第24話 あの頃も今も…

「鍋に入れた生呉なまごを火にかけ、焦げ付かないようゆっくりとかき混ぜながらしばらく煮込みます」


 もわもわ立ち上る湯気にのって、大豆の良い香りが部屋を満たした。

 真っ白で泡泡あわあわした呉は、まるでホイップクリームのように膨らんでいる。

 彭侯ほうこうはザルを準備してその上にし布をかぶせた。


「はい。では煮込み終わった呉をこれに移し、汁を搾り取ります」


 布を折りたたんで重石をのせる。

 するとザルの底から真っ白な液体が滲み出て、木桶に溜まってくる。


「おお~~~~……なんだか牛乳みたい」

「はい。これは畑のミルクと言われる『豆乳』です。栄養価が高く低脂肪高タンパク。大豆サポニンやイソフラボンなどの成分は癌を予防するとともに、サポニンは女性の美肌効果にも――――て、まだ飲まないでください」


 美肌と聞いて桶ごと一気飲みしようとする弥生。

 龍のあいだ、鱗だらけになってしまう自分の肌にちょっぴりコンプレックスを感じていたりする。当然、飲んでもどうにもならない。


「豆腐にしても同じ成分は残りますのでもうしばらく辛抱してください。……それにこちら、搾り終わった残りは『おから』と言いまして、これにもサポニンを始め多くの栄養がたっぷりです。食物繊維も豊富ですから整腸作用、ダイエット効果バツグンでございます」


 濾し布の中に残った呉のしぼりかす。モコモコとしたそれを広げてみせた。

 とても素朴でなつかしい香り。


「ああ~~これこれぇ~~……おからぁ~~。私、おからの煮物大好き!! 美味しいし、低カロリーでおつまみにしても罪悪感ないのよね~~~~!! お通じももうホント、翌日ぐらいに大量放出しちゃうんだからぁっ!!」

「…………………………………………では、晩酌用に取っておきますね」


 にんじん、ゴボウ、こんにゃくがあればさらに健康効果は上がるのだが、いまはまだそれらの材料は揃っていない。それでもキノコやありあわせの野菜で充分美味しく仕上げられるだろうと算段しながら、次の工程に移った。


「では、いよいよ豆乳を豆腐に変えていきます。――と言ってももう、にがりを加えて固めるだけですので手早くいきます」

「豆腐って豆乳を固めただけのものなの??」

「簡単に言ってしまえばそうです。もちろん職人さんのように食感や風味にこだわっていけば天井知らずに難易度は上がっていきますが、素人料理として作るのならばそんなに難しいものではありません」


 適度に温めた豆乳。

 そこにお湯で薄めたにがりを回しかけていく。


「はい。これで蓋をしてしばらく弱火で煮込みます」






 ――――しばらく。


「おお~~~~……? なんだかぷるんぷるんしてるぞ~~??」


 蓋を開けると、鍋の中には豆乳が固まってプルプルした物体が。

 指でつついてみるとフワフワぽよぽよ、もうこれは豆腐では?


「はい。これは汲み豆腐といって、これもとても美味しいものです。一匙ひとさじ味を見てみますか?」

「もちのロンの助っ!!」


 どこの昭和おじさんから教わった言葉だろうと呆れつつ、その柔らかな白プルをすくってみる。

 豆乳が分離してできた薄黄色い液体とともに、あ~~んしている弥生の口へ。


 ――――ぽにょ……とぅるうん……。


「の゛ゔぁっ!!??」


 入った瞬間、とろけて消える。

 豆乳のまろやかかつ芳醇な香りと、ほのかな苦味。

 プリンよりもさらになめらかに、甘みさえも感じられた。


「う……うまぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~……」


「人によっては完成した豆腐よりも、こちらが良いと求める人も多いです。しかし料理として扱うにはやはりあるていど固まっていたほうがよろしいので、なかなか商品として出回ることはなかったですね」


「これさぁ~~~~……昔のお豆腐屋さんで食べさせてもらったことあったわ~~~~。朝一とか行くと置いてあったのよね~~うるうるうるうる……なつかすぃ」


 そんな感傷に浸っている主人を横目に、仕上げの作業に入る彭侯。

 豆腐箱の中に濾し布を敷いて、その中に汲み豆腐をいれる。

 箱は側面や底に小さな穴がいくつも開けられて、形を整えると同時に、水分を絞り出せる作りになっていた。


「はい。では蓋をして重石をお願いします」

「あい」


 ごろごろんと石をのせてくれる弥生。

 すぐに穴から水分が染み出てきた。


 一時間後。


「そろそろいいですね」


 蓋を開け、濾し布ごと中身を取り出した彭侯。

 水を張った桶に沈めるとほろほろと布が解け、中の豆腐が姿を表した。


「おお~~~~……本当だ……豆腐だ。ちゃんと四角く固まってる。豆腐だぁこれ~~~~すごいすごぉ~~い!!」


 売り物しか知らない弥生は、初めての手作り豆腐に感動し、子供のように無邪気にはしゃぐ。


 実は平安時代、今日のように一緒に作ったことがあったのだが、残念ながら忘れてしまわれているようす。

 ちょっと寂しい笑みを浮かべながら、それでも彭侯は、同じ感動を繰り返せることに別の幸せを感じていた。

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