第10話 最適解

 ―――熱い。

 外の雪山とは対象的な温度だ。強烈な熱さが皮膚を襲う。

 だがネクシスの皮膚はまったく焼ける様子を見せない。彼は気負いすることなく坑道の深部へずんずん進んでいく。


 自身の体質上、まわりの環境の影響を受けにくいのでこうした過度な温度の中でも問題はない。今第一に怖れているのは服がこの温度に耐えきれなくなることだ。

 この坑道内は温度が非常に高いだけではなく、燃石の採掘がついさっきまで行われていた。高温の空気中にいくつもその残骸が浮遊し、ときどき火花を散らしている状態だ。


 服に火花が飛び散り本格的に燃え広がれば、いくら高温に耐性がある自分でもひとたまりもない。

 

「・・・・・・急ぐか」


 坑道は地中深くまで伸び、途中でいくつも分かれ道ができるように枝分かれしている。

 構造が複雑なのは王城内を歩き回っている自分からしたらどうということはないが、いつものように勝手がきかない分、マグナカリュドを探し出すのには少々の時間を要する。


 深部へ進むほど周囲の温度が上がっていっているのが肌からわかる。

 確実にマグナカリュドの近くへ迫って来ている証拠だ。


 ―――だが。


「ここは・・・・・・いないか」

 

 何本にも枝分かれしたうちの一本の道を辿って、ようやくその道の行き止まりまで来た。

 ここには、いなかった。

 すでに温度の高さからして、この辺りの層にいることはわかる。あとは残りの道を同じように行き止まりまで辿って行って、探し出すだけだ。



 

 王城を出発する数分前。

 ネクシスは馬車に乗る前、カイリからもう一つ頼み事をされていた。

 彼がイララに付いて行った理由は王女の安全確保以外にも理由があった。


『―――ネクシス、もう一個頼み事頼まれてくれない?』

『・・・・・・なんですか?』


 それは数ヶ月前採掘場に現れた魔物を討伐して来るというものだった。

 聞けばその魔物を討伐しない限りフォール王国へ燃石を補充することはできないらしい。数日前に入ってきた情報で、彼女はこの状況になることを想定してネクシスをついて行かせる意図を説明した。


『そんなわけで、例の魔物の討伐よろしく!』

『・・・・・・討伐隊を派遣して解決できなかった魔物を俺に頼むんですか』

『ネクシスの強さは昔から知ってるし。でもヤバくなったら逃げてもいいからね』


 自分のことでもないのに自信満々に答えたカイリは普段持ち歩かない長剣を差し出す。


 火急の報せとはいえ、重要なことを出立する直前に彼女は言う。だが俺は自分にできることは何でもやると心で誓っていた。そうやって恩を返せるだけ返すと。

 これだけ頼られているのだから悪い気はしない。


 ネクシスは微笑を浮かべ長剣を受け取った。


『分かりました。イララ様に危険が及ばない範囲で試みます』

『うん、頼んだよ』


 そうしてネクシスはもう一人の王女が待つ馬車に乗り込んだのだった。

 



「―――当たりだな」


 カイリからの依頼を思い返していたネクシスは足を止めた。

 

 あまり探すのに手間取っていると、外にいるイララ様に心配されてしまう。長引かせたくない時間ではあったが、坑道全体の四割近くで当たったのだから悪くない。

 

 鉱石輸送用のレールが途中で途切れ、ここまで行き渡っていない。直近で採掘が始まっているところのようだ。それなら燃石はまだ大量に残っているだろうし、ここに居るのも不思議ではない。


 マグナカリュド・・・・・・一見熊にも見えるそれは頭に一本角を持っている。あの角で体内温度を調整するのだ。

 外殻は岩にも似たゴツゴツとしており、硬い皮で体を守っている。

 この気温の中であの装甲を破るのは相当難しい。

人に害があるほどの温度に耐えつつ、戦闘を行わなければいけない。それだけでハンデを負っているようなものだ。

 無駄に大人数で突撃しても、討伐することはできなかっただろう。


「・・・・・・ヤバくなったら逃げる、か」


 ネクシスは音を立てず長剣をすらりと抜く。


「俺は自分を守りたくはないんだけどな」


 普段他人には見せない残酷な顔で言ったとともに彼は地を蹴った。



              ♢♢♢



 ある若い貴族が坑道に入ってから数時間。

 採掘場は張り詰めた空気と静まることを知らないざわめきで満たされていた。


 広場に集められた坑夫たちの誰もが、もうあの若者は中で死んでるだろう、と話し始めたとき。

 ネクシスは平然とした顔で戻って来た。


 露出した顔や手に火傷痕は見られず、怪我も負っていない。

 ネクシスは受付係に「討伐した」とだけ伝え、それ以外は何も言わなかった。

 坑夫たちと受付係は到底信じられない様子だったが、ジュウドという大柄の坑夫が坑道内で死体を確認してから彼が討伐したことは確かなものになった。


 本当にマグナカリュドをネクシスが討伐したのかについてはイララも坑夫たちと同じ疑問を抱いた。


 イララは驚きと称賛で坑夫たちに囲まれているネクシスに近付いて、聞く。


「ネクシス」

「なんですか?」

「いったいどうやって討伐したの」


 ネクシスはすぐには答えない。

 

 イララや坑夫の抱いた疑問は当然のことであり、いたって普通のことだ。


 マグナカリュドに近付くほど坑道内は高温地帯になっていたはずだ。なのに彼は火傷一つ負っていない。それどころか坑道に入る以前と身体の状態が何一つ変わっていない。

 国自らが討伐隊を派遣しても、むしろ被害を被った魔物をどうやって討伐したのか。


 先刻まで称賛の言葉を浴びせていた坑夫たちもイララに追随する。


「お嬢ちゃんの言う通りだなぁ」

「若さん。あんたいったいどうやってマグナカリュドみたいな大物を仕留めたんだ?」

「本当に剣だけで殺っちまったのか?」


 ネクシスは坑夫たちの怒涛の質問の数々に困ったような顔をした。その疑問に青年は少し間を空け、


「秘密です」


 と、いたずらっぽく微笑んだ。

 すると坑夫たちは負けじと距離を詰めていく。

 

「おいおい、兄ちゃん。隠さなくていいんだぜ」

「別にオレたちゃなにも言わねえからよぉ」


 謙遜と認識されたのか坑夫たちは肘で彼をつついて、また彼を困らせる。彼は自分の強さを隠したいようだった。


 坑夫たちの気になる気持ちも理解できなくはない。血生臭いことを知らなそうな細い腕に、華奢な身体。彼ほど魔物討伐が似合わない貴族は他にいないだろう。


 しかしネクシスは魔物を単身で討伐してしまった。それが彼の強さを証明する何よりの根拠だ。

 そしてネクシスが未来で起こしたフォール王国に対する裏切り。その裏切りを長引かせた要因の一つがこれで分かったような気がする。

 彼個人が一回の兵士より強かったことで、カイリに征討されるまで簡単には陥落しなかったのだろう。


 でもそうしたらもっとわけが分からない。

 お祖母様と私が失敗したことを笑って許してくれた、お菓子作りが好きな優しい彼。狂気の道を歩み、未来で主に殺された彼。

 どちらが本当の彼なのか。いや、どちらも本当の彼の一面であることに変わりはない。真に見定めるべきはどちらが「本物」の彼になって行くのか、ということだ。

 

 現時点ではまだ分からない。これからもっと彼を知っていけば分かるようになる・・・・・・と私は思った。


「イララ様」

「えっ、あ、なに?」

「早くここを離れましょう。流石に俺も限界です」

「・・・・・・あ」


 私が考え事をしている間にも坑夫たちによる、質問攻めは停止していなかった。ネクシスは今までに見たことないくらい気疲れした様子でイララの横に戻って来る。

 坑夫たちは変わらず気のいい声で「悪かった」「すまんすまん」と謝り、彼に感謝した。

 彼らも討伐隊が返り討ちにあってからもうしばらくは採掘が難航すると考えていたようで、あんたたちが来てくれて良かった、と言って作業再開のためまた坑道へ行ってしまった。


 二人はマグナカリュドの死体の回収の目処がつくと、改めて燃石の契約を済ませた。


「この度は本当にありがとうございました」


 マグナカリュドが討伐された、という旨の連絡を組合本部に送った受付係はやはり頭を下げた。そして新しい契約書類を出してくる。


「ただいま本部にも連絡したところ、今回はマグナカリュド討伐の埋め合わせとして、本来の金額より三割ほど差し引いた金額で燃石を提供させていただきます」

「・・・・・・いいんですか? 俺はあくまで国のために討伐しただけで、これはこちら側が勝手にした事ですが」


 今回ネクシスはフォール王国の使者としてマグナカリュドを討伐した。それは自国の状況が燃石の補充の見通しが立たないと、危ぶまれるものであったからだ。

 討伐の件自体は正式に組合から依頼を受けていない事であり、より大雑把に言えば彼の勝手である。にも関わらず、三割差し引くというのは相当なサービスだ。

 ネクシスがいまいち素直に受け取れていないようだった。

 すると後ろから太い声が返ってきた。

 

「それは、オレが提案させてもらったことだ」


 マグナカリュドの回収に行ったはずの坑夫、ジュウドだった。どうやら死体回収はもう済んだようだ。


「なあに、あんたらは心配しなくていい。オレたちは何よりも商売が出来ない事に困ってたんだ」

「でも三割も差し引いたら組合に利益が無くなっちゃうんじゃ・・・・・・」


 王女にもネクシスの懸念していることは伝わっていた。

 マグナカリュドが討伐されたことがいくら組合側にとって都合が良いことでも、三割は多すぎる。組合が義理堅いことはよく分かったが、それで組合に利益が無くなり、経営破綻してしまったらフォール王国にも影響が後々出てくる。それでは元も子もない。

 だがこちらが素直に受け取らない事は織り込み済みだと言わんばかりにジュウドは訂正した。


「こっちも、何の考えもなしに提案してるわけじゃねえさ。そこでもう一つ提案がある」

「・・・・・・?」

「今回は三割差し引かせてもらう、が、代わりに他の鉱石も定期的に買っていってくれ。もちろんほか以上の融通は利かせるつもりだ」

「 ・・・・・・」


 彼が言いたいのは、今回の三割分は他の鉱石をフォール王国が購入することで採算を合わせろ、ということのようだった。

 確かに、フォール王国は国単位で燃石以外の鉱石は基本的に買っていない。だからこそこれを機会に燃石以外の鉱石を主とした取引も追加しようというのだ。

 組合としても、それである程度の採算は取れるだろうし、フォール王国側も「融通を利かせる」がまともな内容なら損にはならないだろう。


「では例えばどんな融通を利かせてくれるんですか?」

「掘り出した中で、最も価値のある鉱石から順に提供する。鑑定は組合が信頼をおいているものに任せる」

「なるほど・・・・・・」

「・・・・・・」


 組合の新たな提案は飲み込めない事もない。正直話しから聞くには利益は見込める。

 だがすぐには返事は返せない、二人が返事となる言葉を答えられないでいると。

 ジュウドは三割差し引きの契約が載った紙を持ち上げて言った。


「この提案に対しての答えは今すぐじゃなくていい。ゆっくりと国に持ち帰ってくれ。まあ、一応組合にも利益は十分残る、とりあえずこれはこれで受け取ってくれ」

 

 ネクシスは少し黙り込んでから、イララに判断を仰いだ。


「イララ様、どうしますか?」

「・・・・・・お祖母様には直接聞いてみないとだけど、私はこれで良いと思うよ」

「わかりました」


「決まりだな。受付の姉ちゃん、あとは任せたぜ」


 受付係は元気よく「はい!」と返事をして、ジュウドは小屋から出ていった。

 

 使者二人は新たな契約書の方で、燃石補充の手続きを終わらせた。

 予定とは大分違う感じになってしまったが、これでカイリから頼まれた用事は終わった。そして外では太陽は雪が降り積もった山々に隠れ始めていた。




 


 


 


 

 


 

 

 



 

 


 

 

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