第10話 声
琴音はシェルターに入る際に、俺と夕璃の入室を許可すると言っていた。
今このシェルターを叩いている誰かを中に入るには、持ち主である琴音の許可がいる。
「大変! モンスターに追われてるのかも!」
「琴音!」
「ダメよ」
言葉を最後まで紡ぐ暇もなく、琴音はぴしゃりと拒絶した。
「どうして!? 早くしないとモンスターに食べられちゃうかもなんだよ!」
「えぇ、そうね。でも、そこの人はどうして地上の円盤がシェルターの入り口だって知ってるわけ?」
「へ?」
「……地下シェルターを持ってないと円盤が入り口だと気づけない。持っているならそもそも自分のシェルターに入ればいい」
「でもでも、仲間とはぐれちゃったのかも!」
「たしかにね。じゃあ、確かめて見ましょ? 炯眼で」
がんがんと叩く音が響き渡る中、夕璃と顔を見合わせる。
確かめる? なにを? 炯眼の魔術を発動したところで、見えるのは相手の名前くらいなものなのに。
と、疑問に思いつつも琴音の指示に従って炯眼の魔術を発動する。
そうして見上げた天井越しに、円盤を叩く何物かの名前が表示された。
「オトツカミ?」
「え、人じゃ……ない」
捕食した者の声帯を使って人語を話す魔物。オトツカミが話しているのは捕食された者の最期の言葉だという。
「助けて! 中に入れて! お願い!」
ぞっとした。
捕食された者の最期がどんな様子だったのかありありと目に浮かんだのもそうだけど、一番はもし確認もせずに招き入れていたら、安全地帯であるはずのシェルターが意味を成さなくなっていたこと。
琴音がいたから見破れた。
もし琴音に会わずにシェルターを手に入れていたら、オトツカミを中に引き入れてしまっていたに違いない。
「正体はもうわかってんのよ! さっさとどっか行きなさい!」
琴音の声が響くと円盤を叩く音と人の声がぴたりと止まる。
数秒後、この世のものとは思えない怖気立つような不快な音が轟いた。
あれがオトツカミの本当の鳴き声。
それからオトツカミは諦めたようにこの場から去って行った。
小さくなっていく名前の表示を見届けて、ほっと一息をつく。
「いい? 生き残りたいなら疑うことを止めないで。信用していいのはこの場にいる三人だけ。その他は全部敵だと思って。わかった?」
「うん。琴音の言う通りにする」
「わかったよ、背筋が凍るくらい」
完全な安全地帯だと思っていたシェルターにさえ、危機が迫ることもある。
油断した瞬間に手の平から命が転がり落ちてしまいそうで、一瞬も気が抜けなかった。
『鬼門のオトツカミも乗り越えたか。有能が仲間に加わったな』
『こうして考えると酷ぇ初見殺しだよな。お人好しほど引っかかるし』
『他人なんか知らねぇ! 自分が助かるのが先だ! って自己中心的な奴ほど生き残れるようになってるところは上手いよな、運営』
『性格の悪い奴ばっか生き残るから徒党組んでもすぐに内部崩壊するから面白い』
『果てに裏切りや蹴落とし合いだ。モンスターにやられるより人に殺されるほうがおおいんじゃねーのってくらい。まぁ、それはちょっと言い過ぎだけどさ』
『とんとん拍子で基盤は整ったな。なるべく長く生きてくれ』
やっぱりこの環境で生き残るには強くなるしかない。
「それじゃ、どうする? しばらく休むか、魔石を稼ぎに行くか」
「稼ぎに行く」
「ホントはゆっくりしたいけど、強くならないとね」
夕璃も俺と同じ意見だった。
「そう来なくっちゃ。行きましょうか」
炯眼の魔術でシェルターの周りにモンスターがいないことを確認。
降りてきた円盤に乗って地上に戻る前に大きく深呼吸をして気を引き締めた。
「当たり前のことだけど二人みたいな初心者はまず弱いモンスターから狙うのがセオリーよ。効率的に魔石を稼げるの。いつまでもって訳じゃないけどね」
「やっぱり、対策されてるんだな」
「えぇ。同じモンスターを斃すたびに取得できる魔石の量が減っていくの。最初は誤差みたいなものだけど、最終的には魔石を落とさなくなる」
そう言えば撃破するたびに取得経験値が低くなるゲームがあったっけ。
序盤の雑魚を何千何万と撃破してレベル99なんてことは出来なくなった。
その代わり自分より上のレベルの敵を撃破するとその分、多く経験値を貰えたりしたけれど。
とにかく、楽は出来ないように調整されている。
「節約しまくればギリ足りるとか……ないか。ないな」
「ないない。試みた人の話を聞いたことがあるけど、とても無理で途中で諦めたそうよ」
「へぇ」
琴音も俺たちと会う前に、誰かと交流を持っていたみたいだ。
いま同行していないってことは、この過酷な環境を考えれば答えは出てくる。
そういうことなんだろう。
この件に関して深く聞くことは憚られたので何か別の話題に切り替えよう。
「おすすめのモンスターは?」
「スケルトンとかスライムとか、あとハイウルフね。あんたから横取りした獲物」
「あの獣、ハイウルフって言うのか」
俺が初めてこの手で殺した犬より大きな生物。死体が煙になって消えてなくなってしまうのに、果たして生物と呼んで良いものかは疑問が残るところだけど。
「ハイウルフに似たところで言うとヘルハウンドって言う炎の狼がいるけど、あれには喧嘩を売らないようにね。初心者のうちはまず勝てないから」
「あー……うん」
「なによ?」
「いや、その。な?」
「ね」
「なにその反応? 二人して――まさか、斃したの!? ヘルハウンド!」
「危うく死ぬところだったけど」
「もう大変だったんだから。紫苑の腕血塗れだったし、食い千切られたかと思ったもん」
「あんたたちホントになんで生きてるの? 死んでるのよ、普通はそんなの……」
まぁ実際、俺は死にかけたし一人じゃ斃せなかった相手ではあった。
今の段階ではまだ戦ってはいけないモンスターを相手にしていたんだろうと、今更になって思う。
片腕一本の噛み傷で済んだのは、寧ろ幸運だったのではないかとすら思える。
下手したら俺も夕璃も殺されていた。
「ま、まぁいいのよ、生き残ったんだから」
平静を取り戻し、取り繕うように琴音は肩に掛かった髪を払う。
「でも、これまでどうやって戦って来たのか気になるから、何体か二人で狩ってみてくれる? どれくらい動けるのかも見たいし」
「うん、わかった! って言っても、あたしほとんど紫苑に頼りっきりだったからなぁ」
「いや、夕璃が後ろに控えててくれるから安心して戦えるんだよ」
「えへへ、そう言って貰えると嬉しい」
「ふーん」
琴音に自分たちの実力を見てもらうためにモンスターを探すことしばらく。
炯眼を使って楽をしたいという怠惰な気持ちをぐっと堪えて森の中に目をこらしていると、茂みの先にスケルトンを発見した。
炯眼で観察して見ても周囲に他のモンスターはいない。
「じゃ、いつも通りに」
「うん。いつでも撃てるようにしてる」
夕璃は木の陰に隠れてもらい、こちらは死角からスケルトンに近づく。
このまま刀でばっさりが理想だけど、より確実なのはここから火尖を放つこと。
どっちでもいいけど、今回はまだ日も高い。仲間もいる。
「火尖」
翳した手の平から尖った炎が駆け、標的を撃ち抜く。
不意打ちを食らってバラバラの人骨となったスケルトンはそのまま煙となり、魔石を落として消え去った。
拾い上げたそれは、やはり他のモンスターが落とすものより小さいように見える。
種族ごとに落とす魔石の量も決まっているみたいだ。
「やったね、斃した!」
「魔石ゲット」
今回も無傷で魔石を手に入れられた。
「聞きたいんだけど。どうして魔術を使ったの? あのまま近づいて刀で斬ることも出来たでしょ?」
「十中八九、出来たと思う。けど、近づけば気付かれるリスクが上がるし、それにここで一発魔術を使うくらいならすぐに魔力が回復すると思って」
「……そう。きちんと考えて魔術を使ってるのならそれでいい。近づくのが怖いから、とか。そのほうが楽だったから、とか。そんな後先考えてない短絡的な理由だったらどうしようかと思ったけどね」
「後先か。あぁ、お陰で随分と考えるようになったよ」
ちらりと夕璃のほうをみる。
「うん?」
首を傾げていた。
わかってないみたいだけど、まぁいいか。
「考えなしのお馬鹿さんじゃないようでなにより。じゃ、次は夕璃の番よ」
「オッケー! 任せて、頑張るから!」
琴音に見守られながら弱いモンスターを狙って狩りを続ける。
途中で見掛けたハイウルフ以上のモンスターには見付からないように逃走を徹底。
交互にモンスターを討伐して魔石を稼ぎ、お互いの魔石の貯蔵量が2㎏を越えた。
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