第15話 水晶の基準

「アタシがここに来たのは、あなたを観察させてほしいからなの」


 このスキャルという名の男は、長年『魔力』の研究をしているらしい。

 『魔力』の残滓は世界のいたるところに散っており、大小あれど何かの物質に宿っている。アロス水晶の『魔力』はその中でも上位に入るくらいの大きさなのらしい。


 小さな『魔力』が宿る燃石のように、力が小さければ小さいほど小規模の事象しか起こせない。だが大きい『魔力』が宿っているアロス水晶は、私が過去に来てしまったように、大きな力を秘めているためその事象も大規模になる。

 大きな『魔力』が発現させる事象はどの研究記録にも少ない。そもそも発見されている中で、巨大な力を秘めている物質自体が希少らしい。


 だから、スキャルは私が過去に戻っていくまでの間、アロス水晶の『魔力』を観察させてほしいのだと言っていた。


「どうかしら? 私の頼み、受けてくれる?」

「・・・・・・」


 もちろん観察はしてもらってもいい。この人は悪い人ではなさそうだし、「研究のため」と知的好奇心からの単純な理由だ。自分の世界を広げていくことに対して私が否定するようなことはしたくない。

 イララは幾分かの疑問を以て答える。


「その頼み・・・・・・はもちろん受けます」

「そう? 感謝するわ」

「けど・・・・・・」

「・・・・・・何か訊きたいことがあるのね?」

「はい」

「別に遠慮しなくていいわよ。これはアタシの頼みなんだし」


 イララたちに遅れてティーカップを手に取ったスキャルは笑顔で言った。

 すると、凄まじい速度で横槍が飛んでくる。


「はいはーい。なら質問してもいい?」


「・・・・・・カイリちゃんがするのね。まあいいわよ」

「なら遠慮なく・・・・・・。わたしが訊きたいのは観察期間のこと」

「どれくらいの日数観察するのかってことね」

「うん!」


 するとスキャルは「そおねぇ・・・・・・」としばらく考えてから言う。


「まぁ、だいたいイララちゃんが帰るまでかしら」

「つまり具体的な日数は未定、と?」

「そういうことになるかしらね」


 過去に私が来たタイミングが突然だったみたいに、また未来へ帰れるタイミングも不確定な事項だ。『魔力』を観察したいのなら、『魔力』が発動するところまで観ないと意味はない。

 イララが帰れるタイミングが分からないからその日数も未定。少し考えれば分かることだと思うが。カイリの質問の意図が分からないままネクシスは言った。


「カイリ様、この質問の答えって分かりきってませんでした?」

「いや〜、そうだね。でも、わたしが本当に訊きたいのはこれじゃないんだよ」

「・・・・・・?」

「というか、確認したいの間違いかな」


 カイリはネクシスから視線を外し、スキャルに目線を合わせる。すると数秒じっと彼を見つめた。


「・・・・・・なにかアタシに付いてる?」


 スキャルは狼狽した様子でカイリに聞く。

 聞かれたカイリは「ううん」と首を横に振って指を顎に添えた。


「ねえ、ちょっと話飛ぶんだけど。スキャルの恋愛対象って男なの? 女なの?」

「ぶっ・・・・・・ごほっ!」


 ちょうどセイレンバナのお茶を口に含んでいたネクシスが吹き出しそうになる。

 カイリは急に『魔力』の話から、スキャルの個人的な恋愛対象について話題を転換させてしまった。全くもって、ちょっとどころではない気がするが、イララはそれを口にしなかった。


 代わりに聞かれたスキャルが言う。


「ずいぶん話が飛んだわね・・・・・・」

「まあね。で、どっちなの?」

「え、なにが?」

「恋愛対象」

「カイリちゃん、本気で聞いてたの・・・・・・!?」

「わたしはいたって本気だよ」


 いつになく冷静な王女の目は本当に真剣そうな瞳が宿っていた。

 お祖母様・・・・・・なんで本気なの、と半分呆れた顔でイララはスキャルの答えを待った。


「・・・・・・女の子よ」

「へえ、なら今のうちに言っておくよ」


 と、宣言すると先刻のようにカイリはイララに抱きつき、言った。


「わたしのイララには手を出さないでね」


 言葉の意味を理解するため、カイリ以外の全員が数秒黙ってしまった。高速の沈黙が通り過ぎてからスキャルは笑いながら答える。


「あら、そんな事しないわよ」

「本当?」

「そんなこと当然よ。アタシ、研究の最中には邪念を振り払ってるもの」


 どんっと胸に手を当てて自慢気に返し、スキャルは続ける。


「それに、どっちかって言うとイララちゃんのことは見守ってあげたい目で見てるわよ」

「本当・・・・・・?」

「本当よ」


 しつこく聞いてくる王女にスキャルは微妙に語気を強める。イララがカイリの意図が読み取れないままいると、隣に座っている青年が苦笑した。


「なぜか知りませんけど、今日カイリ様過保護すぎません? しかも、イララ様はあなたが産んだんじゃないでしょ」

「どうしちゃったの、カイリちゃん」


 可笑しいものを見ているように二人が笑っているとカイリは頬をむうっと膨らませる。


「もう、二人には分からないだろうけどね。孫っていうのは可愛いものなんだよ! わたしは過保護だからね!」


 たしかに未来でもお祖母様は私を可愛がってくれた。私がまだ幼く、父の公務の間にお祖母様の部屋に行っていた時、老いたお祖母様は誰よりも私を甘やかしてくれた。

 でも、それはお祖母様が若くても変わらないことみたいだ。


「ネクシスとスキャルも、孫を持てば分かるようになるよ!」


 いや、まだ子どももいないのに孫だけ目の前にいることはあり得ないことなんだけど・・・・・・。と思うとイララはくすっと微笑する。


「二人にはまだ分からないんだよー!」

「はいはい。後で沢山聞いてあげますから」


 幼子をなだめるようにカイリを静止させるネクシスを横目に、イララははっとした。

 お祖母様の謎の質問で忘れそうになってしまったが、私はまだスキャルには訊きたいことがある。


「・・・・・・じゃあ、私訊いてもいいですか?」


 話の話題の軌道修正を行うべく、イララは元の話題に話を持っていく。

 

「ええ、どうぞ」

「私が訊きたいことは、なんで観察対象がお祖母様ではなく、私なのかということです」

「・・・・・・ああ、そのこと」


 アロス水晶が使われたこのピアスは、元々お祖母様の物だ。未来でお祖母様本人から私が受け取った形見ではあるが、この過去ではまだお祖母様の所有物なのだ。

 今はピアスが二対存在せず、お祖母様と私の二人で片方ずつ着けている。私がまだ過去に来ていなかった時、アロス水晶に宿る魔力の観察は行わなかったのか。

 スキャルは、ピアスを作った張本人でもある。アロス水晶の価値や可能性を知っているスキャルだからこそ、これまでにピアスの記録は取らなかったのか。それらが今、私が訊きたくなってしまったことだ。

 

「なんでお祖母様ではなく、私なんですか?」

「いいトコ突くわね。まあ理由は色々あるけど、何から話せばいいかしら」

「何からでもいいんじゃな〜い」

「・・・・・・それもそうね。そしたら一つ言っておくけど、これはカイリちゃんじゃなくて、イララちゃんにしか頼めないことよ」

「私にしか・・・・・・?」


 スキャルはゆっくりと頷く。


「前にもカイリちゃんに伝えたことだけど、あなた達が着けてるアロス水晶の『魔力』はちょっと特殊な条件で作用するのよ」


 持ち主の心に共鳴し、持ち主の願いや望みを叶えるかのように事象を発現させる。イララが、初めてカイリとネクシスに会った時に話されたことだ。


「で、願いとか望みを叶えてくれるって言っても、どうやらアロス水晶は人を選ぶみたいでね。カイリちゃんじゃ、まったく反応しなかったのよ」

「今までお祖母様が持っていて、アロス水晶の魔力を発現させたことはなかった・・・・・・と?」

「そうよ。それに水晶が選ぶにも、基準があるんじゃないかとアタシは推測してる」

「ん~? どんな基準なの〜?」

「それはズバリ、感情の強さの度合いよ」


 トントンと心臓の辺りを指でつつきながら、スキャルは言った。


「さらに分かりやすく表現するなら、持ち主が強く願えば願うほど水晶の魔力はそれに応えてくれる、って感じかしら」


 魔力が持ち主の願いを叶えてくれるのにも、それを望む気持ちが弱すぎてはだめということだろうか。

 私は過去に来てしまう直前、たしかに強く「逃げたい」と望んだ。


「イララちゃんが帰れない理由は知らないけど、この基準において願いの内容はあんまり関係ないわ。とにかく、何かを強く願う心に共鳴しやすいみたいね」


 と、話してから、スキャルは喉が乾いたのかカップを口につけた。

 

 イララは意思のないはずの魔力が勝手に基準を設けていることにまず驚いたが、今の説明でなんとなく疑問に思ったことが理解できた。

 魔力の基準に関してはまだ推測の域を出ないらしいが、まあ合ってそうだ。私が過去に来る直前の記憶と照らし合わせてみても、理屈は通っているように思える。

 

「・・・・・・これまでお祖母様は何かを強く願ったことはなかったんですか?」


 若いうちはなんでもすぐ願ってしまう。私がそうであったように、なんなら私より生きているお祖母様こそ色々なことを願ってそうだが。

 興味半分で聞くと、カップから口を離したスキャルが苦笑した。


「・・・・・・そういえばカイリちゃんって、あんまり欲がないわよねえ」


 カイリはコテンと首を倒して返す。


「うーん。欲が無いわけじゃないけど・・・・・・特別強く願わないのかな」

「感情が軽すぎるんでしょうね。きっと」

「なに〜? わたしの心は軽いって?」

「煽ってませんから。それがカイリ様の良いところでもありますよ」

「それはどうも」


 お祖母様の感情が軽いことは私も深く同感するが、それは、どちらかというとすぐに現状を受け入れてしまう彼女の性格だろう。

 自身の意志とは関係なく、前例が少ない女王になるよう教育され、挙げ句カイリはそれを拒もうとしなかった。王女という立場から逃れようとした私とはある意味正反対なのだ。

 そう考えれば感情の強さの度合いが正反対になるのもうなずける。


 最終的に水晶の『魔力』の観察はされることになった。同じくして、スキャルはしばらく王城で過ごし、私たちとともに行動してくれるようになり、彼との話はそこで終わった。


 


 



 

 


 



 

 

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