第12話 自己防衛

 グロリア王妃は生まれつき病弱であり、二年前に御子を産んだ際も命懸けの闘病を繰り返した。

 これ以上の子は見込めなく、グロリアの王都では不安が広がっていた。このままでは反王家派の貴族の勢力を勢いづけてしまう。


 宰相は現王に側室を娶らせ、男児を産んでもらうよう試みた。しかし、王は死の間際にいる王妃に心酔し、頑として新たに子を成そうとはしない。

 弱りきった王妃に項垂れ、公務もままならない状態である。いつクーデターが起きてもおかしくない。


 グロリア王国宰相のレンラント・ガイズはたび重なる公務に追われながら、王に代わって国の統治を行っていた。


 王妃の寝所から出てこようとしない王に、民と他貴族に秘匿している幼い王女。王家がこのような状態であるがゆえ、国内の勢力は傾きつつある。

 女とて古臭い慣習を捨てさえすれば王位継承をできるのに、私以外の臣下がそれを許さないのだ。

 王に若くして宰相に抜擢された私が気に入らないのか、自分が出した案は国議で片っ端から否定される。

 このままではグロリアは内戦に突入してしまうというのに、彼らはそれを理解した上で保身に走っているのだ。

 そんな者たちが我が王の臣下?


「・・・・・・はっ」


 嗤わせてくれる。何が臣下だ。何が国議だ。

 誰も国の行く末を考えていないではないか。


 これでは反王家貴族が内乱を起こさずとも、どのみち何かしらの革命は避けられない。そうなったら、それはもはや受け入れるべきことなのかもしれない。


 しかし、私は宰相だ。

 今となってはあの頃の影も見られないかの愚王に、一度は重要な任を任された。

 グロリア王家が滅びるまではこの国の宰相として死力を尽くす。そのつもりだ。


 そして私は今、数少ない突破口を探し、王家の資料庫にやって来ていた。

 ここにはこれまで国で施行、または廃止された政策の記録や、建国当初からの国事が微細に記された記録が残されている。

 私が探そうとしているのは王家の系図だ。

 これ以上の御子が見込めないのなら、これまでに生まれた分家から王位継承をさせる者を引っ張ってくれば良いのだと、私はそう考えた。


「・・・・・・」


 パラパラと流し読みで紙ををめくる。

 今日より三十年間の記録を見ている。この中に王家の血が濃く、かつ男児である人間を探す。

 

「・・・・・・いた。これだ」


 ―――ネクシス・タナ・グロリア。

 

 これは約二十年前の記録だ。となると彼は二十か二十一になる頃だろう。

 グロリア先王の妹が隣国のフォール王国、ショウル公爵家へと嫁いだことで産まれた男児。先王とその妹は歳が離れていたらしく、ネクシス様は現王よりずいぶん若いようだ。

 これだけ若ければすぐに倒れることはないだろう。それに彼は公爵家の人間でもある。王になるための素養も、教えればすぐ身につけられる可能性が高い。


 しかし、この方をグロリアの新王として迎えることが可能ならば願ったり叶ったりだが。彼はすでに法的にフォール王国の公爵貴族と定められてしまっている。

 なんの考えもなしに引き抜けばフォール王家が黙ってないだろう。


「・・・・・・どうするか」


 グロリアの家系図を見つめるレンラントは顎に指を添える。

 まず、グロリアにネクシス様を引き入れるにはフォール王国でれっきとした法的許可を得なければいけない。それはフォール王国の国王に、だ。

 幸いフォール王国とは建国当初からの親交がある。私たちが謁見の申し出を出せば無下にはしないだろう。肝心なのは、国王からネクシス様をグロリア王家に戻す許可を貰えるかどうかである。


 この系図を見るに公爵家にもまた、ネクシス様しか後継ぎがいない状態でもある。そうやすやすと手放してくれるわけはあるまい。

 見つけたは良いものの、現実味は限りなく薄い。


「・・・・・・ふぅ」


 私が王の代わりに国を統治し始めてから、色々な策を思案し、その九割が無意味だった。これも同様になりつつある。これ以上の、あるいは次に打つ手はもう私には思いつかない。


「これ以上の足掻きは無意味、か」


 レンラントは資料を元の棚に戻し、しばらく誰もいない資料庫で黙って目を閉じていた。



              ♢♢♢



 イララとネクシスが王城を出てから一日が経った。

 カイリはその間、国王から渡された未開拓の区域に関する資料に目を通していた。だが、ただ目を通すだけでは不十分だ。書かれている資料に対して具体的に精査した上で方策を上書きする。

 そして国王に改良版の方策を送り返すのだ。国王がわたしに政策に関する資料を渡してくる時は必ずこう返している。


 一つの案の精査を行う時間が長いだけに、すべての資料に目を通すのも一筋縄ではいかない。この前など六日も時間を要した。

 まったく、国王も資料を送りつけている相手が自分の娘だということを忘れているんじゃないのか。


 とはいえ、今回は別の仕事を頼れる二人に任せていたので一日中こっちに集中できた。彼女たちが王城に帰ってくるまでにはこの作業も終えることができるだろう。


「ん~~」


 カイリが伸びをすると長時間机に向かっていた身体はポキポキと音を立てる。どっと疲れが降りてきて、カイリはいつものようにぐでーと机に身を任せた。


 遅めのお昼寝に入ろうと目がうとうとしてきた時、男の声がカイリの耳に入ってきた。


「相変わらず、ご多忙のようね。カイリちゃん」


 男の口調はどこか女性らしさを感じる。

 カイリは机に突っ伏していた顔を起こして反応した。


「あれ、来てたんだ」

「ええ。ちょうど十分くらい前に、ね」


 肩くらいまで伸びた茶髪に、男の中では美形の部類に入るであろう容姿。三十代に差し掛かっている、この男のことをカイリは知っていた。


 スキャル・ノウブ。身分でいえば貴族ではないが、フォール王家と昔から関わりが深い人間だ。厳密に言うと、彼自身ではなく、彼の家とだが。

 彼の家は昔から金属を扱った装飾品を作ることを生業としている。フォール王家のティアラや指輪など諸々の細工品は、毎回ノウブ家の工房に依頼している特注品であった。

 カイリが片耳につけている、アロス水晶のピアスも彼が製造したものだ。


 スキャルは工房を継いでから、しょっちゅう王城にやって来るので、今ではこうして気軽に会いに来られている。年齢的にはカイリよりも年上ということもあり、幼い頃から兄のような存在でもある。

 彼は部屋に入ってきて、机に並べられた資料を覗き込んだ。


「また国王様から新しい国政の案渡されちゃったの?」

「まあね」

「あなたも大変ねぇ。あたしなら我慢できずにこんなものほっぽり散らかしちゃうわよ」

「そう? わたしはそんなに嫌でもないけど」

「・・・・・・才能だわね」


 「そんなことより」と脱力状態に戻ったカイリは男に聞いた。


「で、今日は何しに来たの? なにか理由はあるでしょー。それとも特別な理由はない?」


 彼が王城に来るときはあまり理由が無いことが多いが、今日は違うだろう。

 王女が聞くと、スキャルは窓際に歩いて行き、城都のさらに奥を見据えた。


「もちろんあるわ」

「じゃあ、それは何?」

「それわねぇ。イララちゃん、よ」

「んー。やっぱり」

「あらぁ。分かっちゃう?」

「分かるよー」


 イララがピアスに宿る『魔力』で過去に来てしまった事は、すでにスキャルにも伝えてある。この事を知る人間は少数で抑えていきたいところだが、ピアスを製造した本人だし、これまでの信頼関係で彼には伝えておいた方が良いと判断した。


 スキャルは実家の細工技術だけではなく、その傍ら『魔力』に関する研究者でもある。だからイララのために彼には協力してもらうつもりだ。

 それにカイリが、ネクシス以外でイララが未来から来た、ということを真っ先に伝えたのは、他ならぬ彼なのだ。


 いつかイララに会いに来るとは思っていた。彼は利己的に行動する男だが、自己しか眼中にない馬鹿ではない。

 『魔力』の研究を進める中でスキャルにとっては、イララは最高の観察対象だ。


「イララちゃんとネクシスちゃんは今どこにいるのかしら?」

「ふっ、分かってるくせに」

「あら、念の為の確認よ。カイリちゃんがよく知っているんでしょ」

「念の為の確認、ねえ。どこにいるか、知ってるだけでも普通ならおかしいんだけど」


 カイリは苦笑して言った。

 なぜ、彼が、イララとネクシスの居場所を知っているのか。二人に任せた件は、仮にも国務なのだが。


 スキャルはカイリの父である国王とも旧知の仲で、よく酒を二人で飲んでいる。その時に彼は酒の力を使いながら父から国情報を聞き出してしまうのだ。

 例に漏れず、昨日の夜も二人で飲んでいた。おそらくそこで、父を介してわたしが付き人二人に燃石の件を任せたことを把握されたのだろう。


「・・・・・・まあそうだねぇ。二人は今採掘場に行ってるよ」

「いつ頃、王城を出たの?」


 聞かれてカイリは背もたれにより掛かり、「うーん」と唸りながら答える。


「出たのは・・・・・・昨日の朝だよ」

「採掘場までは半日くらいだったはず・・・・・・。なら、もうすぐ帰ってこられるかしらね。教えてくれてありがとう」

「・・・・・・これで満足?」


 スキャルはにこりと笑って「ええ」と言った。


「イララちゃんたちが帰ってきた時に、またお邪魔するわ」


 そう言うとスキャルは手を振って部屋から出て行ってしまった。

 また来る、ということは、今日も一日中王城に滞在するつもりなのだろうか。あまり父を誑かして情報を入手するのも、お酒を飲み明かすのもほどほどにしてほしいものだ。

 

 事前に話してしまったわたしが悪いが、ここではイララの存在は隠すに越したことはない。彼がいくら口が堅いといっても、いつ、何の拍子で重要な情報が漏れてしまうか分からない。

 イララを守るためには、これからは彼の動向にも注意しながら動いていこう。


「ま、わたしも自己防衛くらいはしようかなあ」


 と、カイリは呟いて、またペンを手に取った。

 

 紙作業は早々に終わらせて、早くイララたちを迎える準備をしなくては。

 もう一人の王女に頼む、次の仕事はもう決まった。





 



 


 

 


 




 




 






 

 


 



 

 


 






 





 

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