第4話 私のやるべきこと

コンコンコンッ


 ノックがされる。

 クローゼットの中に用意されていたドレスに着替えたイララはその扉を開いた。


「着替えは済みましたか?」


 開いた先には来客用だという部屋を用意してくれた美青年が立っていた。彼はネクシス・ショウルという名で王家直属の公爵貴族であった。


「ええ。こんなにきれいなドレスに替えてもらって」

「お礼ならカイリ様へ。それと、先程のドレスは汚れを落としてまたお返ししますので」

「わかったわ。ありがとう」

「では、今度こそカイリ様のもとへご案内します」


 イララは来客用の部屋から出てネクシスの背中を追う。カイリの私室に着くまで彼はやはり自分から話そうとはしなかった。

 さっき会ったばかりで見ず知らずの私を嫌悪しているわけではないようだが、どうも雰囲気が堅いような気がする。


 彼の足が止まった先の部屋は私も幼い頃頻繁に出入りしていた部屋だった。


「着きました。ここです」


 ここも、もう随分と懐かしく感じる。お祖母様の私室。広い王城の中で、私がお祖母様の部屋に行くとき目印にしていたのが・・・・・・。

 そう。この赤いアネモネだ。扉の前に小ぢんまりと飾られたアネモネは過去も同じだったみたいだ。

 この部屋にお祖母様がいる。若い頃はどんな感じだったのか正直気になっていた。

 イララは幾分かの緊張を以てその扉を開いた。


 すると・・・・・・。


「待ってたよー! ようこそ私の部屋へ!」


 予想とは全く逆の、愉快な声が飛び出してきた。

 顔こそ彼女の方が大人びているが、額で分けられ腰の方まで伸びている銀色の髪は私と同じ。あの頃の記憶を辿ってみると、ぼんやりとお祖母様の面影が浮かぶ。

 だが、いくらなんでも性格が変わり過ぎだ。

 イララが祖母の陽気な性格に目を丸くしているとネクシスが言った。


「ほらみろ。急に大声出すと驚いちゃう、ってさっき言いましたよね」

「あー、言ってた気もする」

「気もする、じゃなくて言ってました」

「ネクシスは堅いんだってぇ」

「いや、あなたがゆるすぎる」


 ネクシスはやれやれと左手で頭を抱えた。先にお祖母様に忠告していたあたり、どうやら彼女のこの性格は日常茶飯事のことらしい。

 ひとたびネクシスのつつましい説教が入り、イララは思わずくすっと笑った。


「おっ、笑ってくれたね! やっぱりわたしに似てかっわいい!」

「自画自賛はいいですから。まさか扉の前で話すつもりじゃないでしょ?」

「もちろん。さっ、さっ、入って」


 カイリのテンションに乗り切れないイララは、しかし笑顔で王女の私室に入った。

 部屋はお茶菓子の仄かに甘い香りが漂っていた。入ってすぐ正面にあったのが円形のテーブルに三個の椅子。その奥にはこげ茶色の執務机が配置されていた。


「 ちゃんと片付いてる・・・・・・」


 無意識の内に放っていた言葉にカイリが反応した。


「あらら。わたしが片付けできないこと知ってるの?」

「だって、昔は部屋に行くたび毎回机の上のものが増えていってたから」

「残念だなー。この悪癖一生治らないんだ」


 カイリはちっとも残念そうな様子ではなく、むしろどうでもいいという感じで「どうぞ」と言って椅子を引いた。

 イララが座ると、カイリとネクシスもそれぞれの位置に座る。


「ようやく君と話ができる。 じゃあ、まずは名前から聞いておこうかな。もう知ってるかもしれないけど、わたしはカイリ・ユウ・フォール」

「私はイララ・・・・・・イララ・ユウ・フォールです」

「うん! いい名前だね。ネクシスはもう名前伝えたんだっけ?」


 黒髪の青年は無言で頷く。


「そっか。イララ、ネクシスのこともよろしくね。ちょっと堅い幼馴染だけど」

「・・・・・・は、はい」


 イララはこの言葉を素直には受け取れなかった。なぜなら私がまだ産まれる前、このネクシス・ショウルという男は当時のフォール国女王のカイリに反逆の罪で討たれているからである。


 彼がカイリに討たれるまでの経緯はあくまでも父から聞いた話にしか過ぎないが、そのとき隣国では反王家勢力による反乱が起きていたらしい。そして中々鎮圧が進まない反王家の勢いの裏では許されざる糸が引かれていた。

 なんとフォール王国の一部の貴族が莫大な金を対価に反乱のための武器や食糧を隣国へ横流ししていたのだ。そして、その貴族の中に彼の名前もあった。

 隣国の王家と親交が厚いフォール王家はさすがに黙っているはずもなく、武器や食糧を売っていた貴族たちを取り押さえた。

 多くの貴族がすぐに白旗をあげたのにもかかわらず、この男は・・・・・・ネクシスは幼馴染である女王に征討されるまで抵抗を続けたという。


 その事件が起こる前、彼に何があったのかはお祖母様しか知らない。

 今の彼が、後の彼ではないにせよ、名前を聞いてからその先入観はイララの頭から離れなかった。


 ぎこちない返事をしたイララに構わず、カイリは続けた。


「それで、一応確認だけどイララはわたしの孫娘ってことでいいんだっけ?」

「はい。未来ではもう亡くなっているけど・・・・・・」

「わたしたちの寿命は平均より若いからね。仕方ないことだよ・・・・・・ってそれよりも!」


 カイリは耳につけていたピアスを外し、手のひらにのせる。


「これだよ、これ! さっきピアスを造ってくれた職人とも話したんだけどね。君が過去に来ちゃったりのには理由があるみたい」

「理由・・・・・・?」

「そう、理由。このピアスにはね、ある特別な力を持つ水晶が使われてるの」


 と言うと、カイリは水晶についての説明をし始めた。

 彼女の口からこれらを聞いたのは初めてである。よくよく考えればこのピアスがこんな重要な力を持っていることを説明せず私に贈ってきたお祖母様もどうかとは思う。


 お祖母様が話すには、まずこれはアロス水晶と呼ばれていて一欠片だけでも滅多にお目にかかる事はできない、貴重な水晶らしい。フォール王国が燃石をお得意で買い付けている鉱山から偶然掘り出され、お祖母様が個人的に買った代物だった。

 アロス水晶の希少価値が高い理由は水晶の中にある力が内包されているからだ。水晶を研究する者たちによればそれは一般に『魔力』と呼ばれている力で具体的に魔力で何が起きるのかは研究段階なのだと。

 私の場合、おそらく水晶に宿る魔力で数十年の時を遡ってしまった。水晶で起きた謎現象、あまり記録には残されていないためか、遡った時を戻す方法が確実に正解と言えるものは分からない。だが。


「ただ一つ分かっていることがあるんだ」


 落ち着いた声色で少々含みを持たせてカイリは言った。


「わたしが買い取った理由のほとんどなんだけど、水晶の魔力は持ち主の心に共鳴して、持ち主の願いを叶えるかのような現象を起こしてくれるんだ」

「・・・・・・だとしたら・・・・・・」

「そう、君がこっちに来ちゃったのは偶然じゃなくて、君がそう願った結果にして必然のことになるんだ」


―――私が過去に来ることを願った?


 あのとき私はただ父様から逃げていただけだ。過去に行きたいなどと考えてはいない、はず。


「・・・・・・べつに具体的な願いじゃなくても、それに付随するものなら魔力が開放されてしまうからね」

「・・・・・・そんな」

「まぁ、だからといって悲観することもないよ。イララは悪くないんだから。悪いのは未来のわたしなんだし、それに・・・・・・」

「それに?」

「逆に考えれば君が過去に来た意味をここで見つけさえすればその瞬間にまた帰れるはずだから」


 帰れる・・・・・・確かに私はあのとき逃げたいと思った。だけど今は父様とヒュルトの元へ帰りたい。これは心の底からの私の気持ち。

 そう私が強く願っても水晶は私を元の時間へ戻してはくれない。なら私には自分では気づいていない他の願いがあるということになる。


 でもそれは一体何なのだろう。わからない。私は我儘だ。父様はもう少しで退位する歳になる、弟はまだ幼い。私がしっかりしなければいけないのに、まだ自分の願いを優先してしまう。

 今この瞬間も私が消えて、父様は不安になっているだろう。父様は母様が早くに亡くなってずっと一人で私たちを守ってくれたのに、私はその立場から逃げた。逃げたいと思った。


「私は・・・・・・だめな王女・・・・・・」

「そんなことないと思いますよ」


 言いかけたところで優しい声が耳に入った。


 ばっと顔を上げたイララの瞳が写したのは、向かい側に座るネクシスだった。


「王女でも心が揺らいでしまうことはあるでしょう。 貴女は未来から来たけど、俺達と同じ人間なんですよ?」

「そうだよ! わたしの息子ならそんなにヤワな育ち方はしてないはずだし、きっと何とかやってるよ」


 二人から励ましの言葉が送られる。王女はそれを聴き、胸が締めつけられた。


「とにかく、貴女がやるべきことはこっちへ来た意味を見つけることだ。俺達とできることをしていけば文句を言う人はいませんよ」

「そう、そう! ネクシスもたまには良いこと言うね」

「どうも」


 静観を貫いていた青年はイララの様子を見兼ねて彼女に向けて微笑む。


 イララは心のつかえが一気に吹き飛んだような気がした。彼らだけは私の味方になってくれる。

 イララも差し伸べられた手を握り返すようにまた青年に微笑みを返した。


「私がここでやるべきこと、見つけました」

「それは何?」

「私はここで過去に来た意味を探して、家族のために未来へ帰ります」


 未来から来た王女は笑顔でそう言った。


「うん、うん。良いね! わたしもそれにできる限り協力する!」

「・・・・・・俺もしますよ」


 これでやることは決まった。もう迷うことはない。迷って逃げるようなことはない。私はもう少しの間、我儘を通させてもらおうと思った。


 するとカイリは椅子から勢いよく立ち上がった。

 私の経験則から判断すればこれはお祖母様が何かをしだすときの雰囲気だ。


「じゃあ、話もまとまったところで、これからネクシスとイララにはお茶会をしてもらいます!」


「え?」「は?」


 イララとネクシスは同時に顔を見合わせた。



 







 


     



 

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