第12話 火尖
火炎の尖槍。火尖の上位に当たる魔術。もはや回避は不可能。迎え撃つしかない。
「鋭渦」
今ほど琴音に感謝したことはない。
お陰で相性のいい魔術で迎撃できる。
とはいえ、火尖槍に比べて鋭渦は下位の魔術。相性が良くても対消滅は敵わず、攻撃の軌道を大きく逸らすに終わる。
でも、今はそれで十分。
火と水がぶつかって噴き出した水蒸気の霧に隠れて再び木の陰に身を隠した。
「チッ、面倒だな」
心臓の鼓動が鳴り止まない。
けど、なんでだろうな。
不思議と嫌じゃなくなって来てる。
『いいじゃん、いいじゃん。こういうのが見たかったんだよ』
『相手が舐めてるうちに勝負を決めにいかないと不味いぞ』
『相手のほうが格上だしな』
『自分が紫苑の立場ならどうする?』
『いま習得してる魔術が火尖、鋭渦、切風だろ? どうすっかなー』
『正面突破だろ。魔術なんて全部避けちまえばいい』
『脳味噌が筋肉で出来てる奴がいるな』
『如何せん、習得してる魔術に差がありすぎるからな。やっぱ実力差が出にくい短期決戦が正解なんじゃね?』
『いまの紫苑なら殺しに抵抗なさそうだし、勝機があるとすればやっぱそれか。もしくは――』
荒い息を整えて間を置かずに移動。
あの威力の魔術、特に火尖の系統は木の幹なんて簡単に貫通できる。
その証拠に木の陰から離れた瞬間、幹が火尖槍によって貫かれた。
「いつまで逃げるつもりだ! 腰抜けが!」
周囲に幾らでも生えている木々を盾にして駆け抜け、螺旋を描くようにすこしずつ距離を詰める。
その間、加藤はずっと火尖槍しか撃っていない。ほかに上位の魔術を習得していないのか?
上位の魔術に必要な魔石量は5㎏。
気軽に習得出来るものではないけど、相手は初心者狩りをするほど、雑魚モンスターを狩り尽くしている。
他にも憶えていると見るのが妥当だ。
「仕掛けてみるか」
足は止めず、幹の隙間を縫って手の平を加藤に向ける。
「鋭渦」
再び鋭い水流の渦を放つ。それを受けた加藤は――
「太刀風」
切風の上位魔術を使った。
太刀風は切風の上位魔術。やっぱり他にも習得していたか。
透明な魔術の正体はこれに違いない。
こうして相対してしまえば透明でも簡単に目視はできる。
鋭渦を斬り裂いて迫る太刀風を前に、転がるようにして回避。
即座に叩き込まれる二発目を火尖を放つ事によって迎撃。
尖った火は消し飛ばされたけど、太刀風の軌道は逸れた。
「くそッ、お前の狙いはわかってる! 魔力切れだろ!」
バレた。いや、当然か。
上位の魔術は威力が高い分、消費する魔力も大きい。
魔力は自然回復するとはいえ、魔術一発分を回復し切るのには時間が掛かる。
戦闘の最中であればそれはかなり長いと感じてしまうくらいに。
この調子で上位の魔術を撃ち続けてガス欠になってくれればよかったけど、相手もそんなに馬鹿じゃない。
「小賢しいんだよ! ガキが!」
顕現するのは鋭渦の上位魔術。
「
押し寄せる千の波。
それらは木々を薙ぎ倒しながら迫ってくる。
圧倒的な攻撃範囲。
もはや回避をどうこうと言っていられる余地はなく、迎撃を強いられた。
「切風!」
自身の視界を盾に割るように繰り出した風の刃が千重波を裂く。
だが上位と下位の差を埋められるはずもなく、千の波で擦り切れた切風が壊れて押し流された。
切風で威力を削いだお陰で波に飲まれたのは実に数秒ほどだった。
たったそれだけで、全身に数多の傷が刻まれた。
まるで針の海に身を投げ出したかのような気分だ。全身が鋭利な水で斬られ、激痛と共に体が鮮血で染まった。
痛い、痛いけど、まだ生きてる。
「勝負あったな、ガキ」
無理矢理に立ち上がると、視界に収めた加藤は勝ち誇った顔をしてこちらに近づいて来ていた。
「さっさと逃げてればよかったんだ。そうすりゃ命だけは助かったのによ」
「まだ……勝負はついてない」
「諦めが悪いなぁ。さっさと死ねよ。その後は女を――」
加藤が気付く。
「女はどこに――」
「切風」
繰り出された透明な刃は背景に同化して一目では目視できない。
相手は対人戦に慣れていて、何人もの人を殺してる。
でも勝ち誇って油断し切った今なら、この一撃を見付けることは叶わない。
「しまっ――」
風の刃は加藤の背中を斜めに深く斬り裂いた。
鮮血が散って前のめりに倒れ、その体を俺の右手一本で支える。
「ま、待てッ!」
吐血混じりの唾が飛ぶ。
「待てない」
魔術を唱える。
「火尖」
解き放たれた尖った火が、軌道上にあるすべてを貫いて馳せる。
加藤の胸部には焼け付いた風穴がぽっかりと空いていた。
「こ……の、ひとごろ……し」
「……お互い様だろ」
ここで情けを掛けて逃がしても、いつかきっと加藤は俺たちの前に現れる。
回復薬で傷を治してすぐにまた襲ってきたかも知れない。
敵対して魔術を放った時点で、どちらかが死ぬしか決着は付かなかった。
こうするしか自分たちの安全を保証できない。
これしか方法がなかったんだ。
『ヒュー! やるぅ!』
『いいねぇ! 躊躇なくヤったのは高評価だよ!』
『やっぱルーキーの下克上は何度見ても最高だぜ!』
『視聴継続確定!』
『こりゃ明日から人増えるぞ』
倒れた死体から視線を持ち上げると、木の陰から出てきた夕璃と目が合う。
「死んじゃったの?」
「あぁ」
自分の身を守るためとはいえ人を殺した。
正当防衛かどうかも怪しい。
俺は人殺しだ。
「夕璃。俺はもう――」
一緒には居られない。
そう言おうとして夕璃に抱き締められた。
「夕璃……怖くないのか?」
「怖くない。怖くないよ」
「でも、俺は」
「わかってる。わかってるから」
「……そっか」
こんな俺でも、まだそう言ってくれるんだな。
「二人とも!」
琴音の声がした。
「よかった無事――みたいね」
俺たちと、それから足下の死体を見ても琴音は冷静だった。
「そう。殺したのね」
「あぁ、俺が」
「……よくやったわ。二人が生きてるなら、これ以上はない。さぁ、ここを離れましょ。モンスターが死体に群がる前に」
埋葬する暇も惜しんで、俺たちは加藤の魔導書だけを持ってこの場を離れることにした。
死体がある位置からうんと離れた位置に、俺たちはシェルターに身を隠す。
琴音が俺をまだシェルターに入れてくれることに驚いたけれど、とりあえず体を休めようとソファーに腰掛けた。
長く太く、息を吐く。
人を殺した。もっと精神的に追い詰められるものだと思っていた。
けど、現実はすこし違っていて、今は手すら震えていない。気分も落ち着いている。
心臓の鼓動も正常。自分でも驚くくらい落ち着いている。
今はまだ現実味がわかないだけ? それとも俺は人を殺してもなんとも思わない冷酷な人間だったのか?
どっちにしろ。
「やっぱり、俺――」
「出て行く、なんて言わないでしょうね?」
言葉を遮られた。
「でも俺は人をっ」
「わかってる」
目と目を見て、わかった。
そうか。琴音も。
「ねぇ、紫苑。お願い、一緒に居て」
「……わかったよ」
一緒にはいられないと思っていた。
いるべきではないと思っていた。
けど、二人が望むなら、それに甘えさせてもらおう。
「生き抜こう。そして元の世界に帰るんだ。三人で」
元の世界に帰っても、元の自分には戻れないかも知れない。
けれど、それでも、この地獄から抜け出すために足掻こう。
きっとこの三人なら達成できるはずだ。
―――――――
ここまで読んでいただきありがとうございました。
申し訳ありませんがここでギブアップさせてください。
次回作はもっと長く続けられるように頑張ります。
異世界でデスゲームに巻き込まれた少年が実況配信される話 ~リスナーからのギフト(現物支給)と初期装備の魔導書で異世界からの脱出を目指します~ 黒井カラス @karasukuroi96
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