第9話 剣を一振り

 快晴の下、周囲に連なる山々はすっかり雪を被っている。足元の雪の感触から、おそらく昨夜に降ったばかりなのだろう。


「見えてきましたよ」


 雪山にはところどころに坑道らしき穴が空いている。

 前方に円形に雪が撤去された広場らしきものが小さく見える。厚着をしても身体の芯から冷えるこの寒さの中、広場にひしめく人々はまともな防寒服を着ていないどころか薄い作業服姿のようだった。


 二人は広場の側にポツンと一軒だけ建っているレンガ造りの小屋に入った。ネクシス曰く、この小屋で採掘場の運営と管理が行われているらしい。


 小屋の中は重々しい外観とは反して、どちらかと言うと役場のような趣があった。

 採掘場を運営する組合から事務担当が数名配置されているらしく、受け付けがいくつか並んでいるが、利用している人は見当たらない。

 というか、ひとけ自体少ない。


「やけに静か・・・・・・」

「俺達みたいな用事でしかここは使いませんからね」


 国単位の量の燃石を購入となるとこのような場で面倒な手続きのもと契約が必要だが、例えば個人経営など小単位ならば市場に出向けば済む話なのだ。

 どう考えても数としては後者の方が多いのだからここに人がいないのは必然のことだ。


 二人が適当な受け付けに歩いていくと、カウンターの隅に呼び出しベルが置かれていた。

 ベルを鳴らすとカウンターの奥の部屋から二十代半ばと思われる女が出てくる。


「はい、何か御用でしょうか?」

「私達はフォール王国の使者です。燃石の再補充の契約をしに来ました」

「フォール王国・・・・・・ああ、確かに先日カイリ王女から連絡をいただいておりました。少々お待ち下さい・・・・・・」


 そう言って受付係は奥の部屋に引っ込んだ。

 契約にあたって組合側から発行する契約書もある。それを取りにいったのだろう。

 しかし、戻ってきた受付係は肩を落として謝罪してきた。


「申し訳ありません。現在契約書に記載された量の燃石をご用意できません」


 続けてインクを付けた羽根ペンを白紙の上で走らせる。


「現状提供できる燃石の数量は・・・・・・このくらいとなっております」


 白紙の上に書かれた数はとてつもなく多いが、王城を出立する前に契約書に目を通したイララはそれがフォール王国の要求する燃石の量の半分にも満たない数だということがすぐに分かった。


「これだけしか無いんですか?」

「はい。これが掘り出された燃石の内、こちらで提供が可能となる限界です」

「・・・・・・おかしいですね」


 受付係が提示した紙を見ながらネクシスは言う。


「以前フォール王国の使者が燃石を買い取りに来たときはこんな事はなかったはずですが」


 採掘場で掘り出された鉱石はそのすべてが市場に送られ、現地で商人たちに買い取られるのではない。

 燃石だけ掘り出された量の六割は各国との取引のため倉庫に貯められている。

 そしてどの国も一度で数年はもつくらいの量を買い取るので、取引はそう頻繁に行われることはない。

 その上で年がら年中掘り出される燃石がこの程度しか余っていないというのは明らかに異常だ。


「貴方がたの仰るとおりです。実は、ある問題が起こっておりまして・・・・・・」

「問題?」

「何があったんですか?」



 イララたちが訊いた瞬間、バンッと急に小屋の扉が外から開かれた。


「止血用の包帯はおいてあるか!?」


 白い雪景色を背にして立っていたのは、目元あたりを赤く腫らした中年の大男だった。

 腫らした頬の皮膚は今にも皮が剥けそうになっていて火傷に近い。


「ジュウドさん!? まさか、またアレが?」

「あぁ。今回は入り口付近まで追ってきやがった。幸いにも怪我人は二人かそこらだが・・・・・・」

「そうですか・・・・・・。包帯なら、ここに」


 受付係はカウンターから坑夫と思しき大男に包帯が詰められたケースを渡した。


「すまねぇが、今日はこれ以上採掘できないかもしれねぇ」

「・・・・・・分かりました。本部の方にもそう伝えておきます」


 受け取った包帯を抱えた大男は頷き、自分の怪我など意にも介さずかけ出ていく。

 外で何が起きているのか状況が飲み込めない二人を前に、受付係はふぅ、と息をついて眉を押さえる。


「あの方は・・・・・・?」

「あ、えっと、この採掘場で働く坑夫たちに指示を回すリーダーのような方です」

「怪我人が出たって言ってましたけど・・・・・・」

「それに、今日は採掘が出来ないとも言ってましたね」


 おそらく受付係が先刻言っていたここ数ヶ月の間で起きたある問題と関係している。

 受付係は困ったような顔から元の面持ちに持ち直し、返した。


「はい、実は数ヶ月前から燃石が採れる坑道内にある魔物が棲み着いていて、今こちらとしては満足に採掘ができない状態にあるんです」


 そしてしばらく二人は数ヶ月前から坑道内で起きている問題について説明を受けた。


 坑道内に棲み着いている魔物の名はマグナカリュド。熊から派生した種で、常に人の何十倍もの熱を帯びた体を保っている。

 そのせいで人間が少しでも触れようものなら触れたところが一瞬にして焼かれ、今回も対処に手間取っているのだ。

 追い出そうと思っても簡単に追い出せるような相手ではなかった。

 

 マグナカリュドは燃石は対象外だが、鉱石を好んで食す傾向にある。

 近くの洞窟の鉱石はあらかた食い尽くされ、新たな餌場を求めてこの採掘場にやって来たものと思われる。

 実際この数ヶ月で鉱石が食い散らかされた跡も何度か目撃されているらしい。


「欠片では売り物になりませんので、こちらとしても大損害を被っているんです」

「・・・・・・でも燃石は食べないんですよね。採掘できないのは?」

「マグナカリュドはどうも自分の住処を高温にしたがる性質があるそうで」

「・・・・・・?」


 イララが首を傾げるとネクシスが補足をする。


「つまり、マグナカリュドは燃石を燃やして自身の棲みやすい環境を作っていて、その温度は人に害があるほどのもの、ということですね」


 燃石は刺激しなければ何の変哲もない石だが、外部から熱を受けることで一気に温度が上がる。

 今回はその外部の熱の役割を果たしているのがマグナカリュドなのだろう。


 しかし、手の付けようがないからと組合側も黙っていては、せっかく開拓した採掘場の鉱石はマグナカリュドの胃袋に入ってしまう。

 

 これまでにも組合が所属する自国に討伐依頼を申請してはみたものの、討伐隊として派遣されて来た者たちは全員重度の火傷を全身に負って帰ってきたらしい。

 そしてマグナカリュドが坑道内に棲み着いてからの数ヶ月間、未だにその対処に手をこまねいていたのだ。

 

「これが燃石を採掘できない主な問題です」

「・・・・・・では、その問題が解決しない限り燃石の用意は見通せないと」

「そのとおりです」


 ―――困った。


 これはフォール王国にとっても大問題だ。

 フォール王国内の街の灯りはほとんどが燃石をその燃料にしている。

 前回で数年分は賄える量を補充しているのですぐに尽きることはないが、あと数ヶ月後には新たに燃石を国に運び込まなければいけない。現時点で燃石補充の見通しさえ立たないというのはかなり危うい事態だ。


 「別の採掘場を頼ればいい」と昔の自分なら考えていたかもしれない。

 こうして実際に国の内面を再認識したことで見えてきたことがある。

 各国が膨大な燃石を求めるのはどこか。それはそれぞれの国から一番近場にある採掘場である。この決まりは国同士の取り決めではない、お互い無為な争いを避けるために確立されていったいわば暗黙の了解のようなものだ。


 各地に採掘場は大小さまざま存在し、それらすべてに必ず一国は資源の供給を求めている。

 つまり今別の採掘場に新参者のフォール王国が燃石を求めても突っぱねられるだけ、というわけだ。それで他国に影響が出れば最悪の場合、戦争の火種になりかねない。


 明らかにこの選択は聡い判断とは言えない。


 ひとまず、一度王城へ戻るべきかもしれない。

 こちら側が提示した量を見込めなかったとしても、それだけで「なら、いらない」とは私だけで決めることは出来ない。

 フォール王国からもマグナカリュドの討伐隊を派遣するにしても、まずは国王の判断を仰ぐ必要がある。

 王城へ戻りお祖母様に状況を伝えなければ。

 

 王女は慣れない思考を止め、自分自身よりも頼りにしているネクシスに意見を聴こうとする。

 茶髪の青年は彼女が名前を呼ぶよりも先に思ってもみないことを言った。


「・・・・・・なら、俺がその魔物を討伐してきましょうか?」


 時が止まったかのような静寂が通り過ぎる。

 イララより一足先に静寂から戻った受付係はおずおずと問う。


「・・・・・・その、使者様お一人で、ですか?」

「はい」


 あくまでも平静を保った声。

 武装した討伐隊が無傷で帰ってこられなかった話を聞いていたはずのネクシスは、イララがやめろと言っても、受付係が考え直すよう促しても、変わらない表情で坑道へ行ってしまった。




 剣を一振り腰に差し、ネクシスは身が焼けるくらいの空気が隙間なく漂う坑道に入った。先刻はあれほどやめろと口うるさく忠告したのに、彼は「大丈夫です」と聞く耳を持たなかった。


 入り口付近までマグナカリュドが出てきたこともあって、燃石の坑道で採掘をしていた坑夫たちは一度広場に集められている。

 いくつも異音が混じり合ったざわめきから感じ取れることは、「驚き」「疑問」「哀悼」。

 普段は国の中心部で国務に勤しんでいるはずの若い貴族がこんな所で命を擲つという、坑夫たちから見れば相当な奇行を彼はした。

 興味本位でも覗けないし、坑道内へ行こうとする坑夫はいない。


 誰も「もうあの貴族は戻ってこないだろう」と言っていた。

 派遣された討伐隊はそれなりの格の強さを認められ、しかし討伐は叶わなかったのだ。十分な装備なしに剣一本でしかも、若い貴族がどうにか討伐してくれるとは思わないのだ。


 戻ってくる見込みが無くなり始めた頃、だが剣を一振り携えた貴族は無傷で坑道から顔を出した。




 

 

 






 




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