第11話 邂逅

「良い感じじゃない。二人とも私の予想以上に動けてる。これならワンランク上のモンスターも相手できそうね」

「えへへ、褒められちゃった」

「この上か」


 習得した魔術と戦うという行為自体に多少慣れたお陰もあって、ここまで危なげなく魔石を集められた。

 けど、更に一段階上のモンスターとなればそうは行かなくなる。浮かれてはいられない。もっと強くならないと。


「この調子でしばらくは雑魚狩りね。そうだ。今のうちに魔術を習得しておきましょ。いま2㎏くらいあるでしょ? 属性が一つだとなにかと不便だし」

「わかった。たしかにヘルハウンドに火尖は効果的じゃなかったしな」

「そう言えばあんた火尖しか習得してないのにヘルハウンドに勝ったのよね。ほんと信じらんない。滅茶苦茶」

「ははは」

「ははは、じゃないのよ」


 かなり無謀なことしてたなって。


「習得する魔術は鋭渦は決定として」

「あたしは火尖! あと一つは……あ、琴音が使ってたのは?」

「私? あぁ、切風せっぷうのこと? 出も早いし、視認しづらいし、威力もそこそこある。慣れてなきゃ躱すのだって難しいし、いいんじゃない?」

「そっかー、じゃあそれにしよっと」


 慣れてなきゃ躱すのだって難しい。

 その言葉に違和感を憶えつつも、魔導書を開いて鋭渦と切風の魔術を習得する。

 慣れていれば躱せる。モンスターが慣れるまで? それとも自分が?

 それはシチュエーションとしては人から切風を撃たれるということで、人間同士の争いに利用されてるということ。

 俺たちはモンスターだけでなく、人とも戦わなければならない?

 それは考えてみれば当然と言えるくらい、当たり前のことだった。

 俺たちをここに連れてきた何者かの悪趣味を考えれば、対人戦を想定していないわけがない。

 今更になってそれに気付いた瞬間、冷や汗を掻いてしまった。

 いつか俺はこの手で人を殺さなければならない時がくるかも知れない。


「終わった? じゃ、使用感を掴むためにも――」


 気付いたのは同時だった。

 耳に届いた風斬り音に対して、琴音は魔術を持って迎撃を。俺は夕璃の手を引いて木の陰に身を隠す。


「いい判断!」


 恐る恐る様子を窺うと二人の男の姿が見えた。二十代半ばほどと三十代前半ほどの男性。若いほうは背が高い。

 草臥れて汚れたスーツを着ていることから、元はサラリーマンだったのかも知れなかった。


「初心者狩りなんて良い趣味してるのね」

「こっちのほうが効率がいいもんでな。リスクも低い」


 二人組の目的は俺たちの魔石か。

 たしかに初心者ほど魔石を集めやすい関係上、ある程度生き残った人は強い魔物を斃すより、弱い初心者から魔石を巻き上げたほうがはるかに安全で効率的だ。


「魔石を全部寄越せ。そしたら無事に逃がしてやる」

「魔石ならもう全部使った! 争う意味はない!」

「まぁ、そう言うわな」

「無駄よ、こいつらに何を言っても」


 本当のことを言っているのに。


「加藤。お前は隠れたほうをやれ」

「うぃーっす」


 近づいてくる加藤と呼ばれた若くて背が高いほうの男性。

 琴音がそれを牽制しようとするも。


「太刀風」


 もう一人の男が放った魔術によって妨害される。

 木の幹を切り倒して放たれた風の刃を琴音が躱す隙に、加藤が更に距離を詰めた。

 どうする。逃げるか? 琴音を置いて?


「紫苑! 最速で片付けてそっちに行くからそれまで逃げて!」

「――わかった!」


 木の幹を盾にして逃走。夕璃を連れてとにかく追ってくる加藤から距離を取った。


『さーて、第二の鬼門だ。初心者狩りから生き残れるか?』

『逃げるより戦ってほしいんだが』

『二対一だろ? いけるいける』

『お前ら感覚麻痺してるだろうけど素人だからな? 戦う戦わない以前に殺しちまうかもって恐怖心と精神的な抵抗があるんだよ』

『だとしても逃げてるだけじゃ解決にならんぞ。残してきた味方との距離もぐんぐん離れてるし』

『さっさと覚悟決めろ。うだうだしてると殺されるぞ』


 逃げるだけでいいのか? 琴音が殺されたら? 逃げるのではなく一緒に戦うべきだったんじゃないか? 自問自答が頭の中で繰り返される中、風切り音が鼓膜を振るわせた。

 それを視界に収められたのは奇跡に近い。

 周囲の景色とほぼ同化し、輪郭にあたる部分が微かに歪んで見える程度の透明。

 幸運にも攻撃の起動を目視でき、木の陰に隠れることが出来た。

 木屑が舞い、木の幹に深い切り傷が刻まれる。もし見えていなかったら体が真っ二つになっていた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 手足が震える。指の先が冷たい。息を幾ら吸っても足りないくらいだ。

 どうする? どうすればいい。


「し、紫苑……」


 無意識に抱き寄せていた夕璃と目が合う。

 落ちつけ。俺にいま出来ることは琴音を信じて時間を稼ぐことだ。

 逃げる選択肢はもうない。逃げることに集中しすぎて周りを見失う。そこへまた透明な魔術が来たら次は躱せないかも知れない。

 逃げるより、戦う方が生き残れる。けど、その前にやれることはやろう。


「追いかけっこはもう終わりか?」

「……本当に持ってないんだ。魔導書の中はすっからかん」

「もう聞き飽きたんだ、そんなセリフは。良いから大人しく魔石を寄越せ」

「なら、これでどうだ?」


 魔導書を開いて木の陰からそっと出す。


「魔石の貯蔵量301g……女のほうは?」


 夕璃に目配せをして同じように魔導書をみせる。


「こっちは200gかよ。戦うだけ無駄だな」


 二人合わせても魔石の量は500gしかないとこれでわかったはず。

 魔物一体分の魔石のために人二人を敵に回すほうがリスクが高いと判断してくれたようだ。ほっと息をつく。


「よし、わかった。じゃあ男のほうは逃がしてやる。行け」

「……俺だけか」

「あぁ、そうだ。女には用事がある。わかるだろ? 溜まってんだよ、こっちは。丁度女が二人いるんだ。今回はそれで満足してやる。ほら、行けよ」

「……そうか。よくわかったよ」


 夕璃を木の陰において身を晒す。


「戦うしかないってことが」

「止めとけ、ヒーロー。俺とお前じゃ経験値が違う。俺が何人ぶっ殺して来たかわかってんのか?」

「あんたが何人殺していようと関係ない」


 自分が酷い目に遭うのは別にいい。

 自分だけ黒い煙に捕まろうが、腕を噛まれようが別にいいんだ。

 でも、俺の身近にいる人が酷い目に遭うのは許せない。

 俺なんかを助けてくれた親切な夕璃も琴音も、そんな目に遭って欲しくない。

 自分のこととなるとすぐ諦めてしまう俺でも、人のためなら頑張れる気がするんだ。

 その結果、自分の手を汚すことになっても構わない。


「死ぬ気でやる」


 ヘルハウンドを相手にした時のように捨て身にはならない。

 夕璃を残して死ぬことは、あの加藤の思惑が現実になるってことだ。

 それだけは絶対に許さない。最低でも相打ちまで持ち込んでやる。


『へぇ、いい顔になったな』

『あいつマジで死ぬ気でやるつもりだな』

『なんだ、急に』

『急に覚醒するじゃん』

『土壇場で覚悟決まったんだろ。自分が逃げたら仲間がヤられるって状況だしな』

『慢心してる玄人未満と死ぬ気の素人か。死ぬ気の奴ほど厄介な相手はいないけどな』


 気がつくと震えは止まっていた。


「本気か?」

「そっちが引かないならやるしかない」

「はっ! そうかよ!」


 手の平がこちらに向けられる。魔術発動の合図。即座に回避動作を取ったが、しかし魔術が発動しない。

 フェイント。

 ここに来て明確に現れる対人戦における経験値の覆しようのない差。

 回避した先に手の平が向けられ、今度こそ魔術が放たれる。


「火尖槍」

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