第23話 そういうことかい

「さて、いろいろ収穫もありましたし、そろそろ帰りましょうか?」

「え~~~~……もうちょっと釣っていたいんですけど~~~~?」


 空っぽの魚籠びくを腰に吊るして不満げな弥生。

 時間はまだ昼過ぎ。

 まだまだ粘っていたい時間ではある。


「ですが帰って家事をしませんと……。私だけ帰っても、この距離では人間体を保っていられません」

「むぅ~~~~~~~~……しかたがないなぁ……」


 そう言われるとあまり我儘わがままを言えない弥生。

 彭侯ほうこうのお世話あってこそのいまの生活パラダイスなのだ。


「アオサ、アオノリ、ワカメ、ヒジキ、トサカノリ……そして大王ホタテダコの足二本。これだけあれば充分でしょう。豆腐の仕込みもありますし」

「そうね豆腐ね。それは魅力ね。……ところでさ、この余ったタコどうしようか?」


 弥生によって串刺しにされた大王ホタテダコ。

 せり上がった岩の角、その天辺でボロ雑巾のようにぐったりと垂れ下がっていた。


「必要な肉は採りましたし捨て置いていいでしょう。日持ちもしませんし、塩漬けや干物に加工するにしても多すぎます」

「そうかぁ~~~~なんかもったいないなぁ……」

「いえ……おそらくですが、この魔獣が居座っていたせいで付近に魚がいなかったのではないかと思います。なので死骸を海に流してやれば、それを餌に戻ってくるのではないでしょうか?」


 言われて弥生は「それなっ」と腰をくねらす。


「はっはぁ~~~~ん……そうか。釣れないのはこいつのせいだったか~~。だよねぇだよねぇ~~じゃないと「堤防ていぼうのユリッペ」と言われた私が、まさかボウズだなんてありえないと思ったのよねぇ~~~~」


 うんうん。

 謎が溶けたと、納得してうなずく。

 ……たしか1000年前も、そのずっと前も、釣れない釣れないと毎回半べそで帰ってきていた気がするが、それは言わないであげる彭侯。


 弥生は能力を解除し、串刺しにしていた岩を引っ込めた。

 海に戻れた魔獣の死骸は、そのままゆらゆらと波にゆられて沖に流されていった。


「じゃ、帰ろっか?」

「はい」


 ぐもももも――――……。

 龍の姿に戻った弥生。

 収穫物を袋一杯に詰め込んだ彭侯は、尻尾の根本にまたがった。


「じゃ、飛ぶよ。それぇーーーーーーーーいっ!!!!」


 バサ――――バサ――――バサァ――――。


 大きな翼が大きな風を作り、風が波をさらに大きくした。

 その大きな波に隠れるように、いくつもの真っ黒でつぶらな瞳が、去っていく黄龍やよいを見上げていた。


「……ねぇお父ちゃん……いまの人たち誰みゃぁ~~~~?」

「いまのは……はるか昔からこの地を見守って下さっている……神様だみゃぁ……」

「ああ……神様……これでまた魚が食べられますみゃ~~」

「子供が飢えずにすみますみゃ……」

「ありがたいみゃぁ~~ありがたいみゃぁ~~~~」

「犬と猫のやつらにも分けてやるみゃぁ~~」

「んだみゃぁんだみゃぁ。恵みはみんなで分け合うものだみゃぁ~~」


 そしてそのカワウソの集団は、授かりものの大王ホタテダコを大切に大切に住処へ持って帰ったのであった。





「では豆腐を作っていきましょう」


 家に戻った弥生たち。

 台所には豆腐作りのために用意された材料と道具が並べられていた。


 大豆(水を含ませたもの)。にがり。豆腐箱。ザル。鍋。

 木杓きさく。すり鉢。布巾。


「…………これだけでいいの?」


 昔、商店街にあった豆腐屋を思い出す。

 おじいちゃんおばあちゃん経営で親しまれていたその店には、もっといろいろゴチャゴチャと機械があった気がするが……?


「はい。個人で手作りする場合はこれで充分大丈夫です。豆乳と電子レンジがあればもっと簡単に作れるのですが、いまは無理ですね」


 大豆をすり鉢に入れると、すりこぎ棒でブチュブチュと潰しはじめる。

 あるていど潰れたらゴリゴリと回し、ペースト状にしていく。


「そういえば豆腐の〝腐〟ってさ腐るって書くじゃない? でも腐るってんなら納豆のほうが合ってるって気がするんだけど、なんで豆〝腐〟なの?」

「もともと豆腐は中国から伝わったものなのですが、中国で〝腐〟とは腐るという意味ではなく、ぷよぷよとやわらかい状態のことを言うんですね。なので豆腐とは〝柔らかくした状態の豆〟という意味で、腐るとは別のものなのです」


「へぇ~~へぇ~~へぇ~~~~~( ・∀・)つ〃∩」


「……ちなみに納豆は、お寺の台所である〝納所〟が由来だと言われています。納所で作る豆料理だから納豆なのですね」

「なるほどなるほど……わたしゃてっきり昔のお百姓さんが年貢代わりに納めてたから納豆だと思ってたよ」

「そんなもの、大量に納められても困るでしょうに……」


 ペースト状になった大豆を鍋に移し、火をかける(中火)。


「このドロドロになった大豆は生呉なまごと言います。これを具にした味噌汁がいわゆる呉汁ごじるです」

「おぉ~~~~う……福井の郷土料理ね。まろやかで美味しいのよ~~~~。超飲みてぇ~~~~」


 両腕をぷるんぷるん、おねだりする弥生。

 彭侯は柔らかく微笑んで、


「はい。ではそうしましょう」


 後で作るように全部は移さず、少し鉢に残しておいた。

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