第6話 赤米と大豆

 林の中は陰になっていてひんやりしていた。

 開けた場所には日が差して、背の低い草たちが生い茂っている。

 その中に野生化した大豆(?)がこんがらがったツルのように群生していた。


「野生種なので本来の大豆とはちょっと違いますね。……ツルマメに近いかもしれません。でも大丈夫、実はちゃんと大豆ですよ」

「本物の大豆はもうないの?」

「ありますよ。しかし手に入れるにはもっと大きな亜人の村か町に行って交換するか購入するしかないですね。この付近では栽培していないようですから」


「そこの亜人ってどんなの? ゴブリン的な??」

「近くの村には猫人ねこびとが住んでいます」

「猫!?? なにそれかわいい!!」

「見た目は~~~~……そうですね。かわいい者も多いかもしれません。ですが警戒心が高く、近寄るとすぐに逃げていってしまいます」


「そうなの? やっぱ猫だから?」

「はい。基本的に向こうから襲ってはきませんが、あまり刺激するとシャーシャー言われるので気をつけてください。あと引っ掻かれたりもします」

「怖いじゃないかよ」


 そばに沼地があった。

 そこにも野生化した、少し赤みがかった稲が頭を垂れていた。

 沼の淵の柔らかい泥土にびっしり密集して群生している。


「……これ……もしかして赤米?」

「ですね。野生ではなかなか白米は育ちませんから。持って帰りましょう」

「そうね……」


 野生の大豆と野生の米。

 その場で彭侯ほうこうに編んでもらった草網を袋代わりに、持てるだけ持って帰った。






「それではさっそく味噌と醤油を……思ったのですが、どうします? その前にごはんと煮豆で食べてみましょうか?」


 小屋に戻った弥生たち。

 彭侯の提案に二つ返事でうなずく弥生。

 やっぱり新鮮な食材は、まずシンプルにいただかないと。

 さっそく弥生は米たき用のカマドと羽釜を作り出した。


「米の脱穀用に千歯こきを作ります。歯の製造をお願いしてもよろしいですか?」

「ほいほい」


 言われた通り、鉄製のクシのような物も作る。

 それを彭侯が作った木製の骨組みと合わせて脱穀機のできあがり。

 能力で水分を飛ばした乾燥稲を、いくつものツタを器用に操って脱穀する。

 余分なゴミを取り除きつつ、


「弥生様、もみすり用のうすを……」

「できてる」


 みると、後ろにちゃんと石臼が作ってあった。


「さすが弥生様」

「昔はよくこうやって米を食べたからねぇ~~。昭和に入ってからは便利な機械が増えて忘れてたけど……」

「ですよね。……でもこうやって苦労して準備したほうが美味しいですよきっと」

「うんうん」


 ゴリゴリと臼を回す彭侯。

 もみが剥かれた玄米がポトポトと落ちてくる。

 それを木で作った米搗こめつき臼に投入して杵でドスドス。

 ツタで何本もの杵を操りドスドスドスドスドドドドド。

 玄米同士が擦れあって磨かれる。


「赤米はあまり削らないほうが風味が良いのでこのへんで」


 ザルで米とぬかに分けて精米のできあがり。


「では炊きましょうか」

「炊こう炊こう」


 嬉しそうに手をすり合わせる弥生であった。





 大豆はさやが茶色く変色し、カラカラに枯れていた。

 中の豆がちょうど食べ頃だという合図である。


「脱穀後、ここからさらに乾燥させます。保存性を高めると同時に、水分量を均一にして加工しやすくなります。これも私の能力でやります。……本当は天日に干したほうが良いのですが、待っていられませんから」

「そうだねそうだね」


 んにょにょにょにょ~~~~~~~~。


「乾燥が終わったらいよいよ調理です。豆を水に晒して一晩置きます」

「待ってられん」

「はい」


 んにょにょにょにょ~~~~~~~~。

 能力で早送り、ぷくぷく美味しそうに膨らむ豆。


「つくづく便利な男だねぇ~~チミは」

「私は精霊で性別はありません『男』に設定しているのは弥生様です」

「そりゃそうよ。なにが悲しくて女に奉仕されなきゃいかんのよ」

「あとは鍋で煮て塩を振りかければ塩豆の完成です」


 くつくつくつくつ……。

 赤米が炊ける芳醇な香りが小屋に広がる。

 釜の蓋がゴトゴトと踊りはじめた。


「おっととと……」

「だめですよ弥生様。赤子泣くとも蓋取るな、です」

「おっとぉ~~そうだった……」


 思わず手を出しそうになり、引っ込める。


『始めちょろちょろ中ぱっぱ赤子泣くとも蓋取るな』


 飯を上手に炊くには始めのうちはとろ火で、中頃に火を強くし、どんなことが起こっても途中で蓋をとらないことが大切だ。という、ことわざである。


「親は死ぬとも蓋取るなってバージョンもあったよね。さすがに取るよ、そんなときは」


 万年を生きる龍族である弥生。

 神に近い存在の自分に親がいたのかどうか、自分でもわからない。

 しかし時代時代を人に混じって生きる中、それに似た関係を持った人間ならいた。

 彼らはとっくにいなくなってしまったが、弥生の心の中にはいまも温かく生き続けている。


「……牛丼屋のおじちゃん、幸せに死ねたかなぁ~~。深夜シフトのおじちゃん……。真夜中に行くとこっそり特盛にしてくれたんだよねぇ~~」

「……安い関係じゃないですか」

「そのくらいがちょうど良かったんだよ~~」


 コトコト奏でる豊かな音に心ほぐされながら、昔の日常を思い出す弥生であった。

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