イララは赤面して聞く。

 

「えぇ、そりゃあもう、よ。カイリちゃんは気付いてるか知らないけど」

「そう、ですか・・・・・・」

「そんなに照れなくてもいいわよ。あなたはまだそういう経験が浅いのね」


 仕方ない、と心底思いたい。私としてはお祖母様にもネクシスにも変わらない態度で接していると思っていたのに。ネクシスといる時だけ楽しそうにしていると、他人からは見えていたのだ。

 

「まぁ、あの子男前だし、女の子の扱い慣れてるもの。イララちゃんが好きになっちゃうのも解らなくもないわ」

「す・・・・・・好き? この気持ちが・・・・・・?」

「もちろんよ。一緒にいて楽しいなんて、好き以外の何ものでもないわよ」

 

 彼は当然のことのように、言う。

 だが私にはいまいち確信が持てない。きっと孤独な時間が長く続いていたからだろう。ましてや、男の人との関係はせいぜい家族ぐらいしかないのだ。


「私は・・・・・・ネクシスが好き、なのかな・・・・・・?」

「そう見えるわ。恋愛感情かどうかは置いといてね」


 と言ってスキャルは、またにやにやと笑う。

 どうやら笑みを抑える気もなさそうだ。とても恥ずかしい。


「そんなわけで、サービスしちゃうから。ネクシスちゃんにも選んであげちゃって」

「はい・・・・・・」

「ふふふ。赤くなっちゃって」

「・・・・・・」


 ―――思考を切り替えよう・・・・・・。


 人に選ぶともなればその人にどれだけ似合っているかも重要である。しかもピアスみたいに小さく、さり気なくその人を引き立ててくれる品ならなおのことだ。

 

 イララは乱れた心を鎮めるように耳からの情報を遮断し、両目と自身の思考だけに集中する。


 まず彼を思い浮かべて・・・・・・。

 ネクシスは極めて稀な黒髪で、深紫の瞳をもっている。この三つの中で彼に似合いそうなのは、青いピアスか、紫のピアスの二択だろう。

 頭で想像してみても、どちらも似合うと思うが。しかし、この二択では瞳の色と合わせる方がいいと無意識下で私の心が言っている。ならばやはり、ネクシスには紫の宝石が飾られたピアスが良いかもしれない。


「なら、これと、これかな・・・・・・」


 イララは呟きながらネクシスと自分の分のピアスを手に取った。


「決まった?」

「・・・・・・うん。この二つを貰っていくことにするわ」


 そうして手のひらに寝かせた二つのピアスをスキャルに見せた。それは青いピアスと紫のピアスだ。


「・・・・・・たしかにネクシスちゃんには紫が合うと思うけど、青いピアスの方の理由はなにかあるの?」

「いや? どっちもネクシスに着けて欲しいから、青い方は私の分として貰っていく」

「・・・・・・なるほどね! 面白いじゃない」

「・・・・・・良い、かな?」

「グッドグッド。もちろん良いわよ~」

「・・・・・・ありがとう」

 

 イララはスキャルが持ってきた白箱に二つのピアスをそっと仕舞う。王城に帰ったら、ネクシスにあげようと思った。

 誰かに贈り物を贈るのもこれが初めて。

 父は毎日忙しそうにしていて、私自身も他人と必要以上の関係は絶っていたから。


「これから楽しみ、って顔してるわね」

「あっ、顔に出てた・・・・・・?」

「悪いことじゃないわ。アタシとしてはむしろ嬉しいことね」


 スキャルは残った緑のピアスを見つめて言った。


「贈り物っていうのはね、人と人を繋げる「鎖」みたいなものだもの」

「・・・・・・「糸」、ではなくて?」

「贈り物は目に見える物体よ。精神的な空想じゃないく、何よりも人同士を繋げる力が強い・・・・・・だから「鎖」、ね」


 糸は簡単に引き千切れてしまうが、鎖はそうではない。糸は脆く、人を縛り付ける力は弱いが、鎖は人を縛り付ける力が強い。

 鎖は縛り付けた時、糸よりも人を・・・・・・人の心を制しやすい。


「人と人を繋げる物は、相手を側に感じられる物のことでもあるの」

「・・・・・・ネクシスにこれをあげたら、その気持ちも解るのかな・・・・・・」 


 イララはぎゅっとピアスの入った白箱を握りしめる。


「な~に言ってるの、あなたはとっくに知ってるはずよ」

「え・・・・・・?」


 スキャルはイララの頭をやさしく撫でてから言った。


「何でかって言うと、あなた自身がもうパパやママから貰った贈り物だもの」

「私自身が・・・・・・」

「たとえば、この綺麗な銀髪。これはパパかママ、どっちがそうだったの?」

「・・・・・・お父様」

「あなた達以外にはめったにいないわ。これはイララちゃんかパパから貰った立派な贈り物よ」


 人は産まれてくるとき、両親の容姿や能力を受け継いでくる。それが父の方に寄るか、母の方に寄るかは分からない。だが、そうして人は、久遠の年月を生きていく。

 子が親に似ること、血の繋がりもまた人と人を繋げる贈り物だったわけだ。


「でも、血の繋がりが無い他人とはその理屈が通用しないでしょ?」

「・・・・・・だから人は、別の物を贈り物として相手に渡すってこと?」

「そうよ。つまり、人と人を繋げる贈り物は時として血の繋がりに似た効力を発揮してくれる。まさに、たとえるなら鎖」

「すごいね。スキャルって、そんなこと考えてるんだ」

「ちょっと飛躍し過ぎかもだけどね。こんな仕事してると、自然と変なことまで悟っちゃうようになるのよぉ」


 スキャルはイララを横切って工房の内扉まで歩いていき、

 

「さぁ、そろそろお城に帰りましょうか」


 と言って扉を開けた。


 外はイララたちが城都に出た頃の騒がしさは幾分か静まり、大通りも民たちの姿が減っていた。


 王城に帰ると既に正午を回っていた。

 カイリの部屋に四人分の料理が並べられ、カイリとネクシスが二人の帰りを待っていた。

 


             ♢♢♢

 

「どうですか・・・・・・?」


 両耳に青と紫のピアスを一つずつ着けた青年は、感想を求めて問うた。

 

「イイじゃなぁい! どっちも似合ってるわ!」

「ふむ、うーん。たしかにどっちもいいね」


 青年の問いに、カイリとスキャルは同じ感想を返す。


 工房から王城に帰り食事を終えたイララは、ネクシスがまた国務に戻る前に渡そうと二つのピアスを贈った。

 彼は存外に嬉しそうに受け取ってくれた。

 だが、さすがに二つも着けて行くわけにはいかないということで、どちらが良いか選定を行うことになったのだ。


「目の色と合わせて紫も良いけど、青は青で暗めの髪色に似合ってるのよねぇ」

「ねえ、やっぱり全部着けていけていかない〜?」


 カイリはちょいちょい、とネクシスの耳を突つく。


「俺の耳にはそんなにスペースないですよ」


 苦笑して彼は否定する。


 ピアスのような小物は本人が煩わしく思わない程度が丁度良いのだ。私としても無理に着けていけ、と言うつもりはない。

 だからここは本人の意見も訊いておくべきだろう。


「ネクシスはどっちが良い・・・・・・?」

「・・・・・・俺もどっちも良いと思いますよ」

「わたしたちと同じ感想だねえ」

「はい。なので・・・・・・」

「あら、なにか考えがあるのかしらぁ?」


 ネクシスは頷き、考える通りにピアスを着け直した。


「全部は無理ですけど、片方ずつなら着けたいと思います」

「へえ、片方ずつ、か・・・・・・。たしかにピアスくらいなら悪目立ちはしないかもね」

「はい。では・・・・・・」


 とイララに視線を合わせた青年は再度問う。


「これで、良いですか? イララ様」


 良いも何も彼がそう望んだのだから、否定はしない。

 問われた王女は満面の笑顔で答えた。


「うん、いいよ」

 



 


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