第9話 シェルター
「これが……地下シェルター」
円盤の上に乗り、それが沈み込むという魔術的で神秘的な入室方法とは打って変わって、内装は思った以上に現代的だった。
やや無機質なデザインではあるものの、それに目を瞑ればホテルの一室と比べても遜色ない。
ベッド、バスルーム、トイレにキッチンもある。壁の隅には空調もあった。
「わー! すっごい! これみんな使えちゃうの!?」
「えぇ、魔石が必要なのもあるけど全部使えるわ」
「じゃ、じゃあさじゃあさ。お風呂も?」
「もちろん、魔石100gで使い放題よ。直ぐに入る?
「うん! もう汗でべとべとでさ、臭いも気になっちゃうし最高!」
「どう使うんだ?」
「そこに魔法陣があるでしょ? そこに魔導書を翳すだけ」
「こうか」
バスルームに繋がる通路の側に魔法陣が描かれてた壁がある。
そこに魔導書を翳すと淡く発光した。
ページを開くと魔石の貯蔵量が100g減っていた。
「ありがとね、紫苑」
「二人で稼いだ魔石だろ? 礼なんていらないって」
「そっか。じゃ、お先にお風呂いただいちゃうね!」
風呂には入れることがよほど嬉しいのか、跳ねるようにバスルームへ消えて行った。
「わー! 思ったより広いじゃん! 湯船もおっきい! サウナもある!」
こっちまで声が響いてくるくらい、大はしゃぎだった。
『なんでシェルターの中の映像がないんですか?』
『無能にもほどがある』
『なんのための配信だよ。音声のみて』
『魔術的な問題だそうです。どうかご理解ください』
『魔術の進歩が待たれる』
『運営ちゃんもっと本気だして?』
『しゃーない。シェルターって元を正せば結界だし、魔術も電波も遮断する仕様がベースになってるから中継は基本無理。昔は音声もなかったんだぞ』
『まぁ、そういうもんでもなけりゃシェルターの意味ないしな』
『俺は諦めないぞ。運営に訴え続けるからな!』
それにしても。
「魔石100gでシャワー使い放題? 500㎖の水が500gもするのに?」
「あたしも最初はそう思ったけど、飲めないのよ」
「飲めない?」
「そ。口に含めはするけど、飲み込もうとしたら消えちゃうの。ズルは出来ないってこと。ほんと良く出来てる」
「なるほど。ってことはトイレの水もダメそうか」
「……飲む気だった?」
「最終手段だよ。飲まなきゃ死ぬレベルの脱水になった時の」
「……まぁ、死ぬよりはマシかもね。死ぬほどヤだけど」
「俺もだよ」
こうなってくると毎日の食事にも気を遣わないとだ。
水分の多い料理を交換すればそれだけ水の消費量を減らせる。
スープ系なんかがいいけど、そればかりだと腹持ちが悪い。
良い塩梅になるようバランスを考えて交換しないと効率が悪くなる。
節約できるところはして、一日でも早く元の生活に戻りたい。
「あ、そうだ。動かないでよね」
「ん?」
淡い光に包まれる。
なんらかの魔術であることは明らかで、その光は直ぐに消えてしまう。
「いまのは?」
「洗浄の魔術よ。これで服の汚れは粗方綺麗になったはずだから、ベッド以外ならどこに座ってもいいわよ」
「へぇ、そんな魔術もあるんだな。ってことは風呂もいらないか」
「そんなに万能じゃないの、この魔術も。お風呂にはきちんと入りなさい。不衛生は病のもとよ。この状況下で体調を崩したらどうなるかわかるでしょ?」
「……そうだな。言う通りだ」
この環境じゃ風邪を引いただけでも命取りになりかねない。
風邪が新たな病気を呼ぶかも知れないし、そうでなくてもあらゆるパフォーマンスが落ちる。
体調が優れない中でモンスターと命懸けの戦いをするなんて自殺行為だ。
「ところであんた――」
琴音の次の言葉は想像がついた。
たぶん、いつここを出て行くのか、だ。
夕璃と琴音は親友だし、二人が共に行動するのは自然なことで、必然的に俺が邪魔者になる。
そうでなくても男と女なんだし、俺だけ赤の他人だ。
一緒にいてもいいと思われるほどの信用が俺にはない。
諦めよう。出て行くなら夕璃がいない今がスムーズだ。
「夕璃のことどう思ってるの?」
「……はい?」
想定していた質問とはほど遠い言葉に、内容がまったく頭に入ってこなかった。
「夕璃のこと好きかどうかって聞いてるの。どっち?」
「な、なんでいきなりそんなこと」
「夕璃のことが好きなら話が早いと思って」
「話が見えないんだけど」
困惑していると、琴音はソファーに腰を下ろした。
「私はね、夕璃のことが大好きなの。夕璃だけは絶対に元の日常に戻してみせる。でも、そのためには私以外にも人手が必要なの。それがあんた」
「惚れてれば協力は惜しまないだろうって?」
「えぇ、そういうこと。で、どうなの?」
「好きかどうかは置いておくとして協力はするよ。自分の生存率も上げられそうだし」
「夕璃とあんた、どっちかしか助けられないってなったら私は迷わず夕璃を選ぶ。それでもいい?」
「いいよ。出て行けって言われると思ってたし、ここに置いてくれるなら万々歳だ」
それ以上の期待はしない。
「でもいいのか? 俺みたいな見ず知らずの男を信用して」
「心配してない。夕璃があれだけ懐くってことは良い人な証拠よ。あんたじゃなくて夕璃を信用してるの。じゃなきゃあんたがさっき言ってたみたく力尽くで追い出してる」
「なるほど」
恐らく琴音のほうが俺たちより生存日数が長い。
魔術も多く習得しているだろうし、経験値が段違いだ。琴音がその気になれば俺なんて簡単に追い出される。
べつにだからって訳じゃないけど、俺も生存率を上げるために色々と魔術を習得しないと。
「ふー、すっきりしたー。やっぱりお風呂って最高だよねー」
バスルームから出て来た夕璃はすこし赤らんだ肌を普段着のようなラフな衣服で隠していた。
バスルームにドライヤーでもあるのか、髪はすでにある程度乾いている。
「あ、琴音の着替え勝手に着ちゃった」
「それは別にいいけど。あ、ちょっとこっち来て」
「なになに?」
夕璃が再びバスルームに連れ戻される。
「どのショーツ使ったの?」
「あー、実はどれ使っていいのかわかんなくて、今はどれも付けて――」
聞いてはいけない会話が聞こえてきた気がして、俺はそっとバスルームから一番遠い場所で耳を塞いだ。
なにも聞いてない、なにも聞こえていない、なにも想像していない。
「あれ? そんなところでなにしてんの?」
「いや、ちょっと貝になろうと思って」
「貝? あはは! なにそれー!」
「なに訳のわかんないことしてんの?」
なんだこいつ? って感じの目で琴音に見られてしまったが、まぁいいか。
「そうだ。夕璃、魔導書を出してくれ。魔石を分けよう」
「え? いいよいいよ、あたしは別に」
「二人で稼いだ魔石だって言ったろ? それにこう言うのはきっちりしといたほうが後腐れがないし」
もう地下シェルターのために3㎏を目指す必要もなくなったし。
「そっか。うん、わかった」
魔導書から魔導書へ魔石を移す方法は簡単だ。魔導書同士を触れ合わせるだけ。
自分の魔導書で夕璃の魔導書に触れ、望んだ分だけの魔石を譲渡する。
互いの魔導書が光を放ち、譲渡が終わるとそれも収まった。
ページを開いて魔石の貯蔵量を確認するときちんと半分減っていて、夕璃のほうは増えているはず。
「わー、ホントに移動した。なにと交換しよっかなー」
「無駄遣いはダメよ。油断するとすぐに金欠になってたんだから」
「えへへ。じゃあ交換する時は二人に相談してからにするね」
「それがいい。意見を聞くのは大事だし、俺も次になにと交換するべきか迷うな」
「なら、おすすめの魔術があるからそれにしない?」
琴音の魔導書が取り出され、あるページが開かれる。
そこに綴られていた魔術の名は
「炯眼……物事を見抜く魔術?」
「そ。この魔術を使っている間は焦点のあったあらゆるモノの情報が得られるの。例えばこの森に生っている木の実がどんな名前で食用に適しているか否か、とか」
「へぇ、それはたしかに便利だ。腐ってないかとか虫食いがないかとか、そう言うことも?」
「もちろん。それとこの魔術は障害物を貫通するから、岩の影に隠れてるモンスターの居場所が情報の獲得でわかることもあるの」
「わぁ、じゃあずっと使ってれば不意打ちされなくてちょー便利じゃん!」
「ただし使っている間、結構な魔力を消費するからご利用は計画的に」
「ずっとは無理なんだー、残念」
でも、使いどころを間違えなければかなり有用な魔術だ。
食糧の安全性の確認、索敵、見付けたモンスターの情報。
琴音曰くかなりの魔力を持って行かれるようだけど、それに似合うだけの価値がある。
「魔石は足りてる? 足りてないなら私から出すけど」
「いいのか?」
「そのほうがこの先便利でしょ? 先行投資って奴よ」
「わーい! ありがと、琴音」
「じゃあ、ありがたく」
琴音から魔石を分けてもらい、1㎏を消費して炯眼の魔術を得る。
発動して見ると目の前にいる琴音のフルネームが視覚情報として本人の頭上に浮かんで見えた。
「こんな風に見えるんだ。なんかゲームみたいだね。ステータスとか見えないかな?」
「残念ながら。でも、この魔術ってたぶん対象を解析してるんじゃなくて、事前に設定された文章が見えるようになるって感じなのよね。モンスターの情報はかなり詳しく見えるようになるのに、人の情報で確認できるのは名前だけだし」
「それが正しいなら個体差を参照してステータスに反映なんて出来そうにないな」
正しいなら、だけど。
『おい、見抜かれてるぞ運営』
『こいつらのほうがよっぽど炯眼じゃん』
『風呂は覗けないわ、魔術の仕組みは見抜かれるわ、こいつほんま』
『ちょっとお気持ち表明してくるわ』
『こんなことで怒られる運営ちゃん可愛そう。ちなみにご意見フォームはこちら』
『誘導してんじゃねーよ、タコ』
炯眼を発動している間に消費される魔力も体感で理解した。
たしかにこれを常時発動し続けるのは無理があると思わせるくらいの消費量だ。
自然に回復する分を差し引いてもとても無理。使いどころはきちんと考えないと直ぐに魔力が枯渇しそうだ。
「あれ? なんか聞こえない?」
夕璃がそう言うので耳を澄ませてみると、たしかに聞こえる。
何かを、この地下シェルターの入り口を叩くような音が。
「助けて! 中に入れて! お願い!」
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