第3話 "ウラ"のない設計図 2

「古代語の水という文字が読めた気がするんです」

頭上を言葉が飛び交っておる。

「水、ですか」

「似てるだけかも。薬や地学という線で探すのもありかなって思うんです」

「ああ、業界用語ですね。なるほどー……」


口の中で飴を転がす。

厨房担当のやつ、量ばかり増やすことしか能がないのかと思っていたが、どうやら味の方もそうとう研究するらしい。白いかたまりには芋が練り込まれて、噛むたび甘さが増してきた。

舌にぺったり貼り付いた糖を舐めとり、うんっと飲み込む。


「ご機嫌は直りました?」

ミサビが笑って言う。どうにもムカつくのでひたいを弾いてやった。

「『嗅げ』ばどうせ分かるんだろう?」

「ひとりで寂しそうだったので尋ねてあげたんですが」

「さすが部門のつまはじき者だ。理解があるな?」


ふたつ飴を頬張り、椅子から立ち上がる。

フリンの手からメモをもぎとって、机に乗せた。


多少はスズキにも古代文字の心得はある。


こういう単語ごとにスペースの入るような横書きの場合、基本は主語と動詞。

そのあいだに、たまに助動詞と副詞が挟まる。

文章で長くなるのは名詞と相場が決まっておるから、とりあえず長さで見れば、主語の位置は分かる。


「……右から書いておるのか?」

文章の左側に行くほど長く、右に行くほど短い単語がよく並んでいた。明らかに右側に動詞がある。

……それに".てん"だ。他の古文書で区切りに使われるものが、文章の頭に付いておる。


「フリン、右から書く文字というのはあるか?」

「あ、ちょっと待ってください」

フリンがスカートの隠しをまさぐる。すり切れた早見表を取り出して、ぺらぺらとめくりながら指でなぞっていく。


「横文字だと”砂漠文字”というのが見つかってます。子音しかない言語ですが……」

「じゃあ違うな。おそらく子音と母音の組み合わせで表しておる」

早見表も受け取って、メモと並べる。

同じ筆記体だが、一筆書きになった砂漠文字とは形が違った。むしろ形だけ当てはめるとありふれた横文字Aに近い。


「や、やっぱり滅んだ文明なんでしょうか」

フリンが足を引き、わなわなと口を押さえる。

「ニンゲンの時代って、太陽を作りだす武器があったそうじゃないですか。これ、設計図なのかも……それを使っちゃったから、こんなメモしか見つかってないとか」

「まあ待て」

「す、すみません! やっぱりフライデー委員長に言ってきます!」


バッと駆けだそうしたフリンに、ミサビが脚を引っかける。

「まあ待ちたまえよ。もう少し頑張ろう」

派手に転んだ彼女をしり目に、こちらに身を寄せてメモを覗き込んでくる。


「暗号という線はありませんかね」

「無いな。文字の並びが規則的すぎる。語順を変えたわけではない」


ふむ、と彼がメモを持ち上げる。

何かの設計図にペラ紙一枚は短い。そこまで複雑なものが書いてあるわけじゃないのだろう。


机に頬をつけてみる。

思えばここプラントもずいぶん刺激が減った。前の花守のときは大きな襲撃があって、どいつもピリピリしていたものだったが、最近は大きな事件もない。

毎日の仕事も必要だからやる、というより淡々とこなすやつが増えたように見える。


「ニンゲンもこっちにはいい刺激になったな」

目線を上げていく。


ミサビを見上げる前に、時間が止まったように感じた。


――aqua

――mischiare混ぜる

――aggiungere加える


フリンはコンパクトで化粧を直していた。

その肩越しにメモを広げてやる。

「え……?」

フリンの手からパフが落ちる。もともと丸い目がさらに大きくなった。


そして彼はやおら立ち上がると、スズキに抱き着いて何十回もキスをかました。


「ありがとうございます! もうスズキさん天才!!」



温泉に行くと、先客がいた。


「また駆り出されたか」

「うん」

花にタオルを巻いて、身体を深く湯船に沈めている。

今日はナイフだけ持ち出したらしい。昨日と比べると傷も少ないようだった。


「ウチのフリンが世話になったらしいな」

ヤツが軽く首を倒す。

「一日中、自慢されてかなわねえ。余計なことしやがって」

「そんなナリで後輩に好かれるタチだったか」

「まあな」

彼はにやりと笑い、頬を軽石でこすった。


「鏡文字ぐらいすぐ気付きそうなもんだが」

「”灯台下暗し”というやつよ。そちらはニンゲンの付き添いだったらしいな」

「ああ。着いて早々落馬しやがった」

自分であごが下がったのが分かった。


「落馬? 落馬というのはその……」

幽肢馬かしばだよ。姿勢はいいんだが、手綱がてんでダメだった」

「しかし落ちる方が難しいだろう」

「臭えんだよ、ニンゲンっての」

ヤツは鼻をつまんで、ぶすっと言う。

「クスノキあるじゃん、あれの腐ったやつに塩と酢をありったけぶっかけた感じ」

「そいつは近付きたくないな」

「汗の仕組みが違うらしい。毛穴の汚れが勝手に落ちるらしいぞ」

「羨ましいな」

「でもやっぱり臭いんだわ。それに風呂にも入らないと黒ずむそうだ」

「じゃあ結構だ」


まあ、と軽石をこちらに放ってヤツが伸びを打つ。


「で、例のメモは何が書いてあったんだ? そろそろそっちの解析も終わったろ?」


無言で水筒を取り、投げてやる。「飲め」というと、ヤツは怪訝そうに口をつけた。

すぐに離して、片方の眉を上げる。


「……ジュース?」

「ローズヒップとハチミツをベースに、そこらで採れるハーブ類がいくつか。それを炭酸水で割った」

「そのレシピ? そんだけ?」

「そんだけだが」


彼は肩を震わせて、「すまん」と鼻を隠した。

「こんなのに暗号メモを使うなんて」

「でも面白いだろう?」

ヤツは驚いたようにこちらを見た。

手に持った水筒と交互に見つめ、肩をすくめる。


「ああ、たしかに面白い」

「そうだ。面白いことはやるに限る」

寄越してきた水筒を飲む。

疲労回復用に作ったようで、ほのかな酸味が日暮れの時分にはちょうどいい。


「そちらは面白かったか、ニンゲンっての」

「まあな」

そのうち会ってみよう、と思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

かにばらすらっしゅ!! 平沼 辰流 @laika-xx

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ