第11話 見せたいもの
燃石の再補充の片が付いたネクシスとイララは採掘場がある鉱山の麓の村に行った。
あと一時間も経てばここら一帯は暗くなる。夜は馬車に乗っていても強烈な寒気が貫通して耐えきれない寒さになるらしい。馬も凍死してしまうことがあるくらい。
今晩は村の宿で体を休めてから、明日の朝に王城に帰っても問題は無いとネクシスは言っていた。
イララも王城を出る前に、カイリから「頼んだことが終わったら観光してきてもいいよ」と直接許可をもらっている。
マグナカリュドの一件でかなり予定時間とはずれてしまったが、イララが本当に楽しみにしていたことは燃石の再補充の契約ではなく、村に遊びに行くことだった。
村までは採掘場がある鉱山から山道を下ってすぐだと聞いた。イララとネクシスは日が完全に落ちる前に村に向かって歩いていた。
あからさまに上機嫌な王女にネクシスは聞いた。
「村に行くの、そんなに楽しみなんですか?」
「うん。もちろん楽しみだよ」
「ここまで村に行くのが楽しみな方はイララ様以外にいませんよ」
と、ネクシスは苦笑して言う。
「・・・・・・私はずっと王城の中で暮らしてて、今までこんなこと無かったから」
「お父上に王城で暮らすよう言われていたんでしたっけ?」
「うん。お前が心配だから、って」
言われ続けて、王城を出る回数もだんだん減り、王妃教育が始まった頃にはほとんど無くなった。
それが私は嫌だった。お父様は私が嫌なことをわざと押し付けてくる人ではない。ただ私のことを考えてくれているだけなのだと、理解している。
それでも私はずっと王城の外の景色を見てみたかった。王城で暮らすだけの日々は嫌だった。
こんな話題だからかイララはふと思い立ってネクシスに質問をした。
「・・・・・・ネクシスはお父様かお母様と喧嘩したことあるの?」
「ありますよ。まあ喧嘩っていっても俺が一方的に愚痴を言ってただけですけど」
「例えばどんな?」
九割近く真面目に質問するイララに青年は笑って答える。
「俺はそのとき、公爵家次期当主として自分で自分に重荷を背負わせて、かなり追い詰めていたんです。それで、中々思うように事が運ばないのでその鬱憤を両親にぶつけていました」
「・・・・・・へえ。なんか意外」
「ほんとにあの時のことは思い出したくないです」
「でも覚えてるんだ?」
「記憶から消したくても、消せないことですから」
そう答える彼の目はどこか後悔が残っていた。
彼はもう数年近く両親と会っていないのだ、後悔は少なからずあるのだろう。
「そういえば、カイリ様とはこれまで一度も喧嘩したことがありませんね」
「それは、ネクシスがなんでも言うことを聞きすぎなんだよ。もうちょっとお祖母様に意義を申し立てても良いんじゃない?」
イララは彼らと会ってからたびたび思っていたことを口にした。
だが、青年は首を横に振った。
「俺はカイリ様のあの性格は嫌いではないので」
「ふふっ。私も同じ」
「なら、なんで違うんでしょうかね」
「・・・・・・?」
山道の中腹、ようやく麓が見えてきたところで彼は言った。
「カイリ様はあんなに自由な性格なのに、イララ様のお父上はどこか慎重な方に聞こえる」
言われてみればそのとおりだ。お祖母様とて何も考えていないわけでは無いだろうが、たしかにお父様とは対極の性格に思える。
子供の性格は親の育てようでいくらでも変わるものだ。が、その一方で性格のほとんどは生まれ持った天性のものでもある。
つまりお父様とお祖母様の間で決定的に違うことは、もともとの性格ということだろう。
「イララ様を半ばずっと王城に閉じ込めていたのもお父上の性格と言える」
「お父様の性格・・・・・・」
「はい。このことを何と言うか、イララ様はご存知ですか?」
今度はネクシスが質問を投げてくる。イララは急な質問に戸惑う。
彼はイララの回答を待たず、微笑みながら言った。
「不器用、です」
「あぁ・・・・・・!」
先んじて正解を言われ、悔しがる王女を横目にネクシスは続けた。
「おそらくお父上はイララ様のことを誰よりも心配していらっしゃる。ですが、不器用な性格ゆえにうまく伝えようとせずに・・・・・・」
「私を王城に閉じ込める感じにしてしまった?」
「全部、俺の推測ではありますが。そういう事だと思いますよ」
私がお父様と喧嘩した時はすでに私を王城に閉じ込めていた。なおさら、自分の娘のことが心配だから、など言葉で伝えようとしても私には伝わらなかっただろう。
ネクシスは遠い彼方を見つめる。
「未来へ帰ったら、お父上の素直な気持ちを改めて本人に聞いてみたらどうですか?」
「・・・・・・」
「もしかしたら今までイララ様が思っていたこととは違うことが返ってくるかもしれませんよ」
そんなネクシスの推測に王女は「そっかあ・・・・・・」とだけ呟いた。
イララはネクシスが言ったことを今まで考えもしなかった。お父様が私を王城に閉じ込めていたのは、次代の王を嫁がせるまでの時間稼ぎが理由の七割だと決めつけていた。でも。
本当の気持ちは本人から真っ当に受け取らなければ知ることは出来ない。
それで、麓の村へ着くまで、イララは黙ったままだった。
♢♢♢
二人が村へ到着するのとほとんど同時刻に日は落ちきり、山々には陰が被さっていた。
外灯のオレンジで満たされた村以外は、もう何も目視することが出来ない。たしかにあのまま帰ろうとしても無理があったと今になって思う。
村へ着くとイララとネクシス、そして御者、三人分の部屋を確保する。
幸いこの村は旅人やら商人やらも立ち寄れる想定で造られたようで、宿は村の至るところに点在していた。
寝泊まりするできる場所を確保できたら、あとは心配することはなにもない。
イララは目を輝かせながら村を歩き回り、ネクシスがそれについていく。
翌日にはすぐ帰る約束なのだ。今のうちにいろんなことを見てみたかった。
途中、ネクシスが選んだ店で食事を楽しみつつ、イララは初めての村探索を堪能した。その上で心底残念だったのが自分がお金をもって来ていなかったことだ。あれこれ出店を回っていると幾度か珍しい品に手が出そうになった。
しかしネクシスにお金は借りられないし、それらは断念せざるを得なかった。
彼は「お金あげましょうか?」と数度に渡って私の心を揺さぶってきたが、借りるわけにはいかない。自分のプライドがどうとかいうことではなく、そもそもお金を借りても返せないのだ。
私のお金はすべて未来の王城にある。未来に帰れたとしても、その時点でネクシスは過去の人間なのだ。返したくても過去の人間に返すことはできないだろう。
そんな理由を話すと「返さなくてもいいですよ」とネクシスは笑った。だが、彼には自分のお金ぐらい自分の好きなように使ってほしい。
まあ、またこの村へ来るための口実ができたと考えればなにも問題はない。
二人は出店付近の賑わいが冷めぬ内に、宿に戻った。今夜はできるだけ早く寝て、明日の朝に起きられるようにしたい。
王城のカイリの寝室に比べれば、この宿の部屋は広いとは言えない。だが、遠方の旅先では雨風を凌げる部屋と、ベッドがあるだけでそれは満足のいく宿だ。
村の中心街から宿に戻ってきてから、あくびが多発し、瞼も重くなってきていた。そろそろ眠るべきか、とイララは思いつつ、そこそこ上質なベッドに潜り込もうとしていた。
そこにネクシスが訪ねてくる。
ノックがされ、扉越しに青年の声が聞こえてくる。
「・・・・・・イララ様失礼します。寝る前に、少し時間はありますか?」
「え? あるけど・・・・・・」
イララが何の用か聞く前に青年はさらに言った。
「案内したい場所があるんです。村からそう遠くはないので、なるべく早く宿の外に出てきてください」
「わかった」
「あと、外に出る前には絶対コートを着てきてください。村から近いとはいえ、発暖機が効かない場所なので」
もう一度応答すると彼は行ってしまった。
首を傾げるイララはベッドに脱ぎ捨てていたコートを再び着直して部屋を出る。他の客もいるので足音をたてずにロビーまで進み、宿の外に出た。
「・・・・・・は、さむっ!」
宿の外に出た途端に思わず声がこぼれる。まるで冷水の中に身を投じたような極寒だ。
この村には中心に発暖機が埋められており、村全体が温められているはずだが。それでも寒さを感じさせるとは。村を出たらどれだけ寒いのか、想像に難くない。
「イララ様」
呼ばれ、王女は振り向く。
と、ネクシスは大量の毛布を腕いっぱいに抱えて立っていた。
ぎょっと目を丸くした王女は聞く。
「外に出てもいないと思ったら・・・・・・それは何?」
「もちろん、コレ全部羽織っていってください」
「じょ、冗談だよね?」
彼はにこりと笑って、言った。
「冗談じゃありません。その程度の軽装じゃ、宿に戻っても風邪引くので」
機械で温められている村でさえこんなに寒いのだ。風邪どころか凍死する。私も村の外に出たらもっと危険な寒さなのだろう、と薄々勘付いてはいたが。
「そんなにたくさん、必要なの?」
「寒さから体を守るためにはとにかく空気を遮断するんですよ」
「それは、分かるけど・・・・・・」
「これから案内する場所は時間で大きく左右する所なので、早くこれにくるまってください」
ネクシスは「さあ」と過剰に笑顔で押し切ってくる。最終的には強引に大量の毛布で体をくるまれてしまった。
彼が案内したい場所はこの村の北西、山道の直ぐ側にある湖らしい。先刻ここを歩いていた時は密集した木々で隠れ、湖があることすら気が付かなかった。
彼が言うにはこの湖でしか見られない光景があり、それがこの村の売りでもあるのだと。
時間帯的には日付が回った瞬間によく見られるのだが、自分たちは明日の朝すぐに村を出発する必要があるのでその瞬間は見られない。
しかし、早朝深夜でなくとも見られることがあるため、いつその瞬間が来てもいいように早くそこに行って、待っておきたかったらしい。
人影などない、湖までの道を二人は最大限の速さで歩いていく。
そして―――
水面が凍った湖に着いたとき、王女は息を呑んだ。
重い体を必死に引きずって歩いたことによる、荒い呼吸を整える間もなくちょうどその瞬間は訪れた。
夜空いっぱいに淡い翡翠色のヴェールが輝く。凍った湖面にその光は映り、その空間全てが幻想的な景色を生み出す。
暗い世界に点々と星々が顔を出し、それらを翡翠のヴェールが包む。
真っ暗な空が光り輝いた、その瞬間は実に数分の出来事であったが、その光景は一枚の絵画のようにいつまでも王女の中で消えることはなかった。
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